総じて相似ない双子



双子の好みは似るそうだが、一概にそうとも言い切れまい。
ただし、目に見えない何かによって、行動に何らかの統一性が見られてもおかしくはない。
…と、思う。

その日、急に降り出した雨から逃れて、須藤真澄は本屋へ入った。
店内の温かさにホッとしながら、ついでにと2Fの文庫本を扱うコーナーへ足を向ける。
探している本があるのだ。それもとびきりマイナーな小説で、もう何軒もの店で無駄足を踏んでいる。
だから、諦め半分で新刊を眺めていた目が瞬間、輝いた。
僅かな期待はたった一冊残ったそれを認めて大きな喜びと代わり、宝物でも手に入れたように浮かれて会計を済ませた彼女 は弾む足取りで階段を下り始める。
浮かれて、常の注意深さを欠いてしまったが為に起きる出来事も知らず、階段を駆け下りるその途中、運命がくるり。
「やっ!!」
「わぁ!」
水滴に滑る靴底が踏み板を捉え損ね、登ってきた誰かを巻き添えに急な階段を転げ落ちる覚悟を決めるよりなかった。
自分1人ならともかく、罪のない通りすがりの人を巻き込むなんて、どう謝ろう。
器用にも短い時間の内でそんなことに頭をフル回転させながら、続く浮遊感と衝撃に身構えたというのに。
まさか、卓越した運動神経と腕力で、2人分の体重を支えたうえ転落を防いでもらえるとは、幸運なこと。
おまけに白いセーターの先を辿って辿り着いた顔と言ったら…。
「大丈夫?」
不安げに覗き込む表情の、なんと端正で美しいことか。気遣わしげな瞳なんか宝石の如く、まるで生きた彫刻だ。
ポカンと見上げていた真澄は、再度声がかかるまで意識を現実から飛ばしていた。
「ケガでもした?」
滑らかなビロードの音に、ふと現実に立ち返る。
慌てて、それこそ再び転げ落ちるんではないかという勢いでずり落ちたメガネを直し、包みを拾って視線を合わせず深く腰 を折った彼女は、
「大丈夫です、あの、すみませんでした!」
叫んで引き留める声にも耳を貸さず、全力で本屋を後にしたのだ。
逃げ出す理由もわからずに、火照った頬を持て余して。


「うわ〜やっぱり降って来ちゃったよ…」
時、同じく。空を仰いだ、西口美沙は呟いた。
頼まれた買い物を済ませ外に出れば、当たらなくとも良い時に天気予報通りの、雨。
お醤油なんて重い物を運ぶ道中、余計な荷物が増えるのは憂鬱極まりないのだが。
仕方なくポンと水玉の傘を開いてゆっくり帰路を辿り始める。
見慣れた街並みを抜け、商店街のアーケードをくぐりながら考えるのは、毎日楽しみにしている時代劇の再放送。 今日は紫頭巾が大活躍する回だから、絶対見逃せないのだ。
チラリとゲームセンターを覗いたのもそんな思いから。派手なからくり時計が指す時間が『江戸を斬る』に充分間に合う ことを確かめる為だったのに。
「くそっ!」
UFOキャッチャーの前で大人げなく毒づく男がいて、その様になんだか気をひかれてしまったではないか。
後ろ姿しか見えないから表情はわからないが、苛立たしげに舌打ちして、再度コインを投入して。
狙っているらしいおかしな顔のヌイグルミが、無情にアームを滑り抜けていく度、熱くなってムキなる。
一体それほど欲しい理由はなんなんだろう。
わからないから興味深くて、ただ意地になってるんだとしたらなおのこと楽しいものだからつい、積まれた小銭が全て 飲み込まれるまで彼女は彼にじっと見入ってしまった。
一緒に口惜しがったり、噴き出したりしながら。
だから、最後の一回を失敗した彼が立ち去る寸前、つい100円玉を差し出したのだ。
「ね、もう一度だけ、やらない?」
不信げにしかめられた顔の秀麗さに美沙思いのほか動揺して、固まる。
予想ではもっと普通の、下手したら平均より下の容姿を想像していたというのに、これは反則じゃないか。
呼吸も忘れじっと美しさに見とれていた彼女は、だから差し出した手を引っ込めたい衝動と必死に戦わねばならなかった。
自分から話しかけておいてくるりと踵を返したりしたら、相手がびっくりしてしまう。これは彫刻、美術の石膏デッサン 用の生首、と。
「…ん、やる」
彼が決断してコインを受け取らなければ、彼女は酸欠であえなく昇天したかも知れない。
けれど渡されたチャンスに機械が愉快な効果音を上げる頃、2人は夢中になってアームの加減をしていて、
「まだ、止めないで!」
「ええ?」
「あ、そこ!」
子供のように動き回って、苦心惨憺アンバランスに吊り上げられた獲物が落ちてくるまで緊張は解けない。
『ポソッ』
「「やった!」」
見ず知らずの男と手を取り合ってキャーキャー喜んだ美沙は、間近で見ても不細工なそれをひとしきり突いた後手を振って、 雨の中笑顔で帰路についたのだった。


