4.
 
             よくよく見たら、笑える光景じゃないかと思うのよ。
 
             寝起きで化粧は落ちかけ、髪はぼさぼさのあたしは何故だか克巳の膝に抱え上げられ
 
             てる。
 
             ミオさんはそれが不満で横に張り付いてぶつぶつ言ってるし、畑野さんはキッチンで
 
             落としたコーヒーを各人の前に配ってた。
 
             個人的には見慣れた光景なんだけど、テーブルを挟んで座った誠が呆然としてるのは
 
             当たり前よね。
 
             少なくともあたしの体勢は、人と話す時にはあり得ないじゃない。
 
             26にもなって子供じゃないんだからさ。
 
             「克巳、降ろして」
 
             しっかり抱え込まれてるから、自分の意志で動くことができない。
 
             抗議の声を上げても、力が緩むことは一向になかった。
 
             「そうよー、克巳ちゃん昼真っから男女がぴったりくっつくのはよくないわよ。いら
 
              っしゃい、繭」
 
             答えない克巳にミオさんが両手を広げるけど、それも違うような…。相手が代わるだ
 
             けであたしの現状がかわんないんだから。
 
             「お前達、他人と接する時の常識が欠如してるんじゃないか?」
 
             「「黙れ変態」」
 
             至極もっともな突っ込みを入れた畑野さんが、返り討ちに遭ってるよぅ。
 
             自分達に人のことを言える資格がないって、どうして気づかないの。
 
             「繭、そいつら誰だよ」
 
             「保護者」
 
             「恋人よー」
 
             「友人だ」
 
             吐き捨てるような誠に問いに、三者三様の答えを返すけどミオさん以外、声に険があ
 
             る。しかも合ってるのは畑野さんだけだし。
 
             「あんたには関わりのない人達、が正解よ」
 
             仕方なくフォローを入れてやるけど、目つきが凶悪なのはご愛敬ってね。
 
             あたしの大事な人達を、そいつら呼ばわりする資格がこいつにあると思ってんのかし
 
             ら。
 
             「どう見ても、まともな人間には見えじゃないか。帰ってこないのはいかがわしい仕
 
              事でもしてるせいなのか?」
 
             これ見よがしに三人に視線を這わせて、言いやがるか貴様!
 
             確かにみんな平凡の枠には入りきらない人よ、世間一般では市民権を得たのは最近か
 
             も知れないわ、でも出来損ないにまともじゃないって言われる覚えはないんだから!
 
             それにいかがわしい仕事って何?!あたしが帰らないのはひとえに目の前のバカ男が
 
             元凶じゃない。
 
             無意識に伸ばした手が、湯気を立ち上らせるコーヒーにかかり次の行動は一つしかな
 
             い。火傷してしまえ!
 
             「俺の美味いコーヒーを無駄にするな」
 
             腕を取って力ずくで止める畑野さんを睨みつけると、ミオさんがそっと髪をすいてく
 
             れた。
 
             「落ち着いて、繭のことよく知らない人間に何を言われても怒っちゃダメよ」
 
             「…あたしのことはいいの!許せないのはみんなとことひどく言うから」
 
             「そんなら余計に怒んなよ」
 
             克巳の腕が、宥める強さで体を締め付ける。
 
             ああ、わかった。膝の上に乗せられたのも、守るようにミオさんと畑野さんが横を固
 
             めているのも、感情的になるのが分かり切ってるあたしを止めるためだったんだ。
 
             読まれてるな、行動。嬉しいじゃない。
 
             「怒るのは図星だからか」
 
             嫌悪に顔を歪ませた誠は、相変わらず殴りつけたい衝動と戦うのが大変なむかつく野
 
             郎だけど、みんなの好意を無駄にしちゃいけない。
 
             落ち着きたかないけど、落ち着いて。
 
             「仕事は会社で総務をやってる。帰らないのは全然別の理由よ。それと、今後一言で
 
              もみんなを悪く言ったら叩き出すから!」
 
             視線で人が殺せるなら、今頃誠は焼死体になってるでしょうね。
 
             あたしの怒りにやっと気づいたのか、多少なりともたじろぐ様子を見せたバカに、畑
 
             野さんが脱ぎ捨てたジャケットから名刺を取り出して渡す。
 
             「俺たちの素性が気になるようだからな」
 
             その手があったじゃない!
 
             訝しげに紙片を手に取った誠は、会社名に絶句して固まった。観察してる畑野さんの
 
             顔は正にサド全開。いじめるの、楽しいのね。うん、あたしも楽しい!
 
             彼の会社は誰でも知ってる大企業で、肩書きは確か…なんとか部長。そう、アブノー
 
             マルでもエリートなのよ!…アブノーマルだからエリートなのか?
 
