30.「側にいて欲しい」 ボタン&純太


「ちょっと待って…っ」
「やだよ」
貪るキスを少しもやめる気のない不良教師は、埃っぽい床へもつれ込む勢いで私を押し倒した。さっきからちっとも休まない働き者の手に体中熱を落とされながら、でも決して理性が消えないのは…
「学校で!先生がすることじゃないでしょ?!」
って純然たる事実がそこに転がっているから。
「ああ?誰も来ねえよ、こんなとこまで」
不遜な態度は、普段の先生からは想像も付かないやんちゃなもの。表情だって学生みたいに不敵で、困っちゃうほど魅力的。
旧校舎で、昔の隠れ家だったって笑った部屋にいるからなのかな。わがままや無茶が、すっかり大人の男の人を消してしまった。
こんな先生も好きだけど、私はやっぱり常識人。
「モラルを思い出してよ!節度のある行動と言動は、教師が生徒に示すものでしょ?!」
ほっとくとどんどん下がって行っちゃう頭を押しとどめて、不満でいっぱいだとふくれた顔を睨み付ける。
「めんどくせえな…いいだろ、そんなもん。愛し合う男女の前では、消えてなくなりまーす」
なんでそんなふざけた口調なの?どうして私より子供みたいなのよ。
おとなしくなるどころかますます増長していく先生は、シャツと素肌の間に冷えた指先を差し入れてきた。
瞬間襲う、恐怖と嫌悪。
「冷たいっ!やだ、やめて」
初めてなのに、こんな場所じゃいや。ちっともロマンティックじゃないし、気持ちがないから体がついて行かない。
悲鳴に似た叫びに驚いて顔を上げた先生は、本気でいやがる私に気づいて表情を消すと数秒固まった後短い吐息とともに胸の上に倒れ込んできた。
ふわりと揺れる柔らかな髪が顎を撫で、タバコの香りが掠める。
「先生…?」
怒ってる?って続けようとした声が、ぎゅっと抱きしめた腕に止められて、少しだけ苦しいのがなぜか切なかった。
「あのさ、俺、男なんだよ」
「…知ってるけど」
「男にもさ、大人とか子供ってジャンルねえのよ。お前らがいくつんなっても女なように、俺らもいくつんなっても男でね」
ゆるめた腕から少しだけ私を解放して、視線を絡めた先生は苦しそうに顔を歪めた。
「お前が俺のもんになるの、どんだけ待ってたと思うんだよ。すぐに喰っちまいたかったのに怯えるから、一月も我慢したろ?」
恥ずかしくて、こそばゆくて、だけど嬉しい告白はできればここじゃないどこかで聞きたかったのに。
切羽詰まった先生の気持ちと同じだけ、私だって貴方が欲しいと思ってるから。
「…ここが学校じゃなくて、先生がみんなの先生じゃなければ頷いたかもしれない」
例えば先生の部屋だったり、すてきなホテルの一室だったら、あるいは…。
自分的に持てる勇気を総動員した遠回しなオッケーだったのに、どうしてだか聞いた先生はそんなことかと言わんばかりに盛大に唇を歪めていきなり立ち上がった。
私を荷物みたいに抱え上げながら!
「え、なに?!」
「ここじゃなきゃ、いいんだろ?」
「え、ええ?!」
それ、勘違い!ううん、それよりこのまま外に出たら、まだ部活もやってる時間なんだからみつかっちゃう!
「ダメだよ、先生!ばれるから!!」
こっちの心配なんてどこ吹く風な彼は、叫び声にいやいやって感じで足を止めると、ぐしゃっと髪をかき混ぜてため息をついた。
「…めんどくせえ…教師だモラルだ。俺は好きな女抱きてぇだけなんだよ」
なんて直球。ホント、精神年齢を問いたくなるセリフ。
でも、私は囚われる。真っ直ぐな分正直な気持ちに、言葉に。
「お前は、違うの?心ん中は覗いたりできねぇけど、体は違うぜ?抱き合えばわかる。目に見えるモノ、触れるモノは全部、自分のだって実感できる」
見上げてきた瞳に白旗を揚げてしまえばきっと楽になれる。欲望に忠実に、好奇心を満足させたら、なし崩しに私は堕ちていける…だけど。
「節度は、捨てちゃダメだもん」
それは負け惜しみみたいな一言で、決して先生とはできないとか、そんな気にはなれないとかってつもりじゃなかったんだけど。
きっちり、ばっちり早とちりした彼は実にすがすがしい顔で決意表明をしたのだ。
「よっし、そんじゃ教師やめるわ」
「はぁ?!」
どんな回路を通って思考すると、そこに至るんだろう。ってより、果たしてこれは職を捨てるほどの問題なんだろうか?
「なんで?!どうして?!バカ?!」
襟首を掴んでガクガク揺すりながら確かめた正気は、くやしいことに鮮明。落ち着けって髪を撫でる指も、どさくさ紛れに唇を奪う様もいつもと変わりないセクハラ教師。
「前から考えてたんだよ。俺、この職向いてねえなって。堅っ苦しいの嫌いだし、子供の人生に責任もってアドバイスできるほど人間できてねえし。お前の古くさい倫理観ぶっ壊すより、転職した方が早いってんなら、一石二鳥だろ?」
「はあぁ?!」
わかんない、全然理解できないわ!仕事やめたい?向いてない?私とエッチしたい?
変よ、この大人。すっごく変!
「怒んなよ。クリスマスプレゼントなんだからさ。俺はお前の足かせを取ってやる」
とんっと床に降ろされて、ぶつけられた額と頬を捕らえる手のひらとに囲われた。
「だから、側にいろ…ボタン」
柔らかに私を呼ぶ声は、魔法。全てを許す、魔法。



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