「「あ」」
玄関を挟んでこちらとあちら、同じ顔をつきあわせた青年が互いに眉をひそめる。
それはまるで鏡の様にピタリとシンクロして、挙げ句ユニゾン。どこまでいっても同じ、腹立たしいことに一番似ていたく ない相手と、寸分の狂いもなく同じ容姿の双子とは、嫌悪以外互いに抱くモノがあろうか?いや、ない。
兄は修司と言った。
弟は怜司と言った。
似通った髪型なのは、別々に切りに行ってもうっかり同じ注文をしてしまうからで、ならばどちらかが変えればいいものを 意地でも俺は譲らないと言い張るから。
服装も、まあだいたい同じ理由で被る。食べ物の好みも、好きな音楽も、好みの作家も…同じモノが二つ、この家には必ず ある。いやだけど。
ただし、高校だけは違った。
小中と四六時中顔をつきあわせてきて、なまじ見かけが良いだけにあれが名物の双子だなんて不躾に見学されたりもして、 彼等はすっかり辟易としていたのだ。
だから、滅多に意思の疎通を図らない双子が会議まで開いて真反対の方向にある学校を選んだ。
兄は北の進学校へ。
弟は南の進学校へ。
平均より頭のできも良く、受験先を選び放題だったのは幸い。
彼等にとっては真奈佳奈もざ・たっちもおすぎとピーコも、共通点はあれども理解できない存在なのだ。
なんで世界で一番、目障りな奴とべったりくっついていられるんだろう、と。
そんな風だから、2週間ぶりにリビングで交わした会話は声に険がある、態度は最悪、すっかりきっかり喧嘩腰。
「…なんだ、ソレ」
修司は怜司が持つ、珍妙な面のヌイグルミを顎でしゃくった。
弟が選んだにしてはファンキーでチープなセレクトだ。
「別に。お前こそ、似合わないな」
素っ気なく言って、怜司は修司が開いていた小説に冷笑を浴びせた。
兄が買ったにしてはファンシーでディープなセレクトだ。
「ほっとけ。俺の趣味じゃない」
「そっちこそ。僕だって欲しかったわけじゃない」
こうなるといつものパターン。もう手がつけられない。
ムキになって一歩も引かないから、後に残るは不毛の大地、焼け野原、妖怪大戦争。
「へぇ、じゃ俺がもらってやるよ」
ダニの温床になど興味はないが、いりもしないものを家に持ち込みはしない怜司の性格は知っている。
つまりこれは弟の大事なもの、だから奪う。
「いいよ、それならそれと代えてやるよ」
少女小説になど微塵の興味もないが、読みもしない本に金をかけることはない修司の性格は知っている。
つまりこれは兄の大事なもの、だから奪う。
叩きつけるように双方品物を交換して、これまた不機嫌に自室に籠もった後、やっぱり同時に盛大なため息を吐くのだ。
「「彼女と繋がる唯一のものだったのに、どうしよう…」」
意地っ張りもここまで行くとご立派。 一目惚れ相手の手がかりを愚にもつかないプライドと対抗心故に手放すとは。
とことん、バカな双子である。


