日常、カモーン。   
 
              近頃、近衛氏の心配がマックスいってることくらい気づいてる。
 
              寒さも去りのほほんとウグイスも鳴いちゃう季節だって言うのに、あたしの体調が
 
              反比例で思わしくないからだ。
 
              食欲不振に行動制限に睡眠不足、程度なんだけどね。まぁ、一般的な妊婦さんの症
 
              状よ、これが臨月間近とかなら誰も気にも留めない状態。
 
              ところが、まだ妊娠8ヶ月なんです、よ、奥さん。
 
              さすがの近衛氏もおかしいと思ったのか、本からも知り合いのお医者さんからもい
 
              らない情報を仕入れて来ちゃってね、時折もの問いたげにじーっとこっちを見てる
 
              わけ。
 
              『隠し事は身のためにならないよ?』
 
              とか、
 
              『白状しないとヒドイよ?』
 
              なんて幻聴が聞こえるのは偏にあたしが粗雑な扱いを受けてきたおかげなんですが
 
              ね、さすがの近衛氏もイロイロ反省してるのか口に出したりはしない。分が悪いの
 
              は心得てるし、これ以上あたしを刺激すると家庭内別居もあり得ると身に染みてい
 
              るんでしょ。
 
              現に許可なく触れない、アレ持続中だから。真知子事件のあった11月からずっと、
 
              キスとかえーっとエッチ、とか、全くしてない。
 
              妊婦だし複雑な事情もあるから、正しい行いですが彼にも不満はあろう。あたしも
 
              あるから。
 
              たまに、ホントたまにだけどね、無性にぎゅーって抱っこしてもらいたい時がある
 
              の。キスだってさ、触れるだけの軽いのが欲しい時があるんだって。
 
              意地とかあって、言えないんだけど。口惜しいんだもん、下手なこと言って許して
 
              もらえたとか思われちゃうの。もう少し優位でいたいのよ。
 
              ……なんか思考回路が変なとこに繋がっちゃったな。戯言はどうでもいいんだって、
 
              今は目の前の近衛氏よ、これをどうするかが問題。
 
              食後のリビング、ソファーのあちらとこちら、無言の男女が一組。
 
              お笑い番組に気もそぞろな笑い声を上げるのは、正面の視線が気になって仕方ない
 
              から。
 
              言いたいことがあるなら言いやがれ、聞かないけど。
 
              怒ってるんだぞ、あたしはまだまだ進行形でお怒りモード…は結構冷めてきたけど。
 
              でもやっぱ許してあげない!
 
              「牛乳飲む」
 
              いい加減鬱陶しくなってきた視線を、振り切るように腰を浮かせた。
 
              ナマケモノよりスローな感じだけどね、はぁどっこいしょ、ってな具合。
 
              「僕が行くよ」
 
              これ、最近の近衛氏の口癖よ。人の行動先回りして、全部自分が引き受けようとす
 
              んのよね。ちょっと、やりすぎーな気がしない?
 
              「平気、少し動かないと」
 
              昼間お祖父ちゃんにも甘やかされてる身としては、ホントに少し動かないといけな
 
              いのだ。現に見ているお祖母ちゃんは、ギリギリまで動く方が体にもいいんだって
 
              教えてくれたもん。あたしの場合、ちょっと特別だから無理はしちゃいけない、と
 
              もいってたけども、まぁまぁ、ねぇ?
 