             「ところで、あなたは一体何をしにいらしたのかしら?」
 
             僅かでも誠の鼻をあかせて機嫌がよくなったところで、ミオさんの甘ーい声がした。
 
             なんでしょ、妙に作ってるというか…元々そんな喋りではあるんだけど、ちょい違う?
 
             「…繭が帰ってこないっておばさんが心配してるから、もしかして俺のせいじゃない
 
              かと心配になったんだ」
 
             バツが悪そうに視線を外した男に、ミオさんが微笑むのが見えた。
 
             「あら、今更?」
 
             言外に遅いんだよ、と聞こえたのは幻聴?
 
             猫なで声に反応した誠は、あたしに視線を据えるとやっぱりとかなんとか呟いてる。
 
             なんだ、そうバカでもなかったの。己の行動が幼なじみに与えた影響については思い
 
             当たってたんだ。
 
             「悪かったよ。お前が俺のこと好きだってわかってたのに、五月と付き合ったりして。
 
              でも、恋愛なんて言った者勝ちなところあるだろ?五月可愛かったし、その、いき
 
              なり迫られたら男としてつい、断れなくて。でも、卒業してすぐ別れたんだ。あい
 
              つと顔合わせる心配はないから帰って来いよ」
 
             …はい、今の独白にあたしの神経を逆撫でした部分が多数あります。それはどこでし
 
             ょう?
 
             1、人の気持ちに気づいてた
 
             2、好きだと言えば(やらせてくれれば)誰でもよかった
 
             3、五月だけが悪者
 
             4、誠の顔を見るのがイヤだと言う点に気づいてない
 
             5、結局自己弁護しかしていない
 
             正解は上記全てです。口を利くのもイヤになってきちゃったわ。この男が好きだった
 
             なんて、若気の至りでもあんまりよ!
 
             くらくらと目を回す寸前だってのに、だめ押しの一発まで入れるんだから恐れ入る。
 
             「まだ俺のこと吹っ切れないから、帰りづらいか?」
 
             さも心配してますと言いたげなその顔、どうにかならない?あたしがあんたをまだ好
 
             きだと本気で思ってるなら、豆腐の角に頭ぶつけて昇天してくんないかな。
 
             「繭のこの状態を見て、貴様を思っているように見えるか?」
 
             畑野さんが指したのは、克巳の膝の上で頭を抱えてるあたし。
 
             そーねー、普通なら好きな男の前でこれはないわよね。女装してない克巳は完璧男だ
 
             から、ラブラブカップルに見えなかないもんね。
 
             「そっちが勝手にやってるんだろ?最初は嫌がってたじゃないか」
 
             得意げに言いなさんな。意味合いも全く違うし。
 
             「お客様がいるから遠慮しただけでしょ。畑野なんて昨夜繭に濃厚なキスしてたもの」
 
             ミオさん!何をサラッとっ!ついでにあたしもしたかったのにぃって、付け加えない!
 
             「…畑野?あんたが畑野?」
 
             名刺に視線を落とした誠が、目を白黒させるのも無理はないわ。
 
             だって、キスした人間とは違う男の膝に、あたし乗ってるんだもの。
 
             「どういうコトなんだよ!」
 
             今度は怒り出しちゃったわよ、理由が分かんないけど。
 
             「繭はあんたと付き合ってるのか?だとしたら、そいつはなんだ!キ、キスしたって
 
              どうして他の女が見てるんだよ!」
 
             全員を代わる代わる見てまくし立てて、どうしようって言うの。
 
             あたしだっておかしな関係だとは思うけど、本人に不満がないんだからいいじゃない。
 
             他人に口出しされるいわれはないわよ。
 
             「貴様に説明する必要があるとは思えんな」
 
             一刀両断、畑野さんのセリフに無駄はない。
 
             「自分の恋人でもないのに、気にすることないわよぅ」
 
             けたけた笑って、柔らかに言うけれど、辛辣。関係ないだろ、と。
 
             「関係はある!大事な幼なじみが弄ばれてるのに、黙ってられるか!」
 
             へー、大事、ね。鳥肌立ったじゃない、気持ち悪いな、もう。
 
             「…これでケリがついたと思わねーか?」
 
             黙って成り行きを見守ってた克巳が、耳元で囁いた。
 
             「ケリ…?」
 
             「そうだよ。8年前、きっちりつけなかったケリだ」
 
             そんなもの、とっくについてると言おうとして、いつにない真剣な表情に黙り込む。
 
             「裏切られたと感じた時点で、あいつと話せば幻滅できたんだよ。逃げたから気持ち
 
              だけ置いてけぼりになってた。これで例のアレが治るとは思えねぇが、実家に帰っ
 
              ても大丈夫な程度にはなったろ?」
 
             実家に帰る…確かに誠に会うのがイヤで思い切れなかったけど…そうね、今のこいつ
 
             なら会っても困ることは全くない。
 
             五月に再会は怖いけど、これも…?
 
