2.
 
             「ちょっと、飲んでる?!」
 
             店がはねて、なだれ込んだのは克巳と共有しているマンションのリビングだった。
 
             ザルの克巳以外はいい具合に出来上がってるんだけど、もちろん一番いっちゃってる
 
             のは私。優しい聞き手をいいことに、何度聞かせたかわからない昔年のコンプレック
 
             スをリピートしてるのだ。
 
             「お前の見る目がなかっただけだ。だがそれは経験がカバーする。いい加減忘れろ」
 
             慰めながらグラスをこっそり入れ替えたの、見てたわよ。
 
             睨みつけながら畑野さんから取り返したウイスキーを、勢いよく開けようとしてミオ
 
             さんに止められる。
 
             「飲み過ぎ。ここにいい男もいい女も揃ってるじゃないの。悲観することないわ」
 
             にっこり笑うけどね、アブノーマル集団じゃ恋愛対象にはならないのよ。
 
             あ、でも友人としては最高の人達かぁ…。
 
             「ミオさーん、キスしても気持ち悪くならない方法ってないの?」
 
             しなだれかかった体を支えたの腕の柔らかさに気を抜くと、そっと唇に温もりが触れ
 
             た。
 
             「これは大丈夫なのね」
 
             至近距離の美顔は、挨拶のキスをくれた唇を指先でなぞり首を傾げる。
 
             「舌を絡めるのがダメなの?」
 
             「あー、粘液ぐちゃぐちゃって奴ね。それよりセックスは汚いと思うことの方が問題
 
              な気がする」
 
             垣間見たアレは、決して綺麗なモノじゃなかった。
 
             絡み合った連中に持った嫌悪が悪かったのか、いきなり生本番が悪かったのかは定か
 
             じゃないけど、誰だって生ゴミの中に手を突っ込みたいとは、ましてや体ごと飛び込
 
             もうとはしないじゃない?
 
             私にとってのセックスはそんなイメージなのよね。
 
             「思考を奪うほどには夢中になれないのも問題か。それならいきなり始めればどう
 
              だ?」
 
             力の抜けた体を素早い動きで抱き取って、床に縫い止めた畑野さんの顔が近づく。
 
             アルコールで鈍った脳が、次にされることを想像するより早く、唇は塞がれ、荒々し
 
             い舌に侵略された。
 
             ぬるぬる…?舌が絡む?乱暴に動き回るのに、どこか気遣う優しさを感じさせるこれ
 
             は…今までの誰よりダメじゃないかも。
 
             でも、次は?この後に続く触れ合いは…やっぱり吐くかも。
 
             「何やってんだ、酔っぱらい」
 
             嘔吐感に苛まれる一歩手前で、覆い被さった重さが消えた。
 
             畑野さんを吊り上げた克巳は、濡れた頭にタオルを引っかけてこっちを睨み降ろして
 
             いる。
 
             男に戻ってる。そっか、着替えるついでにシャワーしたのか。
 
             「あら、克巳ちゃん。これからあたしも混ざろうと思ったのに、止めちゃダメでしょ?」
 
             「素面の時にやれ。酔っぱらいの濡れ場なんぞ勢いだけで、味も素っ気もねぇじゃね
 
              えか」
 
             甘え声のミオさんを一刀両断する口の悪さは、克巳の変身が解けた証拠だ。
 
             女装してる時もきついことは言うんだけど、女言葉で包まれてるせいかここまでひど
 
             くはないのよね。
 
             元は同じだし、馴れればどうってコトはないんだけど、やっぱり怖い。
 
             「お前も、そんなにやりたきゃ俺がしてやろうか?」
 
             じろりと送られる視線は、欠片の艶も含んではいない。
 
             むしろ逆、殺気が死ぬほど籠もってるのよぉ『ふざけんなバカ女』て目が言ってる!
 
