しかえし 
 
              日が落ちきった浜辺は、恐い。
 
              真冬じゃなきゃ、張り付くカップルとかたくさんいちゃって孤独とか感じることは
 
              ないんだろうけど、煌々と輝く月の光に小さな波を上げる海はどうしようもない悲
 
              壮感を漂わせているから不思議だ。
 
              現在時刻は6時。さすがに12月、日が暮れるの早くなったよね〜。
 
              まだ4ヶ月とは言え、寒空の下妊婦が突っ立てるのもどうかと思うんで完全防備よ。
 
              使い捨てカイロに分厚い毛布、スパッツの上にジーンズを履く重装備で防波堤にク
 
              ッションを置いて座り込んでるの。コートもセーターも着てるから、全く寒くなく
 
              て、快適快適。
 
              …そんな七面倒な用意までして、一体なにをしてるのかって?
 
              近衛氏困らせてるに、決まってるじゃん。これはね、しかえしよ、し・か・え・し。
 
              家政婦の新藤さんに入れてもらった香り高いほうじ茶を(緑茶やコーヒーはカフェ
 
              インが…と止められた)ポットからくみ出しながら、あたしは漆黒の夜空に白い白
 
              い息を吐く。
 
              それは狼煙のように、ゆっくり天に上がって居場所をしめすかな?なんてちょっぴ
 
              り考えながら、まだまだ来ない奴を待つ。
 
              背後は歩道を挟んで広い国道。
 
              ふふん、横着して車に乗ってたんじゃあたしは見つけられないわよ。
 
              きっちり走っていらっしゃいな、この気が遠くなるほど続く海岸線を。
 
              一生懸命探すがいいわ。近衛氏が捨てかけた人間をね。
 
              都会はやっぱり星が少ないのかしら、なんて騒音に苦笑しながらロマンスを夜空に
 
              求めていると、ほら、足音。
 
              くくくっ急いでる急いでる。ついぞ見たことのない慌てっぷりが、それだけでわか
 
              るってもんよ。
 
              「お疲れ〜」
 
              スーツでランニングしてきた社長様は、肩で息して呑気に手を挙げたあたしを見や
 
              る。
 
              視線に険はないわよ。いっとくけど。困ったように笑っちゃいるけどね。
 
              「……どうして、海なの」
 
              どさりと効果音がつきそうなほどの勢いで隣に腰を下ろした近衛氏は、雪だるまの
 
              如くふくれあがった服装に少しだけ顔をしかめた。
 
              本来の彼なら、ここでイヤミの一つも出なきゃ嘘なのよ。続いて説教ね。
 
              だけど、絶対強気に出られないわけがある。だからやんわり訊ねるのだ。暗にココ
 
              だけはやめて欲しかったって気持ちを込めて。
 
              「んなの、近衛氏を困らせるために決まってんでしょ」
 
              言い切ったのは本音。包み隠すこともない、だって復讐なんだから。
 
              「今日はなかなかスリリングだったでしょ?」
 
              にっこり。
 
              〜っくぅ!これやってみたかったんだよね。
 
              ほらほら、近衛氏がよくやってたじゃない?笑顔でばっさり人を斬るってヤツ。
 
              成功させようにも相手の方が一枚も二枚も上で、不発に終わること数多でね〜屈折
 
              2年と少し、やっと出せたわ、伝家の宝刀!
 
              「今日はって…毎日、心臓が凍りそうだよ」
 
              呟いて、くしゃりと髪をかき回した彼に疲労が見て取れて、あたしは笑った。
 
              昨日はね「映画館にいます」って書いて出てきたの。
 
              その前が「本屋にいます」そのまた前が「おもちゃ屋にいます」。
 
              文章の最後に必ず「探してね」ってつけて、実はもう2週間ずっとやってるのよ。
 
              簡単には許してあげないと決めたけど、でも近くにいるとダメなの。
 
              優しく笑う顔や、触らない約束を健気に守って見守る姿や、ケーキを買ってきたり、
 
              おっきなヌイグルミ抱えって帰ったり、嬉しいをたくさんくれる彼を受け入れそう
 
              になってしまう。
 
              だから、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに泣きついて、どうしたら近衛氏にいじわる
 
              できるか一緒に考えてもらったのよ。
 
              『隠れてしまいなさい』
 
              と言ったのはお祖母ちゃん。
 
              『探させてやれ』
 
              と言ったのはお祖父ちゃん。
 
              2人の協力の下、残業を一切許されず帰ってくる近衛氏は帰宅早々置き手紙をヒン
 
              トにあたしを捜し回るハメになる。
 
              汗を掻いて、その足で一歩一歩、近づくの。一度は手に入れて自ら遠ざけてしまっ
 
              た恋心を必死で捜すの。
 
              「会長まで協力してるんじゃ、僕に勝ち目がないって知ってるでしょ」
 
              まばらな星を振り仰ぎながら、苦笑する声も顔も怒りは含んでいない。
 
              知ってるのね。あたしがあなたを試してるって。
 
              泣いた分、イジワルして、気が済むまで付き合ってくれたら、もう許すって。
 
              「…家出は、今日が最後」
 
              同じように夜空を仰いで、近衛氏にゲームの終わりを告げた。
 
              「気は、すんだの?」
 
              少しだけなにかを疑って、確かめるけどこれはまだ秘密。
 
              「半分くらいね。だから、手をつないで帰ろう」
 
              大荷物、抱える勇気があるのなら。
 
              視線で尋ねるともちろんと近衛氏は頷いて、かいがいしくあたしの周りを片づける。
 
              ポットもクッションも毛布も、パンパンに詰めたカバンを右に、左手を差し出して。
 
              「行こうか?」
 
              「うん」
 
              柔らかく手をつないで、夜道をゆっくり家路につく。
 
              こんなしかえしも、たまにはいいと思わない?
 
 
 
NOVELTOP 
 
 
 
                  ちょっとだけ、優位な日常を覗いてみました。       
                  でも、もう一本優位な日常があるんです(笑)             
 
 
 
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