28.「忘れない」花&薫


オフだというのに珍しく早起きした薫さんは、秋の面倒も苦手な料理も引き受けて私をのんびり休ませてくれる。
「ホントさ、年に一回とかなんだし、たまには奥さん孝行もさせろよ」
なんて言っていたけれど、時々聞こえる過激な音に明日の片づけが大変だななんて不遜なことを考えてしまうのは、内緒。
でも、彼が示してくれる優しさに素直に甘えることは、とても心地いいから。のどかな日差しが差し込むソファーの上に、 ころりと倒れ込んでみた。
………暇。貧乏性なのかなぁ、誰かが動き回ってくれているのに、自分だけ休むのって妙に気が引けちゃう。
手持ちぶさたに耐えられなくなって、引き寄せたリモコンを何の気ナシに押たりして。
ブンッと低い接続音の後、映し出された人物は笑っちゃうことに我が家のご主人様だった。
『…格好いいですものね。とても人気がおありになるし』
それは昼時に放映されているトーク番組で、インタビュー嫌いの芸能人が数多く出演していることでも有名な番組。
かく言う薫さんも、滅多にテレビで話してはくれないから、結構貴重映像なのに。危うく見逃すなんてもったいないこと しちゃうところだったじゃない。
顔に緊張していますと書いた彼が、百戦錬磨のアナウンサーに愛想笑いを浮かべている様をもっとよく見ようと、姿勢を 正した時、彼女はどきりとする質問を薫さんに投げつける。
『でも、ご結婚はなさらないの?お子さん欲しくなったりしません?』
実はもういますなんて、口が裂けても言えるわけない。事務所は隠し通すって約束で私たちのこと、認めてくれたんだし 、なにより公表されて騒ぎになったらまだ小さい秋に被害が及ぶかも知れない。
とうに収録の終わっている番組に青くなっているなんてバカらしんだけど、ヒヤヒヤと画面の中の薫さんを伺ってし まう、私って臆病者…。
『俺は、今持っているものだけで充分幸せなんで、不確かな未来とかあんまり考えないですね』
だけど上手に誤魔化してしまうのよね、彼は。
聞きようによってはそんなものいらないって取れるけど、家族にとっては最高の言葉を。
打ち合わせができていてその通りに受け答えしているのだとしても、誰憚ることなく幸せだといってもらえたことが嬉しい。
嘘じゃなく、ちゃんと真実で答えてくれたことが何より。
『あら、それじゃ刹那主義なのかしら。過去も未来もなく、現在だけって?』
そんな切り返しにも、薫さんの余裕は消えたりはしなくて。
『いいえ。過去は、めちゃめちゃ大事にしてますよ。取り返せないでしょ、時間って。俺にとってはこの瞬間が奇跡みたい なもんだから、絶対、忘れない』
言い切った彼の瞳がブラウン管越しに真っ直ぐ私の心を射抜いた気がした。
もちろん、気のせいだってわかってるわ。たまたま正面にきたカメラに視線を向けただけだっなのは。
けれど嬉しくて、嬉しくて。どこにいても薫さんは私たちを思ってくれているんだって実感して、感動してしまったんだ もの。
「花、昼はスパゲッティーでいい?」
手抜きだけどさって、ばつが悪そうに笑った彼に飛びついてキスの雨を降らせると、目を白黒させていたっけ。
よくわからんけど、こういうの大歓迎っていっぱい抱きしめてくれたわ。秋が泣き始めるまで、たくさんのキスつきで。


NOVEL

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送