京介の複雑でもなんでもない心境2
 
 
         改札を出て、すぐに見つけた小柄な少女は、危険極まりない無防備さで中空を見つめていた。
 
         アレはあかん。ナンパ待ちしとるようにしか見えんやないか。
 
         言うてる端から、数人の高校生が凪子を見つけてよからぬ相談かましとるし、早よ行って保護
 
         せな。
 
         「なーぎーこーちゃん!」
 
         軽く肩を叩いたつもりが、つんのめるようにへたり込んだ凪子を見て凍り付く。
 
         うわっ、つい力んでまったか。
 
         「わ、悪い!俺そんなに力入れたつもりはなかってんけど…。どっか痛いとこないか?」
 
         慌ててまくし立てると、見上げてきた少女の顔は見る間に赤く染まり、うっすらと涙をためて
 
         小さく、
 
         「立たせて…」
 
         演技やったらオスカーもんや。一瞬連れ込めるホテルはないか、捜してしもうたやないか。
 
         ええなぁ、この感じ。なんちゅうんか、新鮮で。
 
         邪な自分を、手を繋ぐなんていう小学生みたいな触れ合いで誤魔化して、子羊ちゃんと交渉で
 
         きる静かな喫茶店を選んで入った。
 
         こうなりゃ意地もある、なんとかカレシの座に着いて、うぶなお嬢ちゃんに大人の付き合いい
 
         うのを教えたらな。せっかく初めては経験豊富な男て、ご指名もろうたんやし。
 
         ところが意外にも、凪子の方から彼女にして欲しいなんて言われたさかい、嬉しなってお付き
 
         合いファーストステップを提示したんやが