レイクビュー!      
 
 
 
             あっつい夏まで後数分。もう、おやすみはすぐそこなのよ。
 
             で、涼みついでにお茶を飲んでた学校カフェで、楽しいお誘い頂いちゃったの!
 
             「今度は来るでしょ?合宿」
 
             隣でアイスティーをくるりと混ぜて、ユウカ先輩は微笑む。
 
             「そうそう、これでこなけりゃお前には一生バスを教えん!」
 
             似合わないアイスをがつがつ食べながら、ありがたくないダイスケ先輩の宣言
 
             も聞いた。
 
             4月の負い目もあるんだもん。あたしに拒否権なんかないのよ。
 
             それに、勢いとはいえ入会したからには一度くらい釣りに行っとかなくっちゃ。
 
             興味だって満々だもん。
 
             だから、円卓を囲む先輩方にもちろんと答えようとしたの。
 
             是非に!合宿参加希望!…って。
 
             「いき…」
 
             「行かせない」
 
             背後から降って湧いた直ちゃんに、口をふさがれるまでは順調だったのに!
 
             唖然と見上げる先輩方に、いつもの無表情で件の人は首を振る。
 
             「夏休みは、未散と俺、ずっと一緒にいる。合宿行ったら、いられない」
 
             気のせいか、気温が上がってからなお一層口数の減ったお兄さんは、日本語に
 
             不自由する外国人さんよりひどいぶつ切りセリフで、明確に意志を述べた。
 
             あたしの意見は聞いてくれないんだけどね。まぁ、一緒にいたい、いちゃいち
 
             ゃしてたいのは当たってるから、いいかな。
 
             …じゃなくて。
 
             大きな手を口からちょっとずらすと、読めない顔を盗み見て、とぼけた視線を
 
             こちらに誘導。
 
             そそ、これからお願いモードにはいるからね。ちゃんと注目しててね?
 
             「直ちゃん、あたし釣りしてみたい」
 
             ゆっくり瞬いた目がちらっと天井を仰いで、もとえ。
 
             少しも変わってない表情で、
 
             「うん、連れてってあげる」
 
             …そ、そっちのお願いじゃないんだけどなぁ…。
 
             んでも、この人相手にこの程度で怯んでいちゃ、常時負けっ放しになっちゃう
 
             から、気を取り直してもう一度、今度はきっちり説明も入れよう。
 
             「そうじゃなくて、先輩達と合宿に行きたいの。直ちゃんと2人もいいけど、
 
              大勢で遊ぶのも楽しいでしょ?」
 
             ね?っと同意を求めれば、ダイスケ先輩も大きく頷いて肯定してくれたんだけ
 
             ど、返ってきた声はちょっぴり低いの。気をつけてないとわからない程度だけ
 
             ど、少し不機嫌を帯びている。
 
             「俺は、未散と2人がいい。好きな子と、2人がいい」
 
             「う、そ、れは」
 
             「他の男の方が好き?そっちがいいの?」
 
             めちゃめちゃな論法だよ〜。全身で迫ってくるも、なんかおっかない〜。
 
             「違う、直ちゃんしか好きじゃないもん!直ちゃんといるの、好きだもん」
 
             「うん。俺も好き」
 
             ぎゅって、捕獲されちゃいました。
 
             抱っこされるのも、頬ずりされるのも、胸がほわんてなって気持ちいいけど、
 
             この場面じゃ間違い〜ほら、ほらほら!ユウカ先輩がため息ついた〜!
 
