1.
 
 
        独特の倦怠感に身を委ね、眠りに落ちる前の心地良い微睡みに漂っていると、聞こえた呟き。
 
        「あたし、赤ちゃんが欲しいわ」
 
        空耳だろうか…空耳だよね。だって、
 
        「ミオさん、子供産めたっけ?」
 
        彼方へ吹き飛んだ眠気に半身を起こし、ランプが照らす絶世の美女を覗き込むとそこには悲しみ
 
        に曇る顔が…
 
        「ヒドイわ、繭。あたしが半端な女なの知っててそれを聞くのね?」
 
        「えっ!いや、そんなつもりじゃ…!」
 
        普段あんまりにも女らしくて、悩みなんか笑い飛ばす勢いがあるから忘れてた。
 
        そうよ、ミオさんにだって越えられない高い壁があるのよ。それはもう努力なんかじゃ決して埋
 
        まらない代物で、のほほんと生きてるあたしごときがうっかり触っていい事柄じゃなくて。
 
        「ご、ごめんねミオさん、無神経なこと言っちゃった」
 
        オロオロ言い分けるのに、でもやっぱり彼女は優しい人なのよ。
 
        「…わかってるわ、繭に悪気がなかったのは。ただちょっと、現実が見えて辛かっただけ、あた
 
         しこそ八つ当たりよね」
 
        そうムリにでも笑って、許してくれるんだもの。
 
        寂しいその表情に胸が詰まって、そんな顔させたくなくて、夢中で彼女の頭をかき抱いたあたし
 
        は、何度も何度も約束をした。
 
        「あたしが産むから!…もう、ミオさんと血の繋がりのある子はムリだけど、でも、あたしが産
 
         んだ子のママはミオさんでもあるから、絶対だから!」
 
        囁き声だけど強い強い気持ちを込める。
 
        これ以上彼女が傷つかないように、願いながら。
 
        「ありがと、繭」
 
        必死だったから、知らない。
 
        殊勝に礼を言ったミオさんが、人の悪い笑みを浮かべていたことを。
 
 
 
        「て、訳でね。畑野が一番適任だと思うのよ」
 
        珍しく早起きしたと思えば、何を言い出すのやら…。
 
        目のやり場に困るピンクスケスケのベビードルに身を包んで、惜しげもなくナイスバディーを晒
 
        したミオさんは、叩き起こした克巳とあたしの背後で髪を結い上げてる畑野さんに話を振る。
 
        「俺はかまわんが、というより、むしろ助かるな」
 
        ええ?笑い飛ばすのかと思ったら、同意するの?ええ?!
 
        「克巳もそれでいい?」
 
        「あ〜いいんじゃねぇの?確かにこのままってのも、繭や畑野にとってはまずいだろうしな」
 
        克巳まで?!はいぃ?!
 
        「なんでそんな簡単にオッケーしちゃうの?結婚だよ、結婚!人生の一大事!」
 
        あたしの必死の叫びにもアブノーマル3人組はチラリと視線を送るだけ、大したことじゃないと
 
        ばかりに流して次の話題に入っちゃうのよ。
 
        「挨拶に行くのはやっぱり畑野だけ?」
 
        「当然だろう。このメンツで行ったらまとまる話も壊れるぞ」
 
        「あ、俺、繭の入院中にうっかりご挨拶しちゃってるよ…まずいか?」
 
        「いやだから、聞いてよ、人の話」
 
        これ以上無視されちゃたまらないんで、取り敢えず隣のミオさんに縋り付いてみる。
 
        一番の発言権を持っているのは彼女だと、最近気づいたの、鈍いあたしも。ずんずんどこどこ進
 
        むのはいいんだけどね、自分に関係ない話ならそれこそどうでもいいんだけどね、大ありじゃな
 
        い。当事者じゃない。頼みますよ。
 
        「昨日、あたしの代わりに子供産んでくれるって言ったわよね?」
 
        にっこり微笑まれてしまった。それそれは爽やかに、さも楽しげに。
 
        「う、うん」
 
        事実はひっくり返ったりしないので、潔く肯定。あんまり納得はしてないけど、仕方ないのよ。
 
        目のあった克巳に「浅はかな」って顔で見られちゃったし、後ろからは呆れたため息が聞こえち
 
        ゃったんだもん。
 
        彼女に弱みを握られちゃ、逃げられないわ。
 
        「せっかく男が2人もいるのに、シングルマザーになることもないでしょ?繭がどうして持って
 
         言うなら克巳ちゃんでももちろんあたしでも相手は全然構わないんだけどね、できれば畑野と
 
         結婚してあげて欲しいの」
 
        過剰な色気を振りまいてすり寄りつつお願いモードに入ったミオさんの、こだわりの理由がわか
 
        らない。どうして畑野さんなんだろ?
 
