冬枯れ、突然、来訪者。


マフラーに冷たくなった鼻先を潜らせて、蜜は足早に通学路を外れ通い慣れた家の門を潜った。
一歩踏み出した2人の関係に変化があったのだとすれば、それは寒い日、庭に回らなくなったことだろう。
いつも開けっ放しで、ベニヤに磨りガラスをはめ込んだような防犯性ゼロの玄関引き戸を、少女は迷い無く開く。
お邪魔します。
そんな風に小さな声をかけて、平屋で壁の薄い家の中ならこれで充分な到着を秋夜に告げて上がるのだけれど、今日はなん となく様子が違った。
常ならばすぐ、秋夜の間伸びた返答が迎えてくれるのに、届くのは聞き慣れない女性との会話なのだ。
鼓動が急に早くなって、蜜はぎゅっとダッフルの胸元を掴む。
この家に通うようになって長いけれど、彼女が女性客と鉢合わせたのは初めてのこと。
(出版社の…人?お友達か…どっちにしても、邪魔…?)
どこからどう見ても中学生でしかない蜜の、それは密かな悩みでもあった。
29才と14才。横たわる年の差は如何ともしがたく、どんなに好き合っていても周囲の目は好奇と偏見に充ち満ちていて。
秋夜は平気だよと笑ってくれるけれど、彼女だって平気ですと笑うけれど、人目を憚る関係であることに変わりないから、 自然会うのはこの家だけになっていた。
だから、客がいるなら遠慮しなければと、蜜はとっさに思ったのだ。
脱ぎかけた靴をはき直してそっと回れ右をする肩を引き留められなければ、今日は帰ってしまうところ。
「帰っちゃうの?」
振り返ると、心配だと顔に書いた秋夜が立っていた。
「あ、お客さん、いるから」
思わず知らず声をひそめた蜜は、自分の卑屈さがイヤで顔を顰める。
けれどそれは、誤解を生んだ。
「ごめん。気分を悪くさせちゃったね。蜜さんがいない間に、女の人を部屋に上げて」
「え、違う。そんなの、全然気にしてない」
申し訳なさそうにする彼に、急いで否定したことこそ他意はなかったのだが、その素早い反応に秋夜はなんとも複雑に 微笑みを歪めた。
「気にしてない…そうか、気にしてないか…それはそれで、なんというか男として寂しい、かな」
恋人だから、ヤキモチくらいはね。
ぼそりと零れた本音に、あっと蜜は小さな声を上げる。
「…妬いてます、いっぱい。でも、子供にだって、プライドくらいあるんです」
頬を膨らませてついっと横を向いた彼女は、耳まで真っ赤になっていた。
その仕草は子供っぽくて、けれど拗ねてみせるなんて女そのもので、秋夜の胸を甘い痛みが満たしていく。
恋の駆け引きなんて知りもしない少女が、本能でやってのける誘惑に抵抗できるほど、彼は枯れていない。
けれど、大人と子供、明確な境界を一足飛びにできるほど、彼の理性は脆くもない。
永い永い、2人の未来のためならば、本能など鎖で縛って封印できるほど、秋夜は蜜が好きなのだ。
「嬉しいよ。蜜さんが僕のことでいっぱいになるなら、それが嫉妬って感情でも、嬉しい」
今はまだ、髪に触れることすら躊躇われるけれど、彼は少女の頭をふわりと撫でて微笑んだ。
損ねてしまった機嫌が直るまで根気よく、何度も何度も撫でていく。
「…こんな気持ち、隠しておきたかったのに。なんともないって、言えたらいいのに」
悔しいと、噛んだ唇の赤さは奇妙なほど鮮明で。
「そんな蜜さんなら、僕は好きになっていない」
素直で正直なあなただから愛しいのだと、熟れた唇にそっと触れる。
これ以上踏み込めない自分が、もどかしくて誇らしい。
まだ汚してはならない少女。いつか汚すだろう少女。
緩やかで穏やかな恋こそ、この関係には望ましいから。
弾かれたように秋夜を注視した瞳が、ゆるゆると羞恥と歓喜に潤むのを確認して。
「さ、上がって。紹介したい人が来ているんだ」
小柄な蜜の膝ほどもある上がり框を手を貸して一息に引き上げると、質素な茶の間へと彼は手を繋いで導いた。
古風なちゃぶ台の前、おひな様のように行儀良く並んだ男女が、にこにこ笑って遠慮がちに畳を踏んだ蜜を見ている。
男は秋夜を若くしたような綺麗な顔立ちをして、柔らかで暖かみのある空気を醸し出していた。
女はどこか見覚えのあるエキゾチックな顔立ちの美人で、なのに気取った風もない砕けた雰囲気でいる。
2人とも楽しそうで嬉しそうで、目が合った瞬間硬直した体はそんな様子に引き摺られるよう、緊張が解けて。
「始めまして、秋夜の弟の夏来です。彼女は僕の婚約者でハルカ。今度結婚するから挨拶に来たんですが、よければ蜜 ちゃんもお式に出席しませんか?」
「え?ええ?」
「気楽なレストランウエディングなの。おいしいご飯を食べるついでだと思って、是非来て」
「わ、私?」
動揺する蜜の掌を、繋いだ指でそっと落ち着かせた秋夜は、見上げてくる困惑顔に微笑んで促した。
「はいって返事をしちゃいなさい。綺麗なお嫁さん、見たいでしょ?可愛いドレスも着られるよ」
(そんな魅力的なお誘いをお断りできる女の子、いるわけないのに)
呑気なことを言ってのける秋夜を少し恨めしく思ったりもしたけれど、いたずらっ子みたいな彼に乗せられてもしまって。
「はい。おめでとうございます」
遅れた祝辞と共に、蜜はワクワクしながら応を伝えた。

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