1.
 
             忘れられない光景がある。
 
             部屋の窓から見える隣家で、半裸で抱き合っていた幼なじみと親友。
 
             長い付き合いだもの、カーテンを開けていればこちらに見えることなど先刻承知でそ
 
             うしたんでしょうね。
 
             10年越しの片思いを語る私に笑顔をくれた親友は、もういない。
 
             無神経に関係を見せつける幼なじみとの縁も、それきり切ってしまった。
 
             残ったのは男女の関係に嫌悪しかだけなくなったもろい精神だけ。
 
             二人を避けて過ごした半年の高校生活を終え、逃げるように都会に出た私はもう8年
 
             故郷に帰っていなかった。
 
 
             
             「おめでとう!!」
 
             通い慣れた店のカウンターで、舌にしびれを残す日本酒をすすりながら盛大な祝いの
 
             言葉に眉をしかめる。
 
             失恋は祝ってもらうものじゃないでしょう?
 
             カウンター越しにこちらを見つめている美女が、楽しそうに叫ぶものだから注目の的
 
             になったじゃないの。
 
             「あら繭、またダメだったの?」
 
             いつの間にかにじり寄ってきたこちらも美女が、低い声で笑ってる。
 
             「おいおい、何人目なんだ?」
 
             銀縁メガネにスーツのエリート然としたいい男は、右隣から自分のグラスを持って席
 
             をひとつ移ってきた。
 
             「人の不幸がそんなに楽しい?」
 
             力の限り睨みつけてやったのに、返事はユニゾンで返ってくるのよね。
 
             「「「楽しい」」」
 
             ですって。脱力するわ…。
 
             日本最大級の繁華街に、店主一人で切り回している小さなお店がある。
 
             集う人の年齢は様々だけど、異様に綺麗どころが揃ってる店内は、一種統一性のある
 
             人種で構成されていた。
 
             性癖が世間様の枠にはまらない人達、所謂ゲイ、バイセクシャル。
 
             カウンターの中のマスターは女装癖のあるバイセクシャル、左隣はニューハーフ、右
 
             隣はバイでサド。
 
             「いい加減諦めて百合にでもなっちゃえばどうなの?」
 
             上品にころころ笑う全身改造済みのミオさんは、そこらの女じゃ裸足で逃げ出すほど
 
             に美しい。
 
             ウン千万をかけた肉体で手玉に取った男は数知れずの恋愛の大ベテランなんだけど、
 
             ことあるごとに私をレズビアンの道に引き込もうとするのは頂けない。
 
             「俺でよければいくらでも相手をするぞ。本命はマスターだが、繭なら妥協してもい
 
              い」
 
             狡猾そうな表情がそのまま本人の人格を表している、外見と性格の見事に一致した畑
 
             野さんはマスター狙いで来店してたくせに、暇つぶしに私にちょっかいかけるのも忘
 
             れない。
 
             この男の美しい顔に騙されて頷くと、今晩体に縄を巻き付けて藻掻き苦しむことにな
 
             る。
 
             「よかったわねー、次の相手には事欠かないわよ」
 
             そして、一番タチの悪い人物が女装癖のあるマスター北原克巳である。
 
             自己の解放だか、自我の確立だか知らないけれど、店に立っていない時はホスト張り
 
             のいい男のくせに、女より綺麗になる女装がやめられないやっかいな人。
 
             もっと手に負えないのは、そのつかみ所のない性格だろう。
 
             『いい子はみんな好き』と豪語するだけあって、無節操に恋人が入れ替わる。
 
             40過ぎのナイスミドルだったり、10代の女の子だったり(犯罪だろ!)、同じ年
 
             頃の男だったり、知りうる限り両手の指じゃ足りないほどの彼氏彼女を見てきた。
 
             去る者追わず来るもの拒まずで、短いサイクルで入れ替わる男女は思い入れがないの
 
             か、諦めがいいのか辛い恋愛がひとつもない。
 
             いつだって微笑んで、さらりと相手を代えるのだ。
 
             「克巳じゃあるまいし、無節操に誰でもいいわけじゃないの」
 
             酒の肴にされる悔しさに、グラスをあおって言い切ると、克巳は少女のごとく頬を膨
 
             らませた。
 
             やめてよね、女より女らしい仕草するの。似合ってるだけにむかつくんだから!
 
