5.
 
             「うぎゃっ!」
 
             飛び起きて、固まった。
 
             ご機嫌で誠を拉致するミオさんと畑野さんを見送って、二度寝を決め込んだまではよ
 
             かった。
 
             でも、大事なこと忘れてたのよ。今頃楽しい宴の生け贄になってるあのバカが、家に
 
             帰ってあたしの現状を報告しちゃったらどうしよう。
 
             畑野さんの会社に、彼の性癖をたれ込んだら…?
 
             復讐はいついかなる形で成されるか、わかったもんじゃないのだ。今回のことで身を
 
             もって知ったから、奴の今後の動向が心配だわっ!
 
             「怖い夢でも見たか?」
 
             冷や汗かいてる背中に、夢うつつの腕が伸びてきたのはそんな時。
 
             ご機嫌でベッドに入るあたしには、克巳の温もりは必要なかったのに、何故だか離れ
 
             がたくてくっついて寝た。
 
             みんなのおかげで、わだかまりが一つ消えたのが嬉しかったのかも知れない。
 
             浮かれた気分は1人じゃ寝付けないほど、神経を高ぶらせて抱き枕が必要だった。
 
             って、今はそれどころじゃないのよ!
 
             「待って、待って、克巳!」
 
             心地よい羽布団の温もりに、引きずり込まれまいと踏ん張って寝ぼけた顔を軽く叩く。
 
             「ああ?」
 
             不機嫌な返答と、僅かに上がった目蓋の奧が光ったのにちょいびびるけど、引けない。
 
             「誠が畑野さんの会社に余計なこと言ったら、どうしよう」
 
             「……お前ね」
 
             おろつくあたしを強引に抱き寄せると、お布団にきっちりしまい込んで克巳は小さく
 
             うなった。
 
             「連中は繭ほどバカじゃないんだよ。証拠写真の一つも押さえて、足りなけりゃビデ
 
              オで画像まで押さえて、自分に火の粉がかからねえようにするさ」
 
             「…あ、そうか」
 
             忘れてたよ、畑野さんその手のことはプロじゃない。デジカメも、ビデオも準備万端。
 
             何撮るのかはあえて言わないけど、脅迫にはもってこいね。
 
             「むかつくからその名前、二度と出すんじゃねえよ」
 
             眉間に深い皺を刻んだ顔は、秀麗な分凶悪な恐ろしさ。
 
             誠のこと、だよね?対峙してる時は結構平気そうだったのに、今更?
 
             「充分な制裁受けてそうだから、いいじゃない。きっと死ぬほど反省してるって」
 
             「…おめでたいな」
 
             最後にチラリと感じた同情を滲ませた返事は、克巳のお気に召さなかったようだ。
 
             閉じられていたはずの目が、不穏な影を宿してあたしを睨みつけている。
 
             「自己完結バリバリの男だったんだぞ?ミオに何言われても、畑野に切り捨てられて
 
              も、お前は自分と帰るって少しも疑わないような奴に、反省なんて言葉理解できる
 
              かよ」
 
             的は射てるんだけどさ、でも、
 
             「あの2人のお仕置きって怖そうじゃない。いくら誠でも、泣いてるような気がする
 
              のよ」
 
             「…名前出すなって言ったろ」
 
             焦って弁護してた唇を、ふにゃりと柔らかなモノが塞ぐ。
 
             マウスツーマウス、人工呼吸じゃなくて、一般的にはキス。
 
             気持ちいいとか悪いとか、それよりも先に立つ疑問は、見開かれたあたしの瞳が語っ
 
             てる。
 
             克巳、だよ?『繭にだけは食指が動かない』って豪語しちゃってる人がだよ?
 
             どうしてキス?
 
             「んーっ!」
 
             両腕を突っ張っても、硬い抱擁が解けることはなく、叫ぼうにも口を開くのはまずい
 
             気がする。
 
             だって、舌が…進入路を見つけようと何度も唇を撫でるんだもん。
 
             引き結んだ合わせ目をノックして、執拗に行き来するの。
 
             「…どうしたの?」
 
             開かない扉に根負けして、克巳が枕に頭を戻したのを確認すると訝しげに質問してみ
 
             た。
 
             「口封じと、実験」
 
             怠げに呟いて、瞳を閉じる。
 
             「…実験?」
 
             それは、もしや?
 
             「初恋の相手が救いようのない男だってわかりゃあ、この手のことに関して抵抗が薄
 
              らいでるかと思ったんだよ」
 
             やっぱり。でもさ、さっきの今で何が変わるって言うのよ。だいたい相手が克巳な時
 
             点で、意味のない行動に思えるわよ。
 
             態度投げやりだし、相変わらず色事やってる雰囲気じゃないしね。
 
             「昨夜畑野さんのコト怒ってたくせに、同じコトしてる」
 
             理由がわかればいつものじゃれ合いで、和らいだ緊張にくすくす笑うと、開いた距離
 
             を縮めて克巳の腕枕に頭を戻す。
 
             「酔っぱらいの乱行と一緒にすんな」
 
             「同じよ。2人ともあたしの性癖直そうと協力してくれてたんだもん。克巳の実験と
 
              何が違うの」
 
             ふてくされた声がおかしくて、からかいを口にしたら頬を力任せにつねられた。
 
             「俺は素面だ。それにお前の心配は、連中より年季が入ってるぞ」
 
             「いひゃい、はなひて」
 
             引き上げられた肉のせいで、まともに喋れないじゃない。
 
             やり返そうと伸ばした指は当然封じられて、ニヤリと笑った克巳に深い口づけの反撃
 
             を喰らう。
 
             まだ諦めてなかったか…ちょっと、ちょっと、落ち着いて!イヤだって、舌絡めない
 
             でよ!
 
