17.「元気出そうよ」美月&緑


「なあなあ、乃木さん妙に色っぽくないか?」
周囲がそうと気づくほど、今日の美月はいつもと違った。
潤んだ瞳、薄く開いた唇から時折零れる熱っぽい吐息、気怠げな仕草、どれも理由は明確でだからこそ他の男の目に晒すのは我慢ならない。
「約束の時間だ」
つかつかと彼女の席に歩み寄り、力ない抗議を視線に込める美月に首を振る。
「もう、ダメだ」
「でも…午前中いっぱいはって約束したじゃありませんか」
「君を納得させる為にグリニッジ天文台に掛け合うというのもおもしろいな」
「バカ言わないで下さい。宇宙の法則にケンカを売るなんて本気じゃないですよね?」
「これ以上意地を張るなら、バカにもなろう。風邪を舐めるな」
「…でも…でも…」
好奇に溢れた連中が聞き耳を立てこちらを伺っているのも、美月に熱のせいでいつもの鋭い切り返しがないのも、俺にとっては幸運だった。
この機会に3月がかりの悲願を果たしてしまおうではないか。
「諦めろ」
短い宣言をした後、引き出したイスから細い体を抱き上げうろたえる額に己のそれを押しつける。やはり、朝より熱いな。
「かかか、課長?!」
「セクハラですよ、それ!!」
「職権乱用だ〜!!」
「きゃーっ!」
「やめて下さい、星野課長っ!」
部内はともかく、廊下からも悲鳴が上がったというのは本日も覗きがいたってことか。まったく、やれやれだ。
「騒ぐな」
片眉を上げ騒然とする部内に睨みをきかせると一瞬訪れる静寂。この機を逃すのは、愚か者だけであろう。
「乃木美月は私の婚約者だ。熱があるようなので、医務室に行ってくる」
そうして、言葉もない部下をニヤリと見やり上司らしい一言を加える事も忘れてはならない。
「速やかに仕事に戻れ」
健康体を取り戻した美月にこっぴどく絞られようが、口にした言葉は戻らないのだし、俺の望みも叶ったのだから大満足だ。
女性を抱き上げたまま進むのであるから、更なる注目を集めることも致し方なく、腕の中で美月が居心地悪そうに身じろぎするのもやむを得ない。
「もう…勝手な人…」
当然出ると思っていた彼女からの批判は、だが何故か柔らかな微笑みと甘い声に彩られていて。
「…怒っていないのか?」
嬉しいが、恐い反応、である。
「いません。…誰はばかることなくああ言ってくれて、嬉しかったもの」
「…そうか」
てっきり、彼女は社内にばれることがいやなのだと思っていた。だが、今彼女を彩る喜びは本物で、俺の考えが深読みだったことを示している。
「では、早く元気になってくれ。来週には式を挙げるのだから」
「はい」
たまには。しっかり者の美月を、素直でかわいらしい女の子に変えてしまう風邪もいいものだ。

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