10.
最近調子でないなぁ
…
。
寒風吹きすさぶ中、マンションのエントランスに帰り着いて考える。原因はやっぱり
克巳のベッドで眠らなくなったことに違いない。
1週間前のあの日、彼を帰した克巳はホントに部屋の鍵を替えちゃった。そんで、翌
日にはなんでもない顔で『もう別れたから、気にすんな』って笑ったの。
…
でも、気にするでしょ?あたしが原因なのに、自分の部屋で寝てたら起こらなかっ
た出来事なのに。
体験したことがあるから、余計に後味が悪いんだよね。好きな人のベッドに違う相手
がいるのは決して許せるものじゃない。誤解だけど、ちゃんと説明せずに追い出しち
ゃったんだもん、彼の中ではいつまでも傷として残るんだ。
今までだってあたし同じことしてたと、気づいてみれば自己嫌悪の嵐。
克巳には慰めでも、あたしには安らぎでも、恋人にしてみたら許せない。
だからなのかな、傍にいるのがはばかられて店にも行かなくなった。家で顔合わせて
もすぐに自分の部屋に引きこもるようになった。
ミオさんや畑野さんが心配して訊ねてくれても、克巳がいると落ち着けない。
不安を抱えても癒してくれる人はいないから、安らげるはずの家で疲労する。
悪循環だわ
…
今日辺り、ミオさんの家に泊まりに行っちゃおうかな。身の危険はある
けれど、彼女ならつけ込んだりはしないもの。ばかねって、慰めてくれるもの。
周りが灰色に見えちゃう視界でエレベーターを降りたから、すぐにはその存在に気づ
けなかった。
「あんたさえ
…
」
低い声に顔を上げて、近すぎる影に一瞬声を失って、後の祭りって奴よ。
「えっ
…
?」
ぶつかってきたのはさほど身長の変わらない細身の男。
続く、熱。
「あんたさえいなければ、克巳君は僕だけを見てくれたのに!」
狂気じみた叫びに意識を向けることができなかった。それよりも奇妙な存在をお腹に
見つけちゃったから。
赤い柄の、ナイフ。どれほどの刃渡りがあったのか確認することは不可能。
つまり全部埋まってるの、洋服越しにめり込むように。
ジワリと深紅のシミを広げていく様に、目眩を覚えて膝を折った。
痛い?それより熱い。刺されちゃったんだよね、このままだと、死ぬ?
「あ
…
」
走り去る背中は遠くにエレベーターの音を響かせるから、助けは呼んでくれないか。
ジンジンと増してくる熱も、ゆっくり戻ってくる痛感も、変に冷めた頭で理解しなが
らあたしは携帯をバッグから引っ張り出した。
えーと、110番か?もう一個なんだっけ、救急車呼ぶのは
…
ああ、思い出せない。
鼓膜を震わせる鼓動がうるさくて、集中できないよ。
小さなボタンを探る指が、徐々に冷えて震えまで伴うことにいきなり焦りが襲って来
る。
急がないと、危険、きっと。
『はーい?どうしたの、繭』
履歴を頼りに発信した先は克巳だったのね。ミオさんだと思ってたのに、タイミング
が悪いわ
…
。
だからってかけ直す気力はもう無くて、視界も薄布を通したように霞んできている。
「た
…
け
…
」
声を出してみて驚いた。頼りなく震えて、全く言葉になっていないじゃない。腹筋が
使えないせいなのか、恐怖に体が萎縮してしまっているのか判然としないけど、状況
だけは伝えなきゃ。
『繭?どうしたの、何かあった?』
様子がおかしいことを察したのか、幾分緊迫してきた克巳に寒さで鳴る歯を宥めなが
ら、ゆっくり言葉を紡いでいく。
「さ、された
…
の。
…
マン
…
ションに
…
いる
…
たすけ・て
…
」
『
…
っ!!刺された?!マンションて家か?!』
途切れはじめた音声で彼が走り出したことを知り、男のものに戻っている言葉遣いで
焦りを感じた。
よかった
…
これで誰にも気づかれず死んじゃうって可能性だけは消えたわね
…
。
『救急車は呼んだのか?!』
「ま・だ
…
」
『わかった、いったん切るぞ。消防に連絡したらまたかけるから』
安堵で一気に体の力がぬけたけど、どうにか終了ボタンは押せたようだ。
小さな電子音を確認して、手から滑り落ちた携帯を拾うこともできず、ただ増してい
く痛みに意識を繋いでいたあたしは、すぐになり出した着メロを最後に現実からドロ
ップした。
だーくへぶん
だーくのべる
次
……………。
ノーコメント。
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