             ゆるゆると侵入した克巳は、強引な口調とは正反対の穏やかなリズムで、口内を探索
 
             した。意識が飛ぶような激しさも、身を焦がすような情熱もないけれど、眠りを誘う
 
             柔らかな触れ合いは脳をゆっくり溶かしていく。
 
             流される…?違う、浮き上がる。
 
             いつの間にか頬を離れた指が髪に差し込まれ、そっと梳かれるたびに背筋を走るむず
 
             がゆさに身もだえた。
 
             気持ちいい…でも気持ち悪い…。
 
             キスに侵された脳が一つ理性を失うたびに、体は胃を押し上げて拒絶を示す。
 
             相反する反応は、次第にあたしから感情を消していった。
 
             このままじゃ…吐く…。
 
             「…限界か?」
 
             腕の中で凍り付く体に気づいて、克巳が唇を離して微笑むのを、ホッと見上げるとあ
 
             やすように背を手のひらが行き来した。
 
             「ま、急には直んねえだろうな」
 
             わかっててやらないでよ。
 
             「楽しんでるんじゃないでしょうね?」
 
             涙目で睨むと、多少は、とありがたくないお返事。
 
             畑野さんの性癖が乗り移ったの?ったく、つるむのも考え物なんだから。
 
             「もう少し寝かせろよ。店あんだからさ」
 
             言われて目覚ましを覗き込めば、まだお昼過ぎで、確かに克巳の起床時間には早い。
 
             寝付きのいい奴らしく、既に半分夢の中の腕へ戻るとぬくぬくと惰眠を貪るため体を
 
             落ち着かせる。
 
             深いキスを交わしても、変わらない関係はなんと安心感に満ちていることか。
 
             不安定な男女の仲より余程、あたしに向いているのかも知れない。
 
             静かで暖かな休日の、実に有意義な過ごし方。
 
             「繭ーっ!!」
 
             闖入者に飛びかかられるまではね。
 
             「ぎゃんっ!!」
 
             踏まれた猫のごとき悲鳴を上げて、背中に張り付いたミオさんに潰れていると、誇ら
 
             しげにデジカメを掲げた畑野さんと目があった。
 
             「バッチリ取れてるぞ、逆強姦」
 
             ……なーんて嬉しげな表情でしょ。どんな悪さしてきたんだか。
 
             「あの子達、まだ足りないって乗っかってるから、帰って来ちゃったわ」
 
             ミオさんっ!耳、舐めないでー!
 
             「自分の部屋へ帰れ」
 
             ぷるぷる震えてるあたしの上から、おっきな荷物を蹴り落とした克巳は、不機嫌その
 
             ものの表情で2人を睨め付けた。
 
             「そんなことしたら、克巳が繭に悪さするじゃないのっ」
 
             めげずに伸ばした腕であたしを抱きしめると、ミオさんはべっと舌を出し、畑野さん
 
             と頷き合う。
 
             「自分と一緒にすんじゃねえよ。俺がこいつになにするってんだ」
 
             いいながらあたしを取り戻すのやめて。あっちに引きずられこっちに倒され、すっか
 
             り目が覚めちゃったじゃないのよ。
 
             「よさんか、繭が目を回してる」
 
             だーかーらー、おもちゃの取り合いじゃないってのっ!
 
             決して軽くはないあたしを、ひょいっと抱え上げた畑野さんが呆れ顔でドアに向かう
 
             のを、鬼の形相の2人がキックで止めた。
 
             「うわっ!」
 
             「いたいっ!!」
 
             倒れ込んだ畑野さんもろとも床に激突して、膝をぶつけるって、扱い雑っ!
 
             「あーもう、めんどくせえ。一緒に寝ろ」
 
             乱暴にベッドへ獲物を引っ張り込むと、克巳はふて寝。
 
             「わーいっ!おいで繭」
 
             回された克巳の腕ごと、ミオさんは背後からあたしをロック。
 
             「呆れたな…」
 
             でもちゃっかり克巳の横へ潜り込むんだね、畑野さん。
 
             クイーンサイズのベッドでも、大人4人は暑苦しいんじゃないかしら…。
 
 
 
だーくへぶん  だーくのべる  
 
 
           これからは、1人ずつフューチャーして繭と絡ませるかな。             
               次は畑野?…2人きりになって大丈夫か…?   
 
 
 
             
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