取られた手を引き抜こうとぶんぶん振り回すのに、馬鹿力は一向に緩む気配は無い。

    どころか気味の悪い笑顔で、

    「照れる必要はないんだよ」

    っときたもんだ。死ね!今すぐ死んでくれ!

    「消えて下さい、二人とも」

    引っぺがされる勢いで体ごとあたしを抱え込んだ腕の主は、頬を押さえてぶつぶつ言

    ってる長男と、横取りだと騒いでる次男を自分の部屋の前から追い立てると、開きっ

    ぱなしの扉の奧に踏み行ってバタンと乱暴にドアを閉めた。

    「…あたしも消えるから放してもらえない?」

    抱きしめるように肩に回された腕が嬉しいと思うのは、近衛氏と恋愛したい自分がま

    だ死んでいないから。

    きっちり振られても、人間の心はそう簡単に切り替えられない。

    一月考えてたのよ、この人を自分の気持ちを。やっと結論出したのに玉砕して、その

    相手の腕の中で平静でいられるほど、あたし人生経験積んでない。

    「僕との話は君が一方的に答えを出しただけで、終わってない」

    一瞥をくれて有無を言わせずソファーにあたしを座らせた近衛氏は、その横に腰を下

    ろした。

    「向かいに行けばいいじゃない。どうしてここに座るのよ」

    バクバクしてる心臓を誤魔化す為、ふくれっ面で言ってみる。

    だだっ広い空間があるんだから、こんなに密着する必要はないはずでしょう?

    ましてや逃げようと必死だった相手の側にいてどうするよ。

    「言われっぱなしは好きじゃないんだ。近くにいないと君は逃げるだろう?」
    
    そう言って微笑んだ顔の裏には、気のせいじゃない邪さが山と見えた。

    さっきまで冷たい顔してあたしのこと突き放してたのに、大嗣兄ちゃんとくっつけよ

    うと聞きたくもない言葉を投げつけてきてたのに、いきなり初めて会った頃の近衛氏

    に戻るなんて、どうしちゃったの?