あの日から、修司は毎日本屋に通う。
一瞬で記憶に焼き付いたサラサラロングヘアーのメガネっ娘。
小さくて大人しい雰囲気で…もろストライクゾーンだった彼女を捜して。

あの日から、怜司は毎日ゲーセンに通う。
短い時間を共有したボブカットでたれ目の娘。
スラリとして元気な感じで…もろストライクゾーンだった彼女を捜して。

大事な想い出の品は、憎たらしいあいつが持っているが、もう一度会えれば問題はない。 どうにかして、コンタクトを取りたいのだ。友人になればこっちのモノ、無駄にいい見かけとか努力で勝ち取った頭脳とか、 人望・コネ・猫のかぶり物、ありとあらゆる手を使い恋人に昇格する無駄な自信だけは溢れるほど持ち合わせている。
しかし、時というのは無情で。
短い春休みは加速しながら、新学期へと突入する。
どちらも彼女の影さえ掴めぬまま。


県立北高校、入学式。
今年も優秀そうな生徒がそろい踏みで、両親に付き添われたり1人だったり、ぞろぞろ校門をくぐり始めた。
修司は最上級生として、また生徒会長としてそんな彼等に花をつけながら、やっぱり気もそぞろにあの彼女のことを思うの だ。
(一体、いつになったら会えるんだ)
盛大にため息をついて、意識を現実から飛ばしていたから知らなかった。
いかにも陽気そうな少女が1人、彼の顔を凝視して正面に突っ立っていることを。
考え込み、相手の視線がこちらに向かないことを躊躇いの材料として数秒立ちつくす。
そして、
「あの、すいません。違ってたらごめんね?でも2週間くらい前商店街のゲーセンで会わなかった?ほら、ファニーフェイス なヌイグルミ、取ったでしょ?」
かけられた声に顔を上げ、僅かに目尻の落ちた新入生を見やった修司はピンと来た。
部屋の隅で埃を被る趣味の悪いヌイグルミの出所に。ここ最近の怜司の不機嫌の理由に。
自分が彼女に会えずにいる憂さ晴らしも込め、意地の悪い笑いを押し殺して、だから返事をしたのだ。
「ああ、覚えてる」
奴1人、幸せになんかするものか。

県立南高校、入学式。
今年も代わり映えのしない頭でっかちな新入生が、緊張に包まれたりまったく無頓着だったりしながら校門をくぐっていく。
怜司は最上級生として、また生徒会長としてそんな彼等を講堂に追いやりながら、気もそぞろにあの彼女のことを 思うのだ。
(どうして、会えないんだろう)
こっそりため息を吐いて、ネガティブループにはまっていたから知らない。
いかにも内気そうな少女が1人、チラチラと彼を窺いつつ距離を取っていることを。
声をかけたい、聞きたいことがあるそんなオーラが出ているにもかかわらず元来の内気さが手伝ってもじもじグズグズ…。
でもやっと、
「あ、あの…多分ですね、あの、2週間ほど前に本屋の階段でお会いしませんでしたか?あの時買った本を私、あなたの ものと間違えて拾って、その…」
蚊の鳴くような声の発生源に視線を落として、子供のような風貌の新入生を見やった怜司はピンと来た。
本棚の奥に押しやり存在すら忘れ去っていた少女小説の出所に。ここ最近の修司の不機嫌の理由に。
自分が彼女に会えずにいる憂さ晴らしも込め、意地の悪い笑いを押し殺して、だから返事をしたのだ。
「うん、会ったね」
あいつばかりに、おいしい思いをさせてなるものか。

ともかく、相手を陥れるためには手間も時間も厭わない彼等は『人を呪わば穴二つ』ってことわざを知らないようだ。


何故だか、初めて会った彼と目の前の彼、ぶれる印象を修正することができない。
真澄にとってそれはほんの一瞬の邂逅だったから、気のせいだと言い切られればそれまでなのだが…。
「どうかしたの、須藤さん」
優しい口調で問い掛けて、見下ろす視線が…冷たい。気のせいなんかじゃなく、本気で氷点下だ。
春先だというのに、まだ寒冷前線が居座っていたのだろうか?それとも、局地的に冬のままだとか?
屋上を渡る生暖かい風に髪をなびかせながら疑問に首を捻った彼女は、それでもと愚かな考えを振り切った。
「いいえ、なんでもありません」
できうる限り最高の微笑みで答えて、食べかけのお弁当に意識を戻す。
あの日勇気を出して声をかけたおかげで、校内全女子憧れの先輩と付き合えることになったのだ。
努々愚かな疑いを抱くものではない。