        昨夜の今朝で気が早いとか、まだ子供産むには早いとか、そんなのはおいといてここ、はっきり
 
        させなきゃいけないわよね。
 
        「畑野さんて結婚しなきゃいけない訳があるの?克巳はさっきあたしもこのままじゃまずいって
 
         言ってたけど、どうして?」
 
        別段困ることはないよ?って首を傾げると、背後での作業を終えテーブルを回り込んだ畑野さん
 
        が現状と問題点とを簡潔に説明してくれた。
 
        つまり、33歳独身、エリートオブエリートな部長様に打診されるお見合い話が、目下彼の悩み
 
        の種であること。27歳目前のあたしだって、いつまでも独り身でいるのは、その割に派手な同
 
        居人と暮らしているのは世間体的にまずい日が来るだろうってこと。
 
        自分のことは、言われるまで気づかないなんて鈍いなぁとか笑えたんだけどね、畑野さんのこと
 
        は…。
 
        「取引先の部長の娘に、常務のお嬢、同期と後輩、部下で7人だっけか?」
 
        「同棲中の彼女がいるって言っても、信じてもらえないんだったわよね」
 
        「実態も見えん、行動も起こさんだから疑っているんだろ。全く、面倒なことだ」
 
        ………今ね、ものすごっく面白くないの。
 
        「どうした?」
 
        いち早く不機嫌に気づいた克巳が向けてくれた笑顔にもそっぽを向いちゃうくらい、怒ってる。
 
        だからみんなを均等に睨め付けて、ぼそりと本音を落とした。
 
        「あたし、初耳なんだけど。どうして誰も畑野さんが困ってるって教えてくれないの?」
 
        仲間はずれにされた気分。相談相手にもならないって、子供扱いしてるよね?
 
        「みんな知ってるのに、1人だけ蚊帳の外ってすっごい寂しいんだから」
 
        「繭…」
 
        困惑顔が並んでれば、大げさに考えすぎだとか思われてるのはわかってる。
 
        でも、ね、
 
        「ずっと4人一緒だって言ったじゃない、なのにどうしてあたしにだけ秘密にしとくの?結婚し
 
         ちゃえば済むような問題なら、いくらでも協力するのに!」
 
        あ、涙腺決壊しそう。目はジンジンするし、鼻の奥は痛くなってくる朝から最悪よ。
 
        悔し泣きなんてまるっきり子供のすることだってわかってるけど、みんなに隠し事されるなんて
 
        思っていなかった分、ショックは大きくて。
 
        内緒事は夫婦の間にあっちゃいけないんでしょ?そりゃ、随分変則的なスタイルで大きいことは
 
        言えないけど、些細な秘密まで暴こうとは思わないけど、大事なことじゃない、言ってよ!
 
        この上涙を見られるのがイヤで、乱暴に立ち上がって部屋に逃げ込もうと…したんだけどね、あ
 
        っけなく捕まっていつもの如く克巳の膝の上。よしよして、慰められて、
 
        「落ち着けよ、ほら」
 
        落ち着いてるもん、ただちょっと泣くのに忙しくて返事できないだけ。
 
        抱きしめられるのも頭を撫でられるのも気持ちいいから、大人しく体を預けた。
 
        「さっき自分で言ったのにね、結婚は人生の一大事って」
 
        微笑んで、ミオさんがティッシュをくれる。
 
        「繭に話せば理屈を無視して結婚すると言い出すのはわかっていたからな、余計な気を回しすぎ
 
         て、傷つけた。すまん」
 
        優しく謝る畑野さんなんて、滅多に見られるものじゃないから冷静になるのは容易いわ。
 
        「どうして…結婚するって、言い出したら、いけないの?」
 
        忙しなくしゃくり上げながら問えば、皆一様に同じ顔で言い分けた。
 
        「愛し合ってするもんだろ、結婚は」
 
        「名前も変わっちゃうし、社会的事情も変わるのよ?女にとっては大事な問題なのに畑野を助け
 
         るためにするなんて理由は許せないわよ」
 
        「繭の気持ちがないのに、籍を入れてなんになる」
 
        この人達は…どうしてこうもあたしに甘いんだろう。そして、どうしてこうもあたしを誤解して
 
        いるの。
 
        「愛してるわよ、みんなのこと。じゃなきゃ、エッチなんて、できない。3人となら、誰と結婚
 
         しても、平気」
 
        自信があるの、きっとねあのおかしな病気は他の人にはまだ有効だって。
 
        体を許せるのは心を許してるあなた達にだけ、それだけで特別。
 
        「繭…」
 
        ぐるりと取り囲んだ彼等とキスを交わして、みんなも互いにキスを交わして。
 
        「じゃ、4人で結婚しましょ。今週末には繭のご両親にご挨拶に行くわよ」
 
        「うん」
 
        頷いて考えた。
 
        …まぁ、傍目には男2人と女2人、合同結婚式だってことにすれば式場的にも問題はないか…。
 
        ただ、招待客は…披露宴は昼と夜の2回やらなくちゃならないかしら…?
 
 
 
だーくへぶん  だーくのべる  
 
 
           お久しぶりにございます。想いの欠片2,再び開店。最後のキスでわかって頂いたかも知れません。
               この人達、4人の誰ともその…やってんの(笑)そのうち詳細は出てくる…かもね。
 
 
 
             
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