    からかうような表情は確かにもう一度見たかった彼の顔だけど、冷たいあんたが消え

    た理由がわかんない。

    「逃げたっていいじゃん。そうしてもらおうとあんな事言ってたんでしょ」

    近衛氏の真意を測りかねてるあたしには、この豹変ぶりがどうしてもわからなかった。

    「そうだね、あの時は君が僕に愛想尽かすよう話してたから。と言うよりはあれが僕

     の本来のしゃべり方なんだけど」

    …随分物騒な物言いすんのね、あんたって人は。皮肉屋って項目も付け加えないとい

    けないわけだ。

    「大嗣兄さんと結婚した方が幸せになれると思わない?」

    微笑みながら優しく諭すように言う近衛氏は、目が笑ってなくて怖い。

    どう答えて欲しいのかね、この男は。

    「人見下した高慢ちきさんと一緒にいて、幸せだーって感じる人がいたらすごいよね」

    微笑み返し、嫌みのスパイス付きで。

    あたしはバカにされて一生を終えるなんてまっぴらよ。

    「それなら将彦兄さんは?ふざけた人だけど、女性には優しいよ」

    今度は次男かよ…。しかも自分でふざけた言っといて進めますかね、普通。

    「世界中の女性に優しい人と結婚できるほど心が広くないんで」

    浮気性のダンナはもっといらないっての。

    随分なお勧め物件を並べ立ててた彼だけど、お断り申し上げた時点でうーんと少し考

    え込んだ。

    他にもいるんですか、あたしの婿さん候補は。

    「僕は君にあげられるものが何もない。大嗣兄さんは長男だからこの家と会社がつい

     てくるし、将彦兄さんは毎日甘い言葉と望めば薔薇の花だって贈ってくれそうな人

     だ。それでも僕を選ぶ?会長なら別の人を捜してくれるかもしれなくても」

    ああ、上二人の方がお買い得だと言いたい訳ね。

    比較対象が間違ってることはさておいて、近衛氏の態度は変に卑屈だった。

    いつも自信満々のくせに、兄達にあるものを持っていない自分を卑下してるって感じ

    で、過去に何かあったんじゃないかと勘ぐりたくなる。

    「家はお祖父ちゃんがあそこをくれるって言うから間に合ってるし、会社もあたしと

     お姉ちゃんのものなんだって。甘い言葉は毎日もらったらありがたみが無いし、花

     は望めば近衛氏だって買ってくれるでしょ?お祖父ちゃんがいくらお金持ってても

     あたし好みの顔して、そこそこの家柄の男はあなたぐらいのものだと思うんだけど

     本人があたしじゃイヤだって言うなら他に見繕わないとね」

    「…そう、君は何もかも彼女とは違うんだ」

    そっとあたしの髪に手を置いた近衛氏は、見てるこっちが切なくなるような瞳をして

    秘密の一つを吐き出した。

    別の人、あたしを試しながら重ねていたに違いない彼の中の誰か。

    「君は僕が今まで会った女性の中では、一番純粋なんだろうな。年や持っている物の

     大きさのせいもあるんだろうけど、気持ちだけで動いてる。結婚するなら全てを持

     ってる長男の方がいいとか、次男でも三男よりは手に入る物が多いなんて計算をし

     ないんだよね」

    「そう言われたことあるの?」

    「4年付き合った恋人にね、大嗣兄さんに会わせたその日に」

    それはまた豪快な女の人だねぇ…。切り替えの早さが尋常じゃない。

    近衛氏ならそんな人切って捨てるような気もするんだけど、そうはいかなかったみた

    いで、歪んだ表情が今も忘れられないって教えてくれた。

    「彼女と結婚したいと両親に話すつもりで家に連れてきたんだ。嫌いになれれば良か

     ったのにいい思い出ばかりが残っていて忘れることができない。2年も経つのにね」

    自嘲気味に上がった唇で、あたしは更に手ひどく振られたことを知る。

    そっか、だから恋にはならないって言われたのね。

    違う人に恋してる心が、こっちを向くはずないんだもん。時間が経っても変わらなか

    った気持ちが、ひどい事されても忘れられない想いが、別の恋にすり替わる筈がない。

    玉砕なら一度が良かったな。二度はダメージ大きくてつらいじゃない。

    「始めからそう言ってくれたらよかったのに」

    胸が、石でも抱え込んだように重くて苦しかったけど、あたしは笑った。

    切なくてこぼれ落ちそうな涙も決壊させるタイミングじゃないって必死に我慢して。

    なによねー、最初から全然望みは無かったんじゃない。

    頑張ればあたしの物になるかも知れないなんて家まで押しかけて、格好悪いったらな

    いわ。せめて最後くらい格好つけなくちゃやてらんなわよ。

    「実らない恋なんて追いかけないから安心して。上二人もね、好みじゃないけどいい

     ところの一つくらいなら見つけられるでしょ。大嗣さんから傲慢さが消えるなら充

     分お婿候補としていけてるし、近衛氏じゃなくてもおば様やお祖父ちゃんの願いは

     叶えてあげられるもん」

    「諦めちゃうの?」

    強がり半分本音半分で息巻いてた声を、からかいを含んだ彼の声が受けた。

    それ以外どうしろって言うのよね、この男は。

    人の精一杯の強がりをどの面下げてちゃかすんだって一瞥をくれた近衛氏は、馴染み

    の極悪人スマイルであたしを見上げてる。

    さっきまでの深刻さは微塵も感じさせないその顔ったら…まったく、読めない男。

    「君なら僕を裏切ることはない気がするんだ。極悪人でサドで人いじめて楽しむのが

     趣味な男が好きなんだよね?」

    「リピートすんじゃない!むかつく記憶力の良さね。好きだなんて言ってないでしょ」

    どうして真面目な会話のまま終われないのよ〜。あたしがあんたを諦めなかったら、

    不毛な恋愛の堂々巡りになっちゃうじゃない。

    一生報われない片思いなんざ、したくないっての。

    「なかなか心揺さぶられる告白だったよ。君となら新しい恋が始められるんじゃない

     かと思うくらいに」

    聞いちゃいないし人の話…。

    って…え、ふざけてんじゃないの?あたしと恋する気になったの?

    半信半疑でまじまじと眺めた近衛氏の表情は相変わらず全然読めなかったけど、信じ

    ていいかな、ううん信じたい。

    失恋より前向きな片思いの方が希望があるもの。

    「ホントに真面目に、あたしと恋愛する気あるの?」
 
    それでも疑っちゃうのは、致し方ないでしょ。

    恐る恐る聞いてみたらば、近衛氏は綺麗な手を差し出してきた。

    「改めてよろしくね、早希」

    小首を傾げて天使の微笑み。

    ああ、いいわ!その顔やっぱし好み!

    餌に釣られる魚みたいにうっかり手を取ろうとしたあたしって、やっぱりバカ。

    救いようのないバカ。

    「まあ、君次第だって心得といて。不要になったら即兄さん達に下げ渡すから」

    綺麗な顔した悪魔はやっぱり健在でした…。

    ちょっとでもしんみりしたなんて、エライ間抜け。めちゃくちゃ愚か。

    考え直したいなぁ…もう遅いかなぁ…。
 


 
 
 
 
HOME         NOVELTOP      NEXT…?
 
 
        ものすごい難産でした…。もう書けないかと思った。
 
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送