一体全体どうしたものか、知らず零れたため息に美沙は眉根を寄せる。
彼女が出会ったどこか不器用な印象の彼と、目の前の人間が同一人物だという確信が時を過ごせば過ごすほど、持てない。
「なんだ…?」
ぶつギレの口調、明らかに不機嫌が伺える表情。
何か失敗でもしたんだろうか…?いやいや、心当たりもなければそんな踏み込んだ会話をした覚えもない。
むしろ必要以上に接触もなければ、一緒にいる時もぽつりぽつり言葉を交わすだけなのだから、地雷の踏みようもない。
「あ〜ううん、なんでも」
取り繕った微笑みで誤魔化して、取り敢えず目の前のお弁当を消費することに集中することにした彼女は、突拍子もない考 えを頭の中から振り払った。
方々から送られる女子の羨望の眼差しを尻目に、一番人気の男と付き合っているのだ。
努々愚かな疑いを抱くものではない。

双子は、絶対にお互い似ていないと主張するのだろうが、その実非常に似通っていた。
何がって?おばかな思考回路が。
((我ながら上手くやっているな))
隣を歩く少女の後頭部を拝みながら、ほくそ笑んで次の計画を練る。
どう効果的にアイツの前にこの子を引き出すか。できるだけショックを与える為には何をすればいいのか、なんて。
ばれてるんじゃないかなんて疑い、抱いてもいない。
俯き加減で歩く少女達が、実は
((まさか…双子だったり…?))
などと考えているとは欠片も思っちゃいないのだ。

さて、そう遠くない真相解明の日が、楽しみじゃないか。

「おい、明日遅いのか?」
「いや。普通だけど?」
「…だいたい何時になるんだよ」
「…4時半」
目を剥いたのは両親だ。
いつだってほとんど会話しない双子が、家族の団らん夕食時に言葉のキャッチボールを楽しんでいるではないか!
投げやり通り越して絶対零度の声音だとか、お互いそっぽ向いてるじゃないかとか、決して視線を合わせないけど?とか、 細かいことは言いっこなし。この場合声と声とで会話する、ホモサピエンスならではのコミュニケーションスタイルが 大いに重要なのだ。
人類への大きな進化の瞬間に他ならない!
「2人とも、大人になったのね〜譲歩とか歩み寄りって言葉を理解できないのじゃないかと心配してたのよ」
「うんうん、ホントにな。図体ばかりでかくて学校の勉強ばかりできる頭でっかちじゃ、明らかに人生失敗するだろうと、 父さん夜も眠れなくて」
「「……アンタら…」」
ピタリと息のあった吐息を聞きながら、喜びに抱き合う両親を取り敢えず双子は無視することとする。
母親はともかく、父親はただ自分達を愚弄したかっただけだ。
我が子ながら賢く容姿も優れている息子に理不尽なコンプレックスを抱いてること、知ってるんだぞ。
とは思うがそこは扶養家族故の悲しさ。養われている内は反抗するまい。親をちょっとした優越に浸らせてやるのも、 子の大切な務めだし。
己の寛大さに憐れなほどの自己満足を味わった2人は、ああっと本題に戻る。
ここでうっかり奴との会話を途切れさせては、また後で一から始めなければならない。こいつと一日に二度まで言葉を 交わすなど、真っ平ごめん被るね。
「で、帰宅時間がどうしてお前に関係あるの?」
「別に。ただいいもの見せてやろうかと思ってな」
「ふ〜ん、奇遇。オレも見せたいモノがあるんだよ」
「あ、そ。じゃぁ明日4時半、遅れるなよ」
怜司発、修司行きの不毛な会話は、所要時間2分という短さで到着した。
もちろんその後なんてない、おまけもない。
互いの顔など視界に入れるもんかと、俯いたまま食事を掻き込んで…
「「ごちそうさま」」
いらんところでハモるから、険悪ムード再びな訳だ。
「気が合うのが、そんなにいけないかしらねぇ…」
至極当然な母の疑問に、えらい勢いで振り向いた彼等は叫びを上げる。
「「こいつと合う気だけは、持ち合わせたくない!!」」
…だから、その異常なシンクロ率が、双子ならではだと言っているのだ。
理解力に乏しい連中め。

