7.

やけにすっきりした顔で3人がラウンジに姿を見せた時、一抹の不安を隠しきれなかったのは本能の為せる技だったんだ と後々気づいたわ。
「待たせたな、繭」
「いい子にしてたか〜」
いつもと変わんないよね?なんか、克己がニヤニヤしてる風なのは絶対気のせいで、畑野さんの唇の端がいじわるく上 がってるよう感じられるのは、あたしが彼の正体を知ってるからに違いない。
彼等の視線が誠に集中してるはずも、ない、ない、ない。3度否定しとこう。
首をブンブン振って不吉な感覚を追い払ってる間に、妙に大人しくなった五月が促されてあたし達が座るテーブルにつく。
主役のはずの彼女を誠の正面になる隅に追いやったのは、意図があるのかないのか。知りたくないわ、不気味に恐いもの。
ところが、世の人はそう臆病人ばかりではないのよね。
「それで、どうなったのかしら?」
こんな時羨ましいくらいの直球で、好奇心丸出しのミオさんは克己に問うわけよ。
身を乗り出して、彼と同じくらい人の悪い笑みを浮かべてね。
「セフレならってことで、話がついたんだよ」
なって、何それ?!畑野さんもどうして頷くわけ??
「ああ。結婚しても自由恋愛は大いに楽しむつもりなんだ。爛れていようが倫理から外れていようが、本人が納得して いれば問題はなかろう」
してないしっ!あたし当事者だけど、全然理解してないわよ?許さないわよ!
って、叫び出しそうなあたしの手をそっと握って諫めたのは隣のミオさんで、2人に劣らぬ不吉な笑みを浮かべると、 そうねって微笑んじゃうのよ〜。
…一体、何を企んでるのかしら?
常日頃、腹に一物抱えてる人達ではあるけれど、こういう顔してる時って絶対ろくでもないこと考えてるのよね。
それは例えば、常連さんを食い物にしていたヒモ男をミオさんがたぶらかして弄んで捨てる時とか、質の悪いストーカー 女を畑野さんが調教し直したって時とか、そのどれもを計画立案してる克己が夜中部屋に籠もってる時とか。
楽しそうに、天使かと見紛う微笑み浮かべちゃってるの、それと同じ表情なの。
きっと痛い目見るのね、誠か五月か、もしかするとどっちもか…。
「…何、言ってんだ、あんたら…」
実態を知ってるあたしが1人ドキドキ胸を痛めていると聞こえたのは、一番おかしいと思われる男の一番まともだと思 える返答。
呆然に怒りも滲ませて、呟くように零した誠は、何故かぎっと五月を睨み付けていた。
3人がそんなに恐いのかしら?だから一番当たりやすい彼女に当たってるの?
そんな疑問は間違いだったと直後に判明。
だってね、本人は気づいてないだろうけど隠しきれなかった苛立ちと不安が瞳に浮かんでいるんだもん。
俯いて彼の顔を見ようとしない五月は、それに気づいていないだろうけど、克己だって畑野さんだって、もちろんミオさ んにもばれちゃってる、誠の本心。
「お前も、そんなんじゃないだろ?繭が幸せになるのは許せないってここへ来たはずなのに、自分がいいように利用されて どうするんだよ」
ほら、必死に説得してるじゃない、妙に感情的になっちゃって、声が焦ってるわ。
でもその姿はみっともなくなんかなくて、ちょっとだけ格好良く見えるの。(本当にちょっとだけよ?くれぐれも)
なりふり構わず欲しいモノを手に入れようとする貪欲さは、気取ってばかりいた彼しか知らないあたしにとっては新鮮で 嬉しい変化。
恋はね、綺麗事じゃない。上辺だけをなぞって感情をなめして、お話の中の出来事みたいに格好良く決めたりはできない ものなのよ。
これまでの誠みたいに、来る者拒まず去る者追わずなんてやってたんじゃ、一生恋愛できずに終わっちゃう。
時にはそんな風になりふり構わなくならなくちゃ、ね。ついでに辛い想いを実体験して、今まで粗雑に扱った女心 にきっちり詫びをいれたらいいの。
そうしてすっかり生暖かい見守りモードに入ってる目前で、リアルドラマは継続していく。
「バカなこと考えるなら、帰るぞ」
派手な音を立てて椅子を蹴った誠は、五月の腕に手を伸ばし、
「帰らないわ」
だけど無情に掌は弾かれる。上がった音は思いがけず大きい小気味のいいもので、それでも誠を見ない彼女に力一杯 拒否られたんだとわかるとさすがに強気だった彼からも謂われのない自信が揺らいで消えた。
ぷぷぷっ、気の毒な。でも、自業自得な。
「こら、笑うな」
小声で叱ってくる克己に、思わず膨れてしまうと畑野さんまで静かにしろって言うじゃない。
「なによ〜いいでしょ。誠が女にコケにされるの見るのは、楽しいの」
そこを妖艶に笑うミオさんがダメ押し。 「ふふ、いい子にていれば、もっと面白いものが見られるわよ」
……彼女は、一体何を知ってるのかしら。ずっと一緒にいたはずなのに、全部見透かしてるのは、なんで?超能力者 だったとか…あながち嘘だとも言い切れないのが、恐いなぁ。
ま、不本意ながら、3人に揃って黙ってるよう言われたんじゃあたしだって大人しくしてるしかないじゃない。
やれやれと口を噤む横で、なんとか尊厳を取り戻した誠と少々テンションが上がってきた五月の争いは、 激しさを増していく。
「なにがしたいんだよ、お前は!」
「そっちこそ、人の事なんてほっとけばいいでしょ!」
「ほっとけないから、言ってるんじゃないか!」
「誠が私を心配する理由がないでしょ!」
「あるさ!」
「じゃあ、言ってみなさいよ!」
「それはっ…」
この辺まで来るといくら誠だって、おかしな雲行きに気づきそうなものなのに、当事者ってものよね。
言い淀んであちらこちらに視線を泳がせる彼は明らかに好きな子に好きなことがバレかけて動揺しきりって中学生の風情 で、なのに本人はまだ友人を心配するってスタンスのつもりでいる。
一方の五月もこれだけあからさまな独占欲を発揮されてても相手の気持ちを聞いてないから不安で、祈るように両思いで あることを望む女学生さながら。
あの主観て輪の中から引きずり出せたら、冷静に状況判断できるようになるわけ?まるで純愛ドラマか小説読んでるみた いですっごくじれったいんだけど。
「これは…手助けとかしちゃ、だめよね?」
ひそひそ克己に問うと、
「だめ」
短く、強い肯定。
「3人で話してたのは、こう持ってくための打ち合わせだったの?」
「正確には、彼女の気持ちを聞いただけだがな。奴は単純だから少々けしかければあっさり落ちることは容易に予見できた」
「恐ろしく、簡単だったな」
「そりゃあ、繭を大義名分に二度と会いたくないあたしたちのところまで来るくらいだもの。脈ありでしょ」
「え、ミオさんてばその頃から2人は思い合ってるって知ってたの?」
「もちろん。繭と違ってミオさん、百戦錬磨よぅ」
テーブル越し身を乗り出すと派手な音を立てて私の唇にキスを落とした彼女は、悪戯っぽく微笑んで意味ありげに フリーズしてる誠と五月を見やる。
「ほうら、さっきまでキスひとつで大騒ぎしてたお嬢さんが、こっちを見向きもしないわ」
確かに。自分のことでいっぱいで、とっても手が回らないのは火を見るより明らかだものね。
でも、でもでも、
「ミオさん五月に怒ってたんじゃないの?人のモノをゲームみたいに取る人達、嫌いじゃない」
3人が消える前とか、ホテル調べてくるなんて執念深いことする理由はなんだとか、怒ってたでしょ?
ちゃんと見たわよって聞くと、彼女はひょいっと眉を吊り上げる。
「怒ってはいたけど、理由は違うわ。あたしはね、自分の恋の隠れ蓑に他人を使う人間も大嫌いなのよぅ。当たって 砕けない失恋や遠回しな告白で他の人を傷つける女は一度、ズタズタに傷つかなくっちゃ」
説明されたらそれは最もミオさんらしい理由で、納得すると後はもう、当人2人の頑張りにかかっているのだ。
不機嫌な彼女がにっこりしちゃう、べったべたな告白シーンを演じるしか。
「もう、充分傷ついたと思うから手を貸しちゃ、ダメ?」
さすがにちょっと可哀相になっちゃって、引きつった表情で仰ぎ見た先にはなぜか3人分の厳しい視線。
「「「ダメ」」」
その訳は、こうよ。
「ここは奴の一生一度の見せ場だぞ。今後これ以上格好良く見せられる事は、ない」
真顔で言い切ったわ、克己。
「あの小心者のことだ、今頃、震えるほど恐怖に戦いているだろうな」
忍び笑いが…忍び笑いが畑野さんの本性を表してて、恐いっ!
「五月ちゃんだって、自力で頑張る誠君が見たいと思うわよ?」
嘘よ、ミオさんが見たいんじゃない、三文ドラマみたいなやつを。
憐れ…ごめんね、助けられなさそうだわ。…助ける義理もないんだけど、よく考えたら。
こうなったら腰を据えて立派な見学者になっちゃおうって、凍り付いたように動かない2人に視線を戻してすぐ、展開は あった。グッドタイミング、ガンバレ、若者。
「それは…気になるんだよ、お前が」
「ど、どんな風に…?」
すっかり声も態度も小さくなった誠が、明後日の方角を向いて漏らした言葉に五月が恐る恐る反応する。
その探る視線を避けたまま、問いかけに掠れる返答は、哀しい程の小声だった。
「…た…ん……き?」
…き、聞こえないし。この期に及んで、なんて小心者っ!
「はっきり!むぐ…っ」
我慢できずに開いた口は、あっさり克己に閉ざされて。
「なんて…?」
「…からっ!…きだって…も…」
ああ、いらいらする〜っ!!…って、暴れてるのはどうやら私だけ。
克己はゆったり構えてる、畑野さんは薄ら笑い、ミオさんはかぶりつき、そして五月は頬染めちゃって…。
「あの、誠君、もう少し大きい声で…」
そうだ、そうだ〜!言っちゃえ、五月!
「や…その……き」
だぁぁ!!!
ガンッと鈍い音の後、渾身の力で克己を振り切った私は、臑を押さえて蹲る誠を腰に手を当て見下ろし一言。
「はっきりしなさいっ!あんた、男でしょ!?」
「え、あ…」
ここまできても怯えて私を見るだけって、ホント、ダメ男っ!
ケリを入れたくなる衝動を必死にこらえて、爪先で小突くだけにした自分て偉いわぁ〜。
で、情けない誠にもう一度、檄を飛ばす。
「ここで言えなきゃ、もう、五月は手に入らないんだから!」
「あ、はい!好きだっ!!」
「誠君っ!!」
感極まって抱き合う恋人同士を見るなんて、暑苦しいと思ってたけど結構感動するモノね。
うっすら涙が浮かびそうな盛り上がりを邪魔する人達がいなければ、だけど。
「お前のせいだぞ畑野。悪影響を与えるから繭が女王様化しただろ」
「心配するな。あれは一時的なモノで繭の基本はMだ」
「あらん、繭に責められる畑野も面白そうじゃない。見たいわぁ〜」
あくまであなた達は傍観者、なのよね。しかも私までおもちゃにするなんて、ひどいっ!!


闇トップ  ぷちへぶん  闇小説  



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送