8.
 
             部屋中を満たす冷気に、醒めかけたアルコールが拍車をかけてぶるっと体を震わせた。
 
             「…寒い…」
 
             「少し我慢なさいな、エアコンつけたから」
 
             陽気な店の雰囲気をそのまま纏って、克巳があたしを引き寄せる。
 
             僅か前までイブだった夜はクリスマス本番になり、華やかなパーティーに酔っていた
 
             人々も次の目的地に消えて行った。
 
             ミオさんは勤めてるお店で、畑野さんはいかがわしい名前のついたクラブで趣味に没
 
             頭していて今夜は不在。
 
             ロマンティックな演出を考えてくれる相手もいないあたしは、常連さんがひしめく克
 
             巳の店で、甘いカクテルと親切な隣人に大層甘やかされた時間を過ごしてた。
 
             「なんか、寂しい…」
 
             鼓膜を震わせ続けた音楽も、楽しいおしゃべりも今はない。
 
             お祭りの後ってなんだかもの悲しいじゃない?
 
             「あら、アタシ1人じゃご不満?」
 
             頭上で微笑んだ克巳は、懐深く引き寄せた体を胸にそっと押しつけた。
 
             甘い香りと、規則正しいリズム。目眩がしそうな喧噪は消えたけど、確かに残る人の
 
             温もりは、深い安堵であたしを満たしていく。
 
             「克巳がいればいいよ。みんなでいたら楽しくて嬉しくて、騒ぎ出したくなるほどハ
 
              ッピーだけど、2人でいるとしみじみ幸せを噛みしめられて、好き」
 
             より近く、融け合うほどに交わりたくて、広い背中に腕を回せば一つ質問が落ちてく
 
             る。
 
             「ねえ繭、アンタ愛は地球を救うと思う?」
 
             「…随分グローバルな質問ね」
 
             たゆとう意識を引き戻し、それでもこくりと頷けば克巳は声を立て笑うの。
 
             「そうね、偽善に取りつかれた愛でも地球は救えちゃうかもしれない。でも、人類を
 
              滅ぼすのも愛だった知ってた?」
 
             「…どうして?」
 
             愛情は生物の根源にあるモノでしょ。それがどうして人を滅ぼすって言うんだろ。
 
             時々哲学的になる、しがないバーのマスター(?)はすくい上げた髪を弄びながら続
 
             けた。
 
             「この世に生まれたたモノの使命は、それこそアメーバーから人間まで次代に命を繋
 
              ぐことなの。なのに人は遺伝子の命令より感情を優先させるのよね。ミオなんかい
 
              い例よ」
 
             「ミオさん?あの人無駄に愛が溢れてるけど、それがいけないの?」
 
             さっぱり分かんない。
 
             「だってあの子、どう足掻いても子孫を残すことはできないじゃない。男でいたくな
 
              いって生殖器をちょん切っちゃったのよ?本能より感情、愛が人類の未来を否定し
 
              た結果」
 
             皮肉に唇を歪めるのに、克巳の目は楽しそうに光ってる。
 
             つまり、アレよね。子供の存在より自分を優先したって言いたいのか。
 
             「でもそんな人間、ほんの一握りじゃない。9割方は普通に結婚して子供産むでしょ」
 
             同級生も、同僚も大抵はノーマルが当たり前で、そりゃ中には隠れなんとかって人も
 
             いるかもしれないけど、やっぱり人類滅亡は言い過ぎなきがする。
 
             納得できないって訴えるのに、克巳は自信たっぷりで。
 
             「不妊症で赤ちゃんが産めないのわかってても夫婦でいるのはなぜ?30過ぎたら沢
 
              山子供を産めないのわかってて婚期を遅らすのは?相手を好きだったり、自分を好
 
              きだったり、形は様々でもみんな愛が原因よ」
 
             こう言われると、そうなんじゃないかって思っちゃうから不思議だわ。
 
             じゃあなに、あたしの周りには破滅型の愛情をたっぷり持った人間しかいないってコ
 
             トね。畑野さんも克巳もバイだけど結婚や子供とは無縁だもん。
 
             「あたし違うから。子供産みたい」
  
             ちゃんとDNAの命令に忠実に動いてるって主張すると、そっと頬を撫でられた。
 
             「だからアタシ達は、アンタが好きなのよ。どこにでもいる普通の女のくせに、ボー
 
              ダーが曖昧なの。バイやゲイは大抵、嫌悪されるか興味本位の付き合いに留められ
 
              ちゃうのに、繭にはそれがなくていきなりお友達だもの」
 
             そう言った克巳に、不覚にも心臓が跳ねた。
 
             ついぞ見たことのない甘い表情で、整った顔が唇が触れ合うくらい近くにあったのも
 
             原因かも知れない。
 
             でも、ときめいちゃったのよ。しかも女装した彼に!
 