さて、血なんか繋がらずともシンクロすることもある。それは、こんな場合。
「「やっぱり、双子なんじゃないかな…?」」
おそるべし、恋する女子の野生のカン。


わくわく待ち望んだ、4時半。
記憶にある限り、アイツが絡んでこんなに気分が高揚したことはない。
驚く顔が見られるぞ、口惜しがる表情を堪能できるぞ。臍を噛むがいい、地団駄踏むがいい!
そんな単純にして、姑息な願いは確かに叶った。
馬鹿面晒して、傍らの少女を眺める男が2人いたのだから。
ただし、共に茫然自失の躰だったから、望み通り相手の失態を堪能できたか否かは怪しいところである。
「「お、おおお、お前!!」」
怒り心頭に発し、もう何がなんだか目の前まで赤くスパークしちゃってる双子、少女等が顔を見合わせ頷きあったのを 知らない。
(やっぱりですか)
(やっぱりですね)
初対面でアイコンタクトできちゃう程度には共通の感情を彼女たちは抱いていて、彼等を一目見た瞬間、ここ数週間の 疑念が確信に変わる瞬間を共有してしまったのだ。
やっぱりよく似てるんじゃないか。やっぱり、もう1人いたんじゃないか。
こういうの世間では双子っていうんじゃないの?双子って無条件で仲良しこよしなんじゃないの?
…どうやら、角突き合わせて睨み合い、火花まで見えそうな彼等に至ってはその法則、当てはまらないらしい。
「「彼女に、何を言った!!」」
そら、お互い様でしょうに。
「「こそこそ、卑怯だぞ!!」」
双方、言えた義理ですか。
「「やって良いことと、悪いことの区別もつかないのか!!」」
………自分は、すっかり棚上げ?
「不毛ね」
「不毛ですね」
どこまでもエキサイトしそうな勢いをそう言いきって、美沙と真澄は立ちつくしていた玄関からさっさと離脱した。
やつらが互いを罵るのに忙しいその隙に。全くそれに気づきもしないバカ共を残して。
「ね、時間ある?」
「ええ、たっぷり。お茶でも飲みに行きません?」
外見も性格も、おそらく正反対であろうに気が合うと断言できる、奇妙な確信が2人にはあった。
被害者意識を共有してるから?ま、どちらにしろ男共より共通項が多いことだけは確か。
「あたし、ナポレオンパイがおいしい店知ってるの」
「本当に?私、ナポレオンパイ大好きなんです」
ほら、もう一つシンクロ。
「え〜奇遇!ねね、紅茶は?」
「「ロイヤルミルクティ!!」」
嬉しそうに顔を見合わせて、やっぱりハモる。
仲睦まじく、ハモるのが嬉しくて仕方がないって風に。
「なんか、楽し〜」
「ええ、初対面って気がしませんね」
腕なんか組んじゃって、ウキウキ歩いていく姿ときたら、双子達といるより余程しっくりきているじゃないか…
「「待てよ!!」」
いい加減気づいたらしい双子が短い距離を追いついて叫んだ頃には、きっと時既に遅しなワケで。
一体どっちがどっちに声をかけているんだか判然としない呼びかけに、2人ピタリとシンクロしながら振り返る。じとっと 冷たい視線のおまけ付きで、おばかさん達をびびらせつつ。
「「…っ大事な話があるんだって!!」」
「「兄弟喧嘩が?」」
低〜い声音にすくみ上がりつつ、浮かべた愛想笑いも効果なし。あったら変。
だって、少女達は怒ってるからね。静かに激しく、怒ってる。
恐いぞ。
「人をダシにしてまでするなんて、ひどくない?」
「あなた達は良心てものを持ち合わせていないんですか?」
容赦なく突き刺さるそのセリフに、適当な言い訳どころか返す言葉もないから困る。全部真実で、誤解ですと説得しように もタックを組むべき相手が天敵じゃ、手詰まりもいいところだ。
互いにチラチラ視線は送れど、アイコンタクトは生まれてこの方取ったことがない。だから、意思疎通は無理。
「「その、あの…」」
しどろもどろする双子に下される裁定は、甘いものであってはならなかった。
「きっちり一晩反省しなさいよ」
「誠意を見せてくれれば、話くらいは聞きますよ」
恋する乙女は最強で、容赦なんてしてくれないもんです。