             「ごめんってば、そんな怒んないで。他の人が普通にできることなのにって思ったら、
 
              経験者の意見を聞くのも手じゃないかとね、考えたわけ」
 
             だるい体を起こして座り直しながら、ミオさんとねーってやったら殴られた。
 
             「アレは話を聞いてんじゃなくて、実体験してるつーんだよ。ミオだけならともかく、
 
              畑野までなにやってんだ」
 
             乱暴に床に放り出された畑野さんは、潰れてた。
 
             この人、いきなり寝るんだよね。直前まで話してるくせにぱたりと倒れたら、叩いて
 
             も揺さぶっても起きやしない。
 
             キスの途中で寝たって線が濃厚ね。
 
             「あらあら、眠っちゃったのね。繭、毛布借りるわよ」
 
             気の利くミオさんは、畑野さんの顔からメガネを取り上げると奧の私の部屋に消えて
 
             行った。
 
             勝手知ったるなんとやら。ことあるごとにこの部屋で飲んだくれるものだから、どこ
 
             に何があるかお見通しなんだよね。
 
             私も克巳や畑野さんには許さない、自室への出入りをミオさんには許してるし、遠慮
 
             なんかないの。
 
             「繭」
 
             弾むように歩く背中を見送ってたら、テーブルの向こうから克巳が手招きをしてる。
 
             来い、ね。酔っぱらいを歩かせようとはいい度胸じゃない。用があるならそっちが移
 
             動すればいいのに。
 
             それでもさっき怒られたのが尾を引いて、逆らえないから這うように克巳の側に行く。
 
             あと少しで到達する辺りで、腕をとられて膝に乗せられた。
 
             「いい加減学習しろよ。あいつらは繭を気に入ってるんだから、誘いをかけたらお前
 
              が吐いてもやめねーぞ」
 
             呆れた声で諭すのに、背中に回された腕は宥める優しさでからみついている。
 
             「だって、悲しかったんだもん。二人は慰めてくれるから」
 
             「いつものことだろ。失恋すんのも、連中がよってたかって繭を甘やかすのも。慰め
 
              るだけでよけりゃ、いくらでも俺が抱いててやるよ」
 
             それは一種儀式のような、暗黙の約束。
 
             胸が痛い夜は、克巳が抱きしめて眠ってくれる。
 
             失恋して、あの日を思い出して、リビングで一人無茶な飲み方をしていた私を宥めて
 
             くれた日から続く、克巳流の癒し方だ。
 
             素肌で触れ合うことはできないけれど、人肌が恋しい。親友にも好きだった人にも、
 
             取るに足らぬ存在だと言われた私を、必要だと抱いてほしい。
 
             「一番甘やかしてるのは、克巳じゃない」
 
             クスリと笑って、頬を寄せた胸の緩やかな鼓動を子守歌に、私はぐっすり眠るのだ。
 
             大丈夫、私は私で大丈夫。
 
             「あー、克巳ってばまた繭を独り占めしてる!もう、抱っこならあたしがしたげるか
 
              ら、こっちにおいで」
 
             分厚い毛布を放り出して、ミオさんが伸ばす腕を克巳は鼻で笑った。
 
             「お前じゃ無理だ。繭を慰めるのは俺の仕事だからな」
 
             「そんなことないわよ!こんな時は女の子同士の方がいいんだから」
 
             憤慨したミオさんの腕が、克巳ごと私を抱きしめる。
 
             その力強さに、温かさに、自然と胸が温まるのだ。
 
             「ミオさんも、克巳も、畑野さんも、みーんな大好き」
 
             一度は全て失ったのに、私はまた、大事な人を見つけることができたのよね。
 
             微睡みに意識を手放しながら、幸せで涙が落ちた。
 
 
 
 だーくへぶん  だーくのべる  
 
 
           危ない関係だなぁ…。世の中白黒だけじゃなくていいじゃないか!          
               いろんな形があっていいのよ。         
 
 
 
             
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