忍れど色に出でにけり我が恋は2



車から降りたおにいさんは年の頃なら20代半ば、長身でおじさんを簡単に見下ろせちゃう体格の良さである。質のよいスーツに隠れた体も、適度に筋肉がついているとわかる厚みがあって荒っぽい事ももそこそここなしちゃいそうよ。
でも、果敢に反撃を試みたおじさんは息子ほども年の離れた若人に引きつりつつも言い返した。
「ち、父親が、娘を連れ帰って何が悪い!」
苦しい言い訳ではあるけど、一度はそれで周囲を騙せたこともまた事実であるから変な自信を持っているのかも知れない。
ま、このいかにも賢そうなおにいさん相手に通じるかどうかは謎だけど。
「ホテルに連れ込もうとする親がいるとは知らなかった。ああ、もしや近親相姦、かな?」
やっぱり、無理だったね。
その上悪いことに、彼が強調したよろしくない言葉が当然通行人の興味をそそり、わざわざ足を止めて見物していこうかなんて気にさせたからますます状況は不利なのだ。
「近道なんだ!他人のことにくちばしを突っ込むんじゃない、若造が」
尻つぼみになった侮蔑の言葉は、気弱に外された視線と相まっておじさんの心が既に負けを認めているという行為、だと思われる。
私にわかるくらいなんだから当然おにいさんにも、果ては物好きなギャラリーにだってわかるはず。
なのににこやかに繰り出される言葉の暴力は、いっこうに止む気配なく。
「おやおや、今まさに犯罪者になろうとしている憐れな中年を水際で引き留めてやろうという、僕の親切がご理解頂けないとは残念だ。では」
そう言って内ポケットから取り出されたのは携帯電話で、
「警察にご足労願おうか」
「何?!」
これ、冗談ではないらしいのね。本気で110って押してるから。
「ふ、ふ、ふざけるな〜!!」
おじさんはさぞ驚いたんだろう。訳のわからない捨てゼリフを残して去っていった。まだ通話開始ボタン押してないのに。
もっと落ち着きなよ。それに普通は覚えてろ〜とかだと思うんだけどなぁ、ふざけるなってあんまりこの場面にはまらない気が…
「さて、残るは君だが」
他の多くの人たちと同じように、しまらない後ろ姿を見送っていた私はまさか自分に矛先が向くとは思わずすっかり油断をしてたのだ。
ピクリと振り返った先に、目が少しも笑ってない綺麗な笑顔があって、それは忘れかけてた自分の不幸を思い出すほど刺激的で。
「高校生がこんな時間こんな場所にいたということは援助交際目的か?」
痛みを感じるほど深く人を覗き込む視線に、嘘を吐いてはいけない気がした。
ばれたら真実を答えた時の数倍ひどい目に合うって、本能が言うんだもん。
「…そう、です」
正直に頷いたのに、どうして空気が凍り付くのよ〜っ!
怖々上げた視線の先で、実に愉快そうに微笑んだおにいさんは鷹揚に頷くと、ではっと腕を取る。
「僕が買ってあげよう」
「え、ええーっ!!」
それはもうすごい勢いで、こっちの言い訳なんて聞く耳はないに決まってる背中はずんずんと路駐した車へ進んで行っちゃうから困った。
他に方法はないのだし、おじさんは追い払って貰ったけれどいざとなれば売るしか手がないのもわかってて、初めてなんだからせめて若くて格好いい相手なら諦めもつくんじゃないかと思う。
思うけどやっぱりいきなりは、繊細な乙女の神経が耐えられない。
「待って、あの、最初はそのつもりだったけど今は違うの!やめます、誓います!」
「…僕はね、人の嘘を見抜くのがなにより得意なんだよ」
必死の叫びは、助手席に私を押し込んだおにいさんの底冷えする一言にあっけなく却下された。
反射的に体を震わせ革張りと思われるシートで丸く縮こまった隙に、彼は運転席に収まりさっさとエンジンをかけると興味深げにそびえ立つ建物を一瞥する。
「実に理に適った場所で客引きをするものだね。あれはラブホテルだろ?」
感心したフリが勘に障るのはおにいさんの目玉が侮蔑に輝いているからだろう。
わかってるくせに確認することないじゃない。ひねくれ者っ!
と、罵倒する心の声と裏腹に声帯は反応さえしないんだ。代わりに背中を奇妙な快感が走り、見えない何かに心ごと縛られ堕ちていくのがわかる。
ナニ、コノ感覚?ヤバイ…
身の危険を感じると本能が示すシグナルが煩いくらい点滅してるのに、凄みある笑みを浮かべたままの彼が吐息がかかるほど近づいても逃げられない、逃げたくない。
「君はなかなか…素敵な反応をするね」
耳を掠める唇がすぐにも襲いかかってきそうで恐いんだから、悲鳴を上げたらいい。
なのに自分がしたことといったら、目を閉じてまるで次に起こることを期待しているとばかり固まって見せたんだから、もうどうしていいのか。己の行動が理解できない。
ナニがしたい、自分!
「期待を裏切って、悪いね」
だけどそんなことは起こるはずもなく。
カチリとシートベルトの止まる音と嘲るおにいさんの声しかしなかった。当然だけど。
恐る恐る目を開くとあんなに近く感じたはずの体温はきっちり運転席に収まり、既に興味をなくしたかのように前だけ向いている。
強く瞑りすぎて霞んだ視界を、きらびやかなネオンがゆっくり流れていた。
このまま行くと、おじさんが目的としていた場所に辿りつく、よね。でも、この人相手に不自由してるように見えないし、さっき言ったのとか冗談、だよね?
横顔なんか覗き込んでも本心は読めるはずは、ないけれど。
私程度にわかるほど浅い人間なら、最初に捕まることなく逃げおおせてるに決まってるから。じゃ…わざわざ確認するの?本心を?
「心配無用だよ、ついたから」
どう聞いたものかと悩みまくってる人の心情なんかお構いなしに、おいでおいでをするピンクの建物がおにいさんの高級車を飲み込んじゃったの。
もちろん中身の私もおにいさんも当然飲み込まれちゃったワケで、トンネルと同等程度の明るさしかない駐車場内を止める場所を探してうろうろ…
「はい、降りて」
して下さい、せめて…。なんでそんな思い切りよく空きスペース見つけちゃうの、ついでに入れちゃうの。
「あのですね…」
脱力して項垂れる余裕なんて、ない。
「おいで」
ドアを開けて微笑み、手まで差し出されちゃうともうこれは思考がすっ飛んじゃって、思わず、
「はい」
素直に引っ張り出されました。いや、喜んで?
私、これからどうなっちゃうのかな??


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