2:変わる所と変わらない心

帰国日時など、私の自由でいくらでも変更はきいたのだけれど。
『予定は動かせないのよ』
うそぶいて、わざわざ彼が演奏会を開く当日、留学を切り上げた。
それっきり。
音楽学校で仲良くなった数人とメールを交わすことはあっても、ルカとはない。
電話で話すことも、カードを送ることも、彼とだけはしない、できない。
だって私、ルカに連絡を先を聞かなかったのだもの。もちろん彼だって私の事について何一つ訪ねなかったわ。
『…どうやって私の家を知ったの?』
それだけに突然届いたプレゼントは、私を心底驚かせた。
広い楽屋の中、ジャケットを脱いで胸元を寛げたルカは、チラリとこちらに視線をくれると内緒と笑う。
『男は謎めいてる方がときめくんでしょ?』
『…ああ、そうね』
いつだったかパブで盛り上がった仲間と、そんな話をしたことがあった気がしてきたわ。けれど今使うのはTPOとして 間違ってると思うの。
くすくす随分楽しそうな天才様のハイテンションに呆れて、深い深い溜息を吐くと控えめに袖口が引かれた。
「歌織さん、これ渡さなくちゃ」
突然現れたルカに強引に楽屋まで案内されたからつい、本題を忘れちゃってたわね。
ここにいることが信じられないって顔をした早希ちゃんから大きな花束を受け取って、私は目的を果たしてさっさと退散 するため立ち上がる。
一歩前に進み出て、椅子に体を預けている彼に白々しいほどの恭しさでそれを押しつけると、社交の場ではすっかりお馴染 みとなっている愛想笑いをおまけに。
『チケットをありがとう。素晴らしいコンサートでしたわ』
訝しげに眉をひそめたルカは知らない。私が日本ではそこそこの家柄とお金を持った家に属していることを。音楽家の卵 たちが欲しているパトロンになれる側の人間であることを。
『…なんだか、君が知らない人に見えるよ』
受け取った花に半分顔を埋めて、彼は私の中に違う誰かを捜しているようだった。
そうね。ここ(・・)にいる近衛歌織は、履き古したジーンズとスニ ーカーがお気に入りで、大抵寝不足のすっぴん、髪が跳ねたまま平気で学校に行ってしまうような女ではない。
ブランドもののスーツを着てハイヒールを鳴らし、皮肉と毒舌ばかりが口をつく鼻持ちならない女。
彼の知らない私。
『女もね、謎めいている方が魅力的なのよ』
少し前のルカの言葉を文字って、逃げた。
これ以上、知り合いたくないのだもの。どうせ敵わないライバルなら、どうせ叶わない恋ならば、関わってはいけない。
訝しむ視線など見ぬふりで、早希ちゃんに握手とサインをプレゼントして貰うとさっさと扉を押し開いた。
『エージェントが組んだ予定を邪魔したら、悪いもの』
マスコミもスポンサーも彼が音楽活動をしていく上で、上手に利用しなければいけない人種。
何か言いたそうな顔にひらり、掌を振って。
浮かんだのは遠い異国の地、帰り際に決まって彼が口にした言葉。
仲間はみんな、真似たわね。
『チャオ』
好きだから。
また、お別れ。





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