             「ボーダーレスと言って頂戴。アタシだって誰でもいいわけじゃないわ。その証拠に
 
              付き合い長いけどアンタにだけは手を出さないでしょ?」
 
             美人の冷笑って怖いのよ?そりゃもう、涙ぐんじゃうくらいには。
 
             しかし、これくらいでめげてちゃ、この人達と付き合ってはいけないのだ。
 
             「悪かったわね、食指の動かない女で」
 
             舌を出すと私は克巳との出逢いを思い出していた。
 
             都会に住み着いて2年、めまぐるしい学生生活に新しい恋を見つけて悔恨など忘れた
 
             かのように思えたあの日、体の拒絶反応に呆然と街を彷徨っていた。
 
             付き合い始めの彼に誘われたベッドで、私は吐いたのだ。
 
             体を這い回る指の感触に、口づけの生々しさに耐えきれず、胃の内容物を全てぶちま
 
             けて罵られ、雨の中放り出された。
 
             原因はわかっている。過去の睦み合いを記憶する脳がフラッシュバックを起こし、自
 
             分をあの二人に重ねた結果の嫌悪。
 
             裏切られた想いと、AV顔負けの迫力のシーンは、セックスに対して私に強烈な抵抗を
 
             植え付けていたらしい。
 
             悔しくて、情けなくて、流れる涙を止めることもできなかった。
 
             裏切られた挙げ句に、ロクでもないトラウマまで背負わなきゃいけないなんて。
 
             「緩慢な自殺希望者?」
 
             歩道に座り込んで、雨に顔を洗わせていた私に声をかけたのはヒラヒラと着飾った克
 
             巳で、
 
             「冬の雨に打たれてびしょぬれなら、肺炎くらいは起こせるかも知れないけど、死ぬ
 
              なら確実に、手っ取り早い方がいいんじゃないの?」
 
             どこまで冗談なのか、そう笑った彼はみすぼらしい女を自分のマンションに連れ帰
 
             り、事情を聞いて一晩の宿を提供してくれた。
 
             袖すり合うも多生の縁、以来店に出入りするようになり今じゃシェアメイトの間柄。
 
             数々の恋を同じ理由でなくしていく私は、その度飲んだくれて荒れ狂い、見かねた克
 
             巳に拾われたってわけだ。
 
             おかげで今じゃ失恋くらい痛くもかゆくもないわよ。
 
             励ましてくれる友人もできたしね、会社の同僚に紹介できないのが難点だけど。
 
             ニューハーフやバイ、サドじゃ…恋にでも落ちられた日には恨まれること請け合い
 
             よ。
 
             「だから、俺なら相手をしてやると言ってるだろ?何なら3人まとめてどうだ?」
 
             「あたし男は好きだけどサドは嫌い。痛いモノ」
 
             「いっくらボーダーレスでもアンタはねぇ。加減てものがなさそうじゃない」
 
             「……なんだろ、畑野さんでもいいような気がしてきた。吐いてもめげずにロストバ
 
              ージンに付き合ってくれる?」
 
             いつもの冗談だとわかっていても、呟かずにおれないほど私追いつめられていたのか
 
             しら?
 
             突飛もないことを言い出したもんだから、さすがのアブノーマル3人組も声が出なか
 
             ったみたい。
 
             顔引きつらせて固まる固まる。
 
             「俺はまぁ、元々嫌がる相手をねじ伏せるのが趣味だし、構わんがな」
 
             呆れつつも律儀に答えちゃう畑野さんは、根はいい人なのだ。
 
             本気じゃないくせに、ね。
 
             「畑野でいいならあたしとしましょ?女は範疇外だけど、サドに任せるくらいならこ
 
              の身を差し出しちゃうわ」
 
             「いや、人柱じゃないんだからさぁ…」
 
             犠牲的精神はありがたいけど、最初の相手は男がいいの。
 
             レズの味知っちゃうと男には戻れないって言うし、ミオさん経験豊富だからやばい気
 
             がする。
 
             「度重なる失恋でおかしくなってる女の言葉をいちいち真に受けんじゃないわよ。繭
 
              もサドを刺激しないで。傷だらけで帰ってきても介抱しないからね」
 
             結局今夜も克巳にまとめられちゃった。
 
             実は畑野さんに抱いてもらおうかと思ったのは、初めてじゃないんのよね。
 
             何年か前、一向に実を結ばない努力に嫌気がさして、いつものように言い寄ってきた
 
             彼に頷いたことがある。
 
             その時もカウンターから飛んできた克巳の声に阻止されたのだった。
 
             今じゃ感謝してるけど…でも、やっぱり頼んだ方が手っ取り早い気が…。
 
             「ほら、アンタも飲んで忘れんのよ。そうすりゃバカも言えなくなるから」
 
             一升瓶からグラスに日本酒って、一杯飲み屋?
 
             洒落た店内で出すお酒じゃないでしょうに…。
 
             もっともな私の疑問なんて、全然気にしない連中は陽気にグラスを合わせて笑うの
 
             だ。
 
             「繭の無駄な努力にかんぱーい!!」
 
             無駄でも行動しなけりゃ、明日が無いじゃないのよぉ。
 
             くっそー、飲んでやる!
 
 
 
だーくへぶん  だーくのべる  
 
 
           常々、どうせ鬼畜や腹黒しか書けないなら、行くとこまで行ってやろうと思ってまして、
               サドを登場させてしまいました。ぐへへへへっ!
 
 
 
             
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