              だけど、近衛氏が気にしないよう、笑顔の一つもつけてやろうと慌てて顔を上げた
 
              のがいけなかった。
 
              「あ、れ…?」
 
              急に色を失った景色に、たまらずくずおれる。
 
              これは、最近加わった症状の貧血に間違いなかろう。先生にも、言われてたしなぁ。
 
              急に動くなー、鉄剤飲めーって。
 
              うん、まぁ、それはいいんだけどさ。
 
              「どうしたの、どこか痛い?」
 
              傍らで肩を抱いてくれるのもありがたい、けどね、あたしは見てたから。あんた今、
 
              テーブル踏み越えてきたでしょ?どうすんのよ、ひっくり返った一輪挿しとか、ド
 
              ライプルーンの皿とか。片づけが大変じゃない。
 
              「や、あの、これさ」
 
              緩く回った腕をやんわりふりほどいて、テーブルを片付けようとする手が捕らえら
 
              れた。
 
              邪魔しないっ!って仰ぎ見た瞳にぶつかる、えらく真剣な目に条件反射のドキン。
 
              「早希のそれ、おかしいでしょ?眠れなかったり、食事もとれなかったり、今日は
 
               貧血?いくら妊婦でも多すぎない?」
 
              追求モードの入った近衛氏から、逃れるのはひっじょーに、難しいのだ。いくらあ
 
              たしに攻撃的態度がとれなくなったとは言え、元は悪魔。舌先三寸で丸め込んで欲
 
              しい情報を引き出すなんて朝飯前。
 
              なんか考えないとね、このままじゃせっかくの秘密がばれちゃって面白くないもん。
 
              「うー…そだ!許可なく触ったな!ダメじゃん近衛氏、罰金〜」
 
              「いくら欲しいの」
 
              即答されちゃったいね〜はぁ〜やれやれ。
 
              どシリアスですよ、ほらほら財布なんて出しちゃって、その上めんどくさくなった
 
              のかそれごと渡してきましたよ、この人は。
 
              「それごとあげるから、僕の質問に答えて」
 
              で、こうだ。
 
              「や、カードとか大事なモノも入ってるっしょ?軽々しく人に渡すのは…」
 
              「構わない。ほら、答えて」
 
              ………誘導尋問とか、嫌いなのね。ほら、騙されたーっ!!って瞬間が口惜しくて
 
              さぁ、どうせなら正々堂々正面から来たらどうなのよ!とか怒っちゃうわけ。
 
              それはそれでどうよ、になるとは思わなかった。今そんな気分。
 
              ちゃんと心配してくれてるんだよね。からかう時みたいな意地の悪い微笑みとかな
 
              いし、捕まれた腕も痛くない程度に、でもがっちりホールドで全身から安心させて
 
              オーラが流れ出してるもん。
 
              下手に出た魔王様に、対抗する手段をあたしは知らないんだ。好きな人に突き通せ
 
              る嘘も知らない。…どっかの誰かと違ってね。
 
              「…あのさ、どこもおかしいとこないから。むしろ他の妊婦さんより健康には気を
 
               つけてるの。2週間に一度でいい検診も、2回行ってるしね」
 
              これで誤魔化されては…くれないか。続きを無言で促すんだね、はいはい。
 
              「ここにね、2人入ってる、それだけだから」
 
              臨月の大きさらしいお腹をポンポンと叩くと、見事な近衛彫像ができた。
 
              ちょっとタイミングは早かったけど、我慢する。だって見れたもん。これ、この顔
 
              が見たかったのよ〜。
 
              茫然自失してる近衛氏ににんまり笑顔を送ると、大変だった日々に思いを馳せる。
 
              病院についてくるときかない魔王様を適当な難癖つけて追い払い、エコー写真を見
 
              せろとねだるのにそんなもんはないと突っぱね、問いつめられる前にマタドールの
 
              ごとくひらりひらりと逃げおおせ、ああ、長かったここまで!
 
              あたしから近衛氏にできるささやかな復讐は、子供の数を黙っていること。普通な
 
              らできない方法だけど、これはもう、赤ちゃん達も父親の悪行三昧に怒り狂ってい
 
              たと判断したね。
 
              『いてこませ、母ちゃん!』
 
              て聞こえたもん、励ましが。
 
              「ホント、に?」
 
              ようやく現実に立ち返れた近衛氏は、微かに震える指先でせり出した腹部に触れる。
 
              そろそろ撫でながら、いつの間にか背に回った腕はあたしを抱きしめて、
 
              「ごめん、早希」
 
              なんで謝る。
 
              ここは感謝でしょ?!ぶわっと盛り上がってがーっと感激してくれないと、調子狂
 
              うじゃない!
 
              適当な返答なんて見つかるはずもなく、言葉に窮した耳に届くわかりづらい男の本
 
              心。
 
              「僕が…君を逃がしたたくなくて、身勝手に妊娠させたんだよね。まさか双子だな
 
               んて思いもしなくて、一人でも大変なのに若い早希にこんな無理をさせて」
 
              「…それ、用法間違ってる。若いから無理が利くんじゃない」
 
              地の果てまで落ち込むのは勝手だけど、あたしは喜んで欲しいのだ。
 
              「だいたい、好きな好きな男の子供だから産むなんてお為ごかし、あたしは言わな
 
               いわよ。欲しいから産むの。赤ちゃんに会いたいから辛いのも我慢するの。近衛
 
               氏はこの子達に会いたくないの?」
 
               暴れたり蹴ったり騒々しく自己主張を繰り返す未知の生物に。誰のためでもない、
 
               自分が欲しいから、母親とはそんなもんじゃないの、かな?
 
               責める口調で問えば、ちょっと目を見開いた後、近衛氏は笑った。それはそれは
 
               嬉しそうに、ここ最近なかなかお目にかかれない全開っぷりで。
 
               「もちろん、会いたいよ。早希も子供を望んでいるとわかったら、もっと会いた
 
                くなった」
 
               「現金だねぇ」
 
               「そりゃあね、負い目が一つ無くなったわけだから」
 
               …しまった、そうか、これも負い目だったのか…。
 
               残念がっても後の祭り。許可なく触るなも今日はなし崩しになっちゃってるし、
 
               いやだな〜イヤな予感バリバリ〜力関係が元に戻りつつあるんじゃ、ないよね?
 
               髪に埋めていた鼻先を上げて、頬にキスをくれた近衛氏が当然とばかりに呟く。
 
               「次の検診は僕が一緒に行こう」
 
               「え〜っ!!」
 
               面白くないから反抗しとこう。夫婦揃って産科にってのは実は魅力的な提案では
 
               あるのだ。仲良しご夫婦なんて見ちゃうとあたしも近衛氏と来たかったなあって
 
               思っちゃってたから。
 
               でも、当たり前みたいに言っちゃダメ。まだ許さないって言ってるでしょ?
 
               「僕と2人で出歩くのは、まだいや?」
 
               わざわざ視線を合わせて天使のお顔を歪めての懇願、新兵器だと気づきましたよ、
 
               ええ、わかってました。でも、抵抗できない悲しさよ。
 
               「そんなことない、わかった、今度ね、行こうね」
 
               その後、勝ち誇った顔で近衛氏がにやつかなかったかって?そこまで露骨じゃな
 
               いよ、さすがの悪魔もさ。
 
               でも、ちょぴっとだけ唇の端を上げてたの、気づいたんだけどね、心の平安のた
 
               め、見ないフリをしよう。うん。
 
              
 
 
NOVELTOP 
 
 
 
                  はい、お疲れ様〜ここまでで立ち止まってるは終わりです。 
                  魔王復活を匂わせつつ、次回にれっつごー。              
 
 
 
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