19.「帰りたい」アスカ&青



社会人になれば学生ほど時間はとれなくて、約束してもすっぽかされちゃうことなんて常だけど、今日だけは許せなかったんだもの。
そんなつまらない意地を張ったから、居酒屋で合コンに出るハメに陥ったのよね。
初めて夜遅く、あーちゃんじゃない人といる。許されていなかったお酒をちびちび舐めて、記憶にすら残らない話に笑顔で頷いて。
気になるのは電源を落としてしまった携帯と、バッグの中で眠るチョコレート。隣で囁きかけてくる男の人じゃ、ない。
「嬉しいな、こんな可愛い子が来てくれたなんて」
予定外だったのよ。しがない数合わせ、ドタキャンが出なきゃこんなとこにいない。
「西高って女子のレベル高いよね。うちの大学にも何人かいるんだけどさ…」
さっきから容姿の話ばかり。たくさんのアクセサリーとはやりの服で武装して、目がいやらしいんだもん、ちょっと引く。
左右から代わる代わる話しかけてくる彼等は、年も2つしか離れてないしいつも子供扱いばかりするあーちゃんより私を対等に見てくれるけど、違うの。
からかう声がしゃくに障るけど恋には本気で、口うるさいけど全部私の為だから。
「もっと飲もうよ!」
無責任にアルコールを勧めたりしない。
「今夜はオールで大丈夫でしょ?」
未成年を親の許可なく連れ回したりもしない。
ダメね。あーちゃん抜きだって楽しめること証明したかったのに、結局あーちゃんと比べてだめ出しするんだから。
吐息と共に諦めを自覚して、私はそっと鞄を引き寄せた。
「ごめんなさい、用事を思い出したので帰ります」
驚く顔に笑みを送って、少し離れた友人に別れを告げると立ち上がった。
帰りたい、お家に。居心地いい隣りに。
コーヒーを用意して待ってるから、今日はおいしいおまけもつけちゃうんだから、お願い私の側にいて。
よく馴染んだ大好きな微笑みを思い描いて、まだまだ人通りの多い通りに向かって歩き出す。
「そんな急がないで!家まで送るよ」
けれどタクシーを拾おうと焦った腕は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる人たちに捕まっていた。
真意は別のところにあると黙っていてもわかる表情は、はっきり不愉快よ。ああでも、女の子の力じゃこの人達に満足な抵抗すらできない。
「一人で帰れます!触らないで」
あーちゃんじゃないくせに、肌に髪に我が物顔で触れないで。
ぎゅっと眉根を寄せたまま私が繰り出す弱々しい抵抗は、やっぱりなんのダメージも与えられないけどいやだって意思表示だけは絶対するんだから。
ぐいぐい両側から引っ張られているこの状態じゃ、全く理解してもらえないでしょうけどね。
「え?うわっ!」
「ってぇ!何すんだよ!!」
でも、努力って実を結ぶものよ。
突然自分の体が自由を取り戻したり、不快な輩が無様に道に転がるって風にね。
「人の婚約者を拉致ろうとは、いい度胸じゃないか」
「お前らみたいなバカがいるから!春ちゃんを口説く300数回目のチャンスを潰してまでアスカを探し回るハメになるんだろ!!」
悪魔の様相で静かに怒りを体現するあーちゃんと、自分のへたれっぷりをさり気にアピールしながらやや八つ当たり気味な秋ておかしな取り合わせで、待ちに待った救助隊は現れた。
都合よく私のいる場所がわかったのはひとえに、肩で息をする秋のおかげだと思うわ。…しかたないわね、彼あーちゃんのパシリだから。
「殺さない程度に、好きにしていいぞ」
怒りに燃える秋に物騒なセリフを吐いて、さてと向き直ったあーちゃんの顔はちょっぴり恐い。
なんか目、つり上がってるし。いつも柔らなかな口元、真一文字だし。これは、これは。
「ごめんね、あーちゃん!でも、アスカ寂しかったの」
抱きついて、先手必勝が効果的。
肌触りのいいスーツに頬を預けて、一拍おいてから背に回された掌があーちゃんの許しを伝えてくるのを確かめてから胸の内を言葉に変えた。
「今日、バレンタインなのに、お仕事なのわかるけど約束破るし、だから…」
言ってるうちに怒ってる気持ちより、悔しくて悲しかった気持ちの方が勝っちゃって、自分でも知らないうちに浮かんでいた涙にすんっと鼻をすする。
「もういいよ。僕が悪かったんだ。アスカより大事なものなんてないのに、一人にしてごめん」
長い指がそっと頬を拭っていく感触にうっとりしながら、私の居場所はここなんだと再確認してしまった。
どこよりも居心地よく、誰にも譲れない特等席。
ね、あーちゃん、世界で一番大好きよ?
「あのね、チョコ手作りなの」
「うん、じゃあ急いで家に帰ろうか」
「あ、おい!ちょっと待てバカップル!!」
お互いだけを見つめていれば、無粋な外野なんて目に入らないものね。


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