             呆れ気味の視線を交わして見せた観客2人は、手帳を開いて何やら密談中。
 
             その間に引き寄せた椅子に腰を下ろした直ちゃんは、あたしを膝に乗っけると
 
             背後から抱きしめてお気に入りのお人形のように扱うの。
 
             ごろごろ懐いて、髪を撫でて、周囲の視線は全く気にしないその態度が、逆に
 
             あたしは恥ずかしい。
 
             つきあい始める前の、天然ボケの直ちゃんが懐かしいなぁ。つれない態度に泣
 
             いたこともあったけど、こう臆面もなく張り付かれると小心な心臓がもたない
 
             んだもん。
 
             西洋のオープンなスキンシップに、東洋の恥ずかしがり屋さんはなじめないの
 
             だ。
 
             嬉しいけど、離れてもらえないかな。抱きしめるのは、人目のないとこ限定に
 
             ならないかな。
 
             「ちょ〜大山さん!目、離した隙にそれなに?」
 
             相談は終了したらしいダイスケ先輩が、顔を上げて盛大に声を尖らせる。
 
             それはそうでしょ。あちこちからひそひそぼそぼそ、批判ともやっかみともつ
 
             かない言葉を囁かれ、明らかに悪意と敵意に満ちた視線を集中放火されたんじ
 
             ゃ気分は良くない。
 
             原因は亜熱帯気候に近づきつつある都会の真ん中で、より一層高熱を発するバ
 
             カップルだもん、目の前にいるんだもん。怒るよ、普通。
 
             「未散も困ってるし、放してあげたら?」
 
             苦笑いしながらユウカ先輩もあたしに同情の目配せをしてくれる。
 
             でも、頭上から振ってくるセリフは頑ななの。
 
             「いや。絶対、いや」
 
             ひ〜ん。ひとえに喜べないのがなんというか…。
 
             言ったって聞かない直ちゃんに、いつまでも付き合ってくれるほど先輩達は気
 
             長じゃない。
 
             あ、そ。と一言で切り捨てて、あたしにはちょっとだけ同情をくれて、さっさ
 
             と本題に帰って行った。
 
             そうだね、諦めた方が早いよね。別に嫌いな人に張り付かれてるわけじゃなし、
 
             大好きな直ちゃんと一緒にいられるこの現状、考えようによっちゃ、おいしい!
 
             「大山さんは未散と離れるのがイヤ、未散は合宿に参加してバスフィッシング
 
              がしたい。一つだけ解決策があるんだけど、乗らない?」
 
             「………」
 
             「大好きもいいけど、たまには自由もくれてやらなきゃ、逃げられるぞ?」
 
             「………行く」
 
             1人納得して拳を固めたその横で、決まったらしいなにごとか。
 
             「え?何々?どこ行くの?」
 
             イマイチ不本意そうな直ちゃんと、くしゃりとあたしの髪をかき回すユウカ先
 
             輩と、交互に投げた視線に答える人はいなくて。
 
             「楽しみだな、合宿」
 
             一口しか飲んでなかったあたしのアイスコーヒーを奪った、ダイスケ先輩が笑
 
             ったの。
 
             …直ちゃんに取り返されてたけど、ね。
 
 
 
             結果、あたしはすっごく面白くない。
 
             「あに、ふくれてんだよ」
 
             でっかい荷物をバンガローに降ろすダイスケ先輩に撫でられたって、機嫌は直
 
             らないもん。
 
             「取り返しに行けばいいじゃない」
 
             早々にバーベキューの用意をするユウカ先輩のけしかけも、無駄。
 
             「入れないよ?入れないでしょ?あたしじゃ、全然相手にならないじゃない!」
 
             お隣のバンガロー前、数人のお姉様に囲まれたとぼけ顔はなにを考えてるんだ
 
             か。
 
             一日中あんな感じで、常にサークルの美女軍団と行動を共にしてた。
 
             隣に彼女がいるのに、押しのけてくる女の人達とつるんでるんだよ?
 
