忍れど色に出でにけり我が恋は 1



不幸って、度が過ぎると開き直れるものらしい。
お母さんが死んで7年、自分が一番で子供の誕生日なんて覚えていたこともないお父さんがケーキを買ってきたのは先月のこと。
出来合いとはいえごちそうまであって、ここしばらくろくになかった親子の会話まで弾んだっていうのに、数時間後にあんな目に遭わせるなんてあんまりだ。
『ゆかりへ、お父さん500万円は払えないので逃げます。お前も一人でがんばれよ』
…応援されたって、高校生一人でどうしろと?


まさかアパートまで追い出されるとは思わなかったわ。
あの夜から矢のような催促をくれた街金のお兄さん達は、なけなしのバイト代だけでなく住処まで私から奪ってしまった。
そりゃそうよね。夜も日もなくドンドンドンドン扉を叩かれたり、階段に座り込んで卑猥な言葉を吐くなんて真似されたんじゃ住民だって大家さんだって怒るに決まってる。
そんで当然怒りの矛先は原因を作った私に−−正確にはお父さんだけど−−向いて、
『悪いけど、契約も切れることだし出てってもらえるかね』
と、言われたのが2週間前。
高校生に部屋を貸してくれる不動産屋なんてあるわけ無い。当然、行く当てだってない。
年も明けて心機一転頑張ろうって人が多い中、私は途方に暮れているのだ。
「残るはあれしかないよ、ね」
日払いのバイトもダメ、風俗も16って年齢で断られた。今晩眠る場所もなく所持金400円の現状で手っ取り早く寝床と現金を手に入れる方法は、ただ一つ。
エンコー。
テレビの特集で見てるときは、遊ぶお金ほしさになにやってるんだと思ったけど生活かかってくれば話は違う。
処女は高く買ってもらえるらしいし、十人並みの容姿でも無敵の制服(もう退学したけど)があればきっと買い手はつく…はず。
当面暮らせるお金を手に入れた後は、また考えるもん。もしかして一回売って勢いがついたら2度3度、同じコトができるかもしれない。
……ちょっと、涙浮かんできたぞ、切なくて…。
道行く人がみんな幸せに見えるのは、こんな瞬間なんだろうなぁ。
腕くんで歩くお姉さんも、携帯で楽しそうに話してるお兄さんも、人待ち顔のおじさんも、大事な人がいて暖かいお家がある。
寒さに震えていたり、お腹が空いて極限で軽い貧血を起こしかけてはいない、よね。
日本で一番強いって言われてる女子高生が(元だけど)、あり得ない惨状。
もしお母さんが生きていたら、こんな目には会ってないかも知れないのに。お父さんがあんなになっちゃったの、お母さんが死んじゃってからだもん。
お酒飲んで、ギャンブル三昧してたら悲しいことは忘れられるのかな…。
「一人で寂しそうだね?」
ダークに引きずられた思考から私を現実に戻したのは、低くどこか笑いを含んだ声だった。
きっとそうかな、そうだろうなと、のろのろ上げた顔の先に予想通りおじさんが一人立っている。
中肉中背ちょっと出たお腹を除けば、ごく普通のおじさんだけど、そういう目的?
「もしかして、君売ってるの?」
私の疑問を先回りしてもたらされた答えが、彼が待ち人だと教えてくれた。
よく見たら、結構いいもの着てるよね。小綺麗だし、お金も一杯持ってそう。
「いくら?ああ、それは現物を見ないと決められないかな」
ニヤリと覗いた好色そうな表情に、全身寒気が走っちゃった私はきっとエンコーに向いていないに違いない。ああ違いない。
返事もしてないことだし、ここは一つ断ってみるってどう?よく見ればちょっと後退してる生え際とか、おじさん独特の整髪料の臭い、好きになれないもん。
…あれ?好きになる必要はないのか…。
「や、あの、私は売り物じゃない…」
「行こう」
きっぱり断ろうと思ったその声は、途中で強引な腕に引き取られるって結末を見てしまった。
少ないとはいえ置きっぱなしの荷物も無視、二の腕だって力の限り握ってるのか痛みを感じるくらいなんだけど、こっちのことなんておじさんは全く気にしてないんだよ。
ぐいぐい自分勝手にどこに連行して行こうっていうの?!ちょっと、ちょっと、ちょっと!!
「やだ!放してよ!!」
元来、負けん気は人並み以上、口の悪さは折り紙付きの私を拉致しようなんて甘いわ!
エンコーしようとしていたことなどすっかり忘れて、眉間にしわ寄せ危険な目つきでこっちを睨んでくるおじさんの腕を力一杯はねのけようとして戦う。
大通りに近い人通りだってたくさんある場所なのに、誰一人助けてくれやしない。
ちらりと視線はくれても、それは好奇心からのもの。さすが世知辛い現代社会よね!
「いいから来なさい」
鼻息荒く語尾を強めるおじさんと私って年齢差あるし、もしかすると不良娘と父親って風に見えてるの?だから、みんな大事だとは思わない?
だけど、エンコーは犯罪。
きれい事を言ってもどんな事情があっても、売春も買春もお巡りさんに捕まる悪いこと。
ならばひとつ。
「私、売ってない、エンコーなんてしません!!」
大声で何が行われているのか叫んでみてはどうだろう?助けてーとか抽象的に言うよりよくない?
ところがこれ、おじさんの神経を逆なでしてしまったらしい。
あからさまに周囲の視線が不審に歪むと、顔を真っ赤にして鬼の形相になっちゃったから。
で、
「ふざけるな!親を愚弄するにも程があるぞ」
…そう来たか。これじゃ、周りの関心がなくなるじゃないの!ほら、ほらほら!みんなやれやれって顔で止めた足を動かし始めちゃった!どうしよう〜。
「離せ!放してってば!!」
やるかたなくおじさんに引っ張られるのなんかまっぴらごめん!
声を限りに叫びながら足を思い切り踏ん張って、精一杯の抵抗を示した。
しかし、ここまでして女子高生とやりたいですか?!そこまで女に困ってるのか、あんた!!
どんなに心で罵倒しても、口に出して喚いても、何も変わることはない。それっぽい場所でなきゃ買い手がつかないかと繁華街にいたのも悪かった。
後200メートルも行けばラブホ街に出ちゃう!
「さっさと歩け!!」
「やだ!!」
行ってなるものか、絶対たどり着くもんか!
醜くも切実な攻防戦。終わりのない平行線。大丈夫、私?!
…な危機を、救ってくれたのは良く通るテノール。
「社会的地位を全て失いたくなかったら、今すぐここから消えなさい」
明らかに高級だとわかる車から、息をのむほど綺麗な顔したお兄さんが、慣れた命令口調で言い放つ。
誰だか知らないけど、救いの神だわ!天使に見えるわ!!

NOVEL  NEXT?

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