「…おい」
「…なんだよ」
あっさり取り残された情けない男達は、背中合わせでそれでも状況打破のため不本意ながらレッツ・カンバセーション。
綻びかけていた恋を、取り戻すため。始まってもいない恋の、スタートラインに着くために。
「なんで言わなかったんだよ」
「お互い様だ」
「勘違いに気づいてたんだろ?あの子が声かけたのは俺だって」
「そっちこそ。彼女が話したかったのは僕だ」
意地を張り合って、絶対謝るものかと頑張って気づいた。
名前も知らないってコトを。好きになりきらない未熟な感情を育てるには、まず知り合うことが大切なのに、その第一段階 すら踏んでいない。全て、奴に奪われた。
…これって、やっぱり、
「「お前のせいだ!!」」
振り向いて胸ぐらを掴み上げると、やるせない感情は容易く暴発する。
「「なんでいつも、邪魔するんだよ!」」
そう、この世に生を受けて以来ずっと、こいつが目障りだった。
「「いつもいつも、二人で一緒の扱いされて、どんなに努力してもちっとも差が開かない。告白してくる子は双子のどっち かと付き合いたいんであって、目の前にいるのが修司なのか怜司なのか区別すらつかない!!」」
だからやっと違う学校に進めて、別々の生活を手に入れられて、嬉しかったのに、幸せだったのに。
「「なんで、よりによってお前が彼女に会うんだ!!」」
叫びながら、でもっと気づいている。
奴がいたから、あの子と接点が持てたのだと。結局、再会させてくれたのは腹が立つことにこいつだ。同じ顔した片割れ がいたからこそだ。
「…返せよ」
「お前もな」
意見が合って頷き合う。第一関門、突破。おかげで幾分冷静になってきた。
完璧なるユニゾンから脱却した彼等は互いを掴みあげていた手を放し、精神衛生保護距離である一メートルをとると、 ふむっと打開策を練り始める。
「その前に、謝らないとまずいだろ」
「あの様子じゃかなり難しいぞ」
冷たく捨てぜりふを残して去っていった表情が脳裏に鮮やかだ。
「一晩反省しろって、言われたな」
「ああ。…待てないけど」
時間をおけばおくほど、謝ることが難しくなるんじゃなかろうか?
「ケーキがうまい店、知ってるか?」
「知るわけないだろ」
とりあえず、しらみつぶしに捜してゆくしかないと結論づける。
「不本意ながら、休戦だ」
「仕方ないだろうな。見つけたら連絡する」
携帯を持っていることを確認して、背中を向けた二人は釘を刺すため振り返った。
「「抜け駆けするなよ?!」」
…まず、信頼関係を作ることが重要じゃないんだろうか?