             問いかける視線を投げれば、克巳が微笑む。
 
             「あ?」
 
             「相手の気持ちを知れば、踏ん切りがつくってこと?」
 
             できずにいたから、トラウマになってたの?
 
             「簡単にはいかねぇだろうな。だが、勝手な想像で自分を追いつめることはなくなん
 
              だろ。誰でも裏切られれば考えんだよ、自分に悪いところがあったんじゃねぇか、
 
              知らずに傷つけた相手に、復讐でもされてんじゃねぇかってな」
 
             …うん、しばらくはそんなこと思ってた。五月に何かしちゃったのかな、誠にはホン
 
             トは嫌われてたのかなって。
 
             圧倒的な怒りの後で、冷静になってみると己を振り返る。原因が思い当たらなければ
 
             無意識に自分がしでかしたことが引き金になってるんじゃないかって。
 
             でも、一度傷ついた後は怖くって、確かめる勇気は持てなかった。今日だってみんな
 
             がいてくれなきゃ、誠を追い返すことしか考えなかったもの。
 
             「そっか…だから克巳は、あいつを部屋に入れたんだね」
 
             ミオさんと畑野さんはわかってたから止めなかったのか。
 
             何度も聞かせたもの、臆病なあたしに気づいて後押ししてくれたんだ。
 
             「ありがと…克巳。ミオさんも、畑野さんも」
 
             囲むように近づいてた二人が、頭やら背中やら撫でてくれる。
 
             ホントにもう、みんなあたしに甘過ぎなんだから!
 
             「こそこそ何話してるんだ!繭から離れろよ」
 
             …場の空気を読めないバカがいたことを、綺麗さっぱり忘れてた。
 
             仁王立ちするのは結構だけど、このメンバー相手にケンカでも売るつもり?勝てると
 
             思ってるなら相当脳味噌が足りないんじゃないの?
 
             「もうあなたに用はないから、帰ったら?」
 
             ミオさんの用済み宣言に、怒り沸騰の誠はわなわな震えてる。
 
             「俺は繭を連れて帰るって、おばさんに約束したんだ!」
 
             「必要ない。繭にその気があるなら俺たちが同行する」
 
             そうね、あたしもその方がいいわ。こいつの顔見るのは平気になったけど、一緒に長
 
             旅するのは生理的嫌悪を感じるからごめんこうむる。
 
             「お前達みたいなおかしな連中と、こいつを関わらせたくないんだよ!ほら、帰ろう
 
              繭」
 
             こいつは…こいつは!!
 
             「耳、ついてないの?みんなを悪く言ったら叩き出すって言ったでしょ!!」
 
             蹴りの一つもくれてやろうと立ち上がるのを、今度は誰も止めなかった。
 
             「畑野、縛り上げてくれない?」
 
             怒りを含んだミオさんの声に、周囲を見回す気配がする。
 
             「ちょっと待て、手近に道具がない」
 
             「押さえつけるだけでよきゃ、俺がやるぞ」
 
             間延びした克巳の声に妖艶な唇がつり上がり、手には何故か携帯が…。
 
             「だめよ。後輩に下げ渡すんだから」
 
             「ミ、ミオさん?それって…」
 
             想像がつくだけに、怯えた視線を送れば実に爽やかな笑顔が返る。
 
             「機会があったら、是非実行しようと思ってたのよ。よかったわー畑野がいて」
 
             あの、後輩ってニューハーフのお姉様方よね?もしかして、もしかして…。
 
             「繭と同じ目に会ってもらわなくっちゃ。あの子達なら喜んで相手してくれるわよ」
 
             うーわー!やっぱり?
 
             「長さが足りんが、仕方ないな…」
 
             いつの間にやら腰ひもを数本持った畑野さんが、成り行きについて行けない誠の背後
 
             に回り込んでいる。
 
             どっから出たの?ま、まさか…。
 
             「俺の。和服じゃ必需品だからな」
 
             止めないの?克巳はこういう時ストッパーになるんじゃなかった?
 
             楽しそうに誠を縛り上げる畑野さんを眺めて、克巳はあたしの肩を抱いた。
 
             「ミオが本気じゃ誰にも止められねぇよ。8年越しの復讐がかなってよかったな」
 
             復讐しようなんて思ってなかったんだけど…。
 
             本領発揮で鼻歌でも歌っちゃいそうな畑野さんや、陽気に後輩と電話してるミオさん
 
             をみてたら、情けない悲鳴を上げる幼なじみに多少の同情を感じたのは真実。
 
             それでも止めなかったのは、あたしにも懲らしめたい気持ちがあったのか、みんなに
 
             毒されて善悪の区別がつかなくなっちゃたのか、定かでない。
 
 
 
だーくへぶん  だーくのべる  
 
 
                     途中までは少しまともな話だったんだけどな、闇だし(笑)。
                     一番怖い人物は、ミオかも知れない。
 
 
 
             
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