             なんか言われるまま、ぼけーっと釣り竿垂れてるの。くっつかれてもお構いな
 
             しで。
 
             むかつく、腹立つ、口惜しい。
 
             でも「あら、かわいいわね?」って鼻で笑われて、反論する材料は持ち合わせ
 
             てないのよ〜。
 
             実際美人じゃないし、大人っぽいとはほど遠いから。
 
             せめてもできることは、
 
             「直ちゃんの、かばぁ〜!」
 
             「いて、いて、おい、相手違う!」
 
             ダイスケ先輩に八つ当たること。
 
             「あはは、いいぞ〜もっとやっちゃえ〜」
 
             無責任なユウカ先輩の応援を励みに、手当たり次第ぽかぽか殴る、殴る。
 
             「だ〜!お前は!敵はあっち、俺は中立」
 
             ひょいっと小脇にあたしを抱えて、ダイスケ先輩は木製のベンチにだだっ子を
 
             おろすと、やれやれとクーラーボックスに手を突っ込む。
 
             引っ張り出したビールを3本空けると、始めにユウカ先輩、あたしにくれて、
 
             最後の一本で自分の喉を潤した。
 
             「ほれ、飲め。大山さんが好きなのは未散だけなんだから、ほっといてもその
 
              うち帰ってくるよ」
 
             促されて、一口。
 
             確かに直ちゃんの好き好き攻撃は、つくまでのクルマの中でもずーっと継続さ
 
             れてたものね。ホントに要領悪く囲まれてるだけに決まってる。
 
             「そうね、どっちかって言うとあの人のあの態度、よろしくない意図を感じる
 
              わ」
 
             肉を串に刺しながら笑ってるユウカ先輩が、恐ろしいことを言う。
 
             直ちゃんに意図なんかあるわけないのに。あの人そんな深いことまで考えられ
 
             ないって。
 
             「やだな〜直ちゃんてばだだのボケだよ?」
 
             ケタケタ笑ってべしべし背中を叩いたら、何故だかユウカ先輩は困った顔でこ
 
             っちを眺めるの。
 
             長い長いため息まで吐いて、不憫ねぇって言って。
 
             「未散は、ダイスケによく似てるのよね。悪い子じゃないけど、浅慮だわ」
 
             「「ええ?!」」
 
             けなされた2人の声がだぶって、高原の空気にイヤなエコーをたてた。
 
             あたしが浅慮?ダイスケ先輩はともかく!
 
             「「どうして、同じ扱い?」」
 
             あ、またハモった。
 
             「気にしちゃダメよ。あたしも大山君も好みのタイプが同じってだけだから」
 
             …すっごい、気になる。なんでもパキパキこなしちゃうユウカ先輩と、社会不
 
             適応児の直ちゃんが同列な理由はなに?
 
             更に不本意にも、ダイスケ先輩とあたしが似てる?…やだ。
 
             「はぁ、やっと行ってくれた…」
 
             1人悶々と嬉しくない共通点を探していると、ベンチに直ちゃんが現れた。
 
             隣に座ってたダイスケ先輩押しのけて、あたしの隣の指定席へ落ち着くの。
 
             しばらくぶりの直ちゃん、仄かに香る香水がめちゃめちゃむかつくからくっつ
 
             こう。匂いなんか上書きしてやる、こうだ、こうだ!
 
             「ごめんね?未散。俺、逃げるのうまくないから、捕まった。傍に、いたかっ
 
              たのに」
 
             しょんぼりして覗き込んでくるその瞳が、すんごく可愛いの〜!
 
             悶えちゃう〜許しちゃう〜。
 
             「ううん。元はといえば合宿に来たいってわがまま言ったあたしが悪いんだよ。
 
              綺麗なお姉さんがいっぱいいるなら、直ちゃんと2人で旅行した方が良かっ
 
              たよね。お家でごろごろでもいいや、一緒にいられればなんでもいいの」
 
             「うん」
 
             抱きつくとフワリと抱き返した腕が、心地いい。
 
             湖を渡る涼しい風があるから、くっついてても不快指数が上がらないんだよ〜
 
             ビバ高原、ビバ避暑地!
 
             「目的達成?」
 
             取り戻した直ちゃんの大切さにしみじみ浸ってる頭上で、ユウカ先輩が意味深
 
             に問い掛けてきた。
 
             誰に聞いてるの?
 
             「一応。もう、誘わないでね?」
 
             あ、直ちゃんに聞いてたのか。
 
             そうだよね、合宿に来て女の人に囲まれるなんてひどい目に合っちゃったんだ
 
             もんね。大丈夫、次に先輩達が直ちゃんを誘ったら、あたしが全力で阻止しち
 
             ゃうもん!
 
 
 
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ええ、お約束ですよね、闇にもう一本(笑)。
 
 
 
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