おいしいお茶にケーキ、そして共通の敵がいれば女の子はすぐ仲良くなるもので。
もちろん彼女たちもご多分に漏れず、朗らかな笑い声と共に話に花を咲かせていた。
「ね真澄ちゃん、どこで双子かもって思ったの?」
「そうね、たまに見せる企みいっぱいの微笑み、かな」
「あははは、一緒、一緒!」
「後ね、よどみない口調とかもおかしいと思わなかった?」
「思ったー!嘘くさいのよね、感情ない喋りだから」
「そうそう」
内容が辛辣であるのはともかく。
一息ついて、紅茶を飲んで、でもっと二人は苦笑を漏らす。
「「好きだから、怪しいとは言えなかったのよね」」
と。ちょっと悲しげに曇った表情で。
これを聞いて謝り倒せないなら双子に明るい未来は来ない。絶対、絶対、来ないったら来ないのだ。
「「…ごめん、なさい…」」
そう、それでいい。
心の底から反省して頭を垂れ、突然の登場に唖然呆然で言葉のない女性陣の隣に…座っちゃっていいのだろうか…? 今度は正しい組み合わせで、最初に出会った通り修司が真澄の隣りに、怜司が美沙の傍らで、それぞれしつこ くごめんを繰り返している。
「俺は怜司…弟が大っ嫌いで、嫌がらせをするつもりで、でも奴が君まで巻き込むとは思ってもなかったんだ」
「僕は修司…あいつが苦しむのは見たかったけど、まさか君を利用するほど奴が卑怯だとは思わなかったから」
…言い訳の中身が責任転嫁ばりばりで、男らしさの欠片もなくって、更に彼女等を呆れさせたってのはともかく。
ここに悪ガキ共が雁首揃えてしまったのだから、さっきいい足りなかった小言をおまけしてやるのもいいかもしれない。
視線と溜息を交わした真澄と美沙は、こっそり頷き合って彼等を見やる。
「確かにあなたは私を巻き込まなかったかも知れませんが、美沙ちゃんを巻き込んでいますよ?」
「あのね、彼が卑怯だというなら真澄ちゃんを利用したあなたも充分卑怯なんじゃない?」
「「…あ…」」
ここで双子、ようやく己の間違いに気が付いた。
そうだった、奴はともかく結果的に騙してしまった彼女に謝らなくては、そうしなくてはきっと許してもらえない。 なのに、うっかりいつもの調子で失言するとは、失敗失敗。
「「ごめんなさい、本気ですみません」」
かなり自己詭弁の強い偏った反省などして、向かいに深々頭を下げる。
あいつに悪いとはさらさら思っていないが、彼女に対して申し訳なさが溢れるのは本当だから。
「どうする…?」
「どうしよう…?」
多々含みはあるものの一応嘘はないようで、頷けば元通り、すっとばしてしまった2度目の出会いからやり直せるだろう が、今後の平和を考えるとここで甘い顔をしていいものかどうか。
…いや、よくないだろう、間違いなく。
無言の内に意思疎通を終えた彼女たちは、譲れないひとつを決めて、にこりと笑う。
「「二人が仲良くしてくれたら、許します」」
「「え…?」」
そりゃ、固まるだろう。
自分たちの容姿に惑わされない2人に笑って誤魔化しとか、通じない。ついでに哀しいくらいこっちがベタ惚れなもので、 嘘もつけない気がする。
だからと言って、こいつと仲良くするなんて天地がひっくり返ったってごめんで、それくらいなら火星に火星人を探しに 行く旅に出る。間違いなく出る。
「「それは、きけない…」」
「「じゃあ、許さない」」
「「や…困る」」
「「それなら仲直り」」
「「…ほかの条件なら…」」
「「ダメ!」」
と、ざっと30分、この不毛な会話は続いた。
ケーキショップの店員も客もあきれ果てる長さで押し問答、双方譲らぬ、その割に緊張感のない会話の結末は。
「「ゆっくり仲良くで、勘弁して下さい」」
「「いいけど、有言実行で」」
な妥協案をもって終幕を見た。
元々この騒ぎ、双子の仲の悪さが招いたことなので今後つきあいを進めていくとなると良好な兄弟関係は必要不可欠 なんである。
…できるかどうかは別として、要努力。努力なくして進歩なし!
そんなこんなで、なんとか正しい組み合わせに戻った二組はずっとお預けになっていたあれを聞くことから始めた。
「矢嶋修司、18歳。君の名前を教えてくれるか?」
「矢嶋怜司、18歳。名前を教えてもらえる?」
花のように微笑んだ彼女らの背後で無言の醜い争いが続いていたことは、また別の話。



NOVEL

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