             …ゆゆしき問題だわ。
 
             「ほら、ね。今の繭の顔、アタシによろめいたって書いてある。そんなとこが魅力な
 
              のよ〜」
 
             「ぎゃっ!」
 
             頬をすり寄せないで!ヒゲが痛いんだってば、どんなに綺麗に化粧したって所詮男な
 
             んだもん。
 
             甘い感情を一気にすっ飛ばして、げらげらと笑い合えば、いつもの空気が戻ってくる。
 
             親友、同性で異性、近くて遠い他人の距離。
 
             「面白い子よね、男だか女だか分かんない奴と一緒にいて、混乱しないの?」
 
             笑いすぎで浮かんだ涙を抑えつつ聞かれても、あたしは首を捻るばかり。
 
             「気にしたこともなかった。克巳は克巳じゃない、どっちも綺麗だし害はないんだも
 
              の」
 
             「…繭、それは危険思想よ」
 
             急に真顔で忠告を始めようとする唇を指でせき止めると、一つため息をつく。
 
             「言わなくていい。最近自覚あるから」
 
             畑野さんに流されて、ミオさんに遊ばれて、それでも2人が大好きなあたしはいつの
 
             間にかキスの一つや二つじゃ動じなくなってるのよ。
 
             TPOを無視する行動にはついていけなくても、触れ合いは平気なんて危ない。
 
             「そのうち3人でエッチしてみたいと思うようになりそうで、怖いんだ」
 
             本気で心配してるのに、また噴き出すなんてひどいと思わない?
 
             お腹を抱える克巳をぽかぽか殴ってたら、不意にソファーに押し倒された。
 
             「いきなり複数相手にするんじゃ身が持たないわよ。先にアタシと、どう?」
 
             目が笑ってる克巳なんて、怖くない。
 
             からかわれてるのがわかるから、油断でいっぱいの唇をかすめ取って返してやるの。
 
             「結婚指輪とベビーベッドの用意はできてる?」
 
             「おっそろしいこと言わないで」
 
             コトリと胸元に落ちた頭が、克巳の降参の証拠。
 
             誰よりあたしに甘い彼は、この関係を壊す勇気がない。無論、こっちにもそんな覚悟
 
             はないのよ。
 
             大事な人、だもん。色恋ごときで失うわけにはいかないわ。
 
             「…やっぱり、克巳の言う通りだ」
 
             「なにが?」
 
             瞳だけを巡らした顔を、ぎゅっと抱きしめると愛ってさって、呟いてみる。
 
             「やっかいな感情よね。本能だけで動けたら世の中ずっと単純なのに、大事なモノが
 
              増えるたび臆病になって、子供作るより裸で抱き合うより、心を守る方が重要にな
 
              るんだもん」
 
             ああ、うまく表現できないのがもどかしい。だから、だからね、
 
             「やっぱり、愛が人類を滅ぼすんだわ」
 
             「…そうね」
 
             余計なことは言わないで、寄り添っているだけでいい。
 
             でも、これじゃ人類の繁栄は望めないんだよね。なのに満足できるのが人間で、故に
 
             破滅の道を辿るのかも知れない。
 
             いいじゃない、幸せな結末だわ。
 
             「クリスマスって、あんまりおめでたくない気がする」
 
             「正解よ」
 
             くすくす笑ってじゃれ合って、最高の時間が夜をどんどん深くする。
 
             アンハッピーメリークリスマス。
 
 
だーくへぶん  だーくのべる  
 
 
           随分くらいクリスマスだ…。                           
               よそのサイトは明るいのになぁ…。       
 
 
 
             
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送