3.
 
 
        災難は、忘れた頃にやってくる…ホントに忘れてたから、よろしくないわよね。
 
        目の前に二つ並んだ顔を見て、とっさに言葉が出なかった。
 
        だって、夕べほとんど寝てないんだもん。畑野さんが寝かせてくれないから。
 
        だって、ここホテルのロビーなんだもん。用もないのに来る地元の人間なんていないでしょ。
 
        だって、この先一生会いたくなかった人たちなんだもん。そこまで厚顔無恥だなんて思わないじ
 
        ゃない。
 
        「よかった。元気そうね、繭ちゃん」
 
        なぜ、あなたに心配されなくては?
 
        「お前が結婚するって聞いて、慌てて飛んできたんだぞ」
 
        どうして、そうする必要が?
 
        小柄で男好きする容姿と微笑みは、高校時代と少しも変わっていない元親友。
 
        最強コンビのお仕置きも、さして堪えていないらしい元隣人。
 
        「え〜と…なんでここにいるの?」
 
        ろくに働いてくれない頭をひねっても、正解が見つけられないから思い切って聞いてみることに
 
        した。
 
        ただいまの時刻は朝の…8時。現在私はその辺に落ちてた畑野さんのセーターと、放ってあった
 
        ジーンズっていい加減な格好で食事をしようってところ。場所はもちろんホテルのレストランよ。
 
        こんな時間から外で食べようって気はないし、今日中に次の宿泊先に移動する都合もあるから時
 
        間がないの。そのうち畑野さんも来るだろうし、克己とミオさんは先にご飯食べてるかも知れな
 
        い。
 
        という状況で、招かれざる客は私を呼び止めたわけ。存在理由も全くわからないまま。
 
        「なんでって、お祝いを言いに。繭ちゃんはもちろん、旦那さんになる人にもお会いしたかった
 
         から」
 
        「…はあ」
 
        8年間音信不通だった絶交中の友人のために?それはそれは、
 
        「ご苦労様です」
 
        思わず声に出しちゃったわ。ついでに軽く頭も下げてみた。
 
        だって、普通そんな面倒なことしないじゃない。私だったら嫌いな人間のために指一本動かすの
 
        もいや。朝早くからわざわざホテルに出向くなんて、冗談じゃない。
 
        企みでもあれば、別だけど。
 
        「で、どこにいるんだよ、お前の相手は。おじさんはすごいエリートだって言ってたけど、もし
 
         かしてあの時の…」
 
        微かに引きつって見える顔から、誠の真意が覗いた。
 
        怯えてるんだ、畑野さんとミオさんに。あの二人が自分の人生から切っても切れない近さに存在
 
        することになるのを。
 
        きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回す様子から、それははっきりわかる。
 
        「畑野がどうかしたか?」
 
        突然かかった声に飛び上がらんばかりに驚いたのも、その証拠ね。
 
        「起きてたんだ」
 
        望まざる客の背後から大あくびをしながら現れた克己は、だらしなくシャツの前を半分明けたま
 
        まこちらに近づいてきた。
 
        無駄にフェロモン振りまいて、周囲の視線を集めながら。
 
        「もう、ちゃんと着てよ」
 
        じろりと誠に睨みをきかせながら私の正面に立った克己は、屈んで額にキスをくれる。
 
        「別に見慣れてんだろ。気にすんな」
 
        「私じゃなくて、他の人が見るから言ってるの」
 
        「ああ、ヤキモチか」
 
        「違う!」
 
        喉奥で笑いながら楽しそうに私をからかう克己って、もしかして格好良かったりする?なんか、
 
        さっきから視線が突き刺さるのよ。
 
        遠巻きなのはホテルの宿泊客で、この近いのがきっと…
 
        「五月…」
 
        獲物を狙う獣のようなその目に、思わず吐息が零れたわ。
 
        8年前、あの部屋で私にトラウマを植え付けた理由が、わかっちゃった。今日ここに来たのもあ
 
        の日と同じ理由。
 
        私から好きな人を奪うのが、楽しかったんだ。もしかして、私じゃなく人のものなら、かも知れ
 
        ないけど、とにかく五月の企みはこれだったのね。
 
        「あの、はじめまして〜。私、繭ちゃんの親友で、五月って言います」
 
        語尾にハートマークでも付きそうな勢いでご挨拶した彼女は、昔も良くそうしていたように器用
 
        に頬を染めていた。
 
        ううん、今回はホントに赤くなってるのかも。克己、格好いいものね。男のカッコしてるときは
 
        まさか女装がが趣味だなんておくびにも出さないからみんな熱に浮かれたような顔になっちゃう
 
        んだよ。
 
        そして、頬を染める五月が可愛いのもまた変わらない。
 
        大抵の男より小さい体は悔しいことにナイスバディーと、同性でも思わず目を引かれる。ミオさ
 
        んに比べたらそりゃ見劣りするけど、天然物としては上物よ。清楚を意識してるだろう髪は真っ
 
        黒で背の半分までを覆い、子供みたいな幼さを残す顔はたまに見せる女の表情とのギャップが、
 
        たまらないんだろうね。
 
        しかもそれらの使い方を、学生時代より心得てる風だもん。これは男が放っておかないだろう。
 
        「繭に親友なんて、いないだろ」
 
        克己や畑野さんはどうか、わからないけど。
 
        なあ、と同意を求める目が問いを発していると気づける程度に、私たちはつきあいが長く、深い。
 
        言葉でわざわざ親友だと念押ししなきゃいけない友人は、いないと知ってる。ましてここは、イ
 
        ヤな思い出が山と詰まった場所だから。
 
        けれど、私たちの言外のやりとりに気づかない五月は、なおも微笑んだまま続ける。
 
        「繭ちゃんが帰ってこないから、お会いできなかっただけですよ。私達、本当に仲が良かったん
 
         です」
 
        あれを見てしまうまでは、そうだったかもね。でも、そんなものとっくに破綻したじゃない。
 
        言い訳をしなかった五月。言い訳を聞こうと思わなかった私。
 
        派手なケンカをせずお喋りしたり一緒にいる時間が減っただけだったから、勘違いしてるのかな。
 
        変わらない関係がそこにあると。
 
        ちらりと伺い見た誠も、少々鼻白んでこのやりとりを見ていた。
 
        ちょっとくらいフォローしてくれたらいいのに。彼女を連れてきたのはアンタでしょ?
 
        でも、どの言葉も声になる前に消えていく。
 
        きっと克己達と暮らしはじめる前の私なら、怒鳴って喚いて、恥をさらしても積年の恨みを叫ん
 
        でいた、と思う。五月のせいで、五月が悪いって。この上克己にまでちょっかい出す気かって。
 
        年を重ねても時間を止めたまま生きてきたせいで、鮮明な傷を癒せずにいたから。
 
        幸せになったら些細な不幸なんて忘れちゃえるのにね。今ある自分はあの時を経たからだって気
 
        づくことができたら、恨んだり悲しんだりする時間がもったいないと思えるのに。
 
        今穏やかに彼女を見るとができる、心がそう教えてくれる。
 
        「そうね、五月。昔は仲が良かったね」
 
        悪いことばかりじゃ、なかったもの。
 
        「ふふ、そうでしょ?」
 
        意を得られたりと一層笑みを深くした五月の本意は、私と違うところにあるけれど構わない。
 
        優しく頭に置かれた掌が、安心させてくれるから大丈夫。
 
        「へぇ、で、親友さんは何しに来たわけ?」
 
        さして興味なさそうに、儀礼的な質問をした克己に僅か五月の眉があがった。
 
        「お祝いを言いに…できれば旦那さんの顔も拝見したいなって思って来ました」
 
        「そ、じゃ、じっくりどうぞ。来たみたいだぜ」
 
        ひらひら手を振った克己が示したのは、エレベーターからミオさんに手を引かれ降りてくる畑野
 
        さんで、
 
        「あいつらっ…!」
 
        青くなったのは誠一人。怪訝そうに顔をしかめて振り返った五月は、一瞬言葉を失ってからすご
 
        い勢いで振り返って私を、正確には克己と畑野さんを見比べている。
 
        「旦那さんは、その人でしょ?別のカップル見せて騙そうって言うの?」
 
        そんな目で睨まなくたって、嘘なんかついてないのに。
 
        「あの、克己は旦那さんじゃなくて…旦那さんなんだけど、結婚するのは畑野さんで、でもミオ
 
         さんともだし、旦那さんてことになると公には畑野さんが、克己でも問題はなくて、ミオさん
 
         はどっちかって言うとお嫁さん?あれ?う〜ん?」
 
        「繭ったら、朝から混乱してどうしたの?やっぱり、畑野が悪さしたせいねぇ」
 
        混乱の説明をしてる人に、飛びついてキスしちゃいけないと思う…まして、
 
        「人聞きの悪いことを言うな。お前も人前を考えたら、こいつとその手のことをいたすのはまず
 
         いだろ」
 
        取り返して自分がキスし直すのは、もっと悪いんじゃないかな。
 
        「ずるいわよ、畑野!」
 
        「うるさい、歩くわいせつ物が」
 
        「や、あの、二人とも…」
 
        「あら、繭はどっちの味方なの?」
 
        「ミオを選ぶ気なら、覚悟はできているんだろうな?」
 
        「いい加減にしろ」
 
        克己に引き離されるまで、不毛な言い争いは続いていたの。派手なアクションつきで。
 
        「…ねえ、どうなってるの?」
 
        般若の形相で説明を求められても、困るんですけど。
 
 
 
だーくへぶん  だーくのべる  
 
 
           久しぶりに書いたのに…それが悪いのか一話で入りきらなかった(泣)
               ちっとも格好いい克己が書けないんだけど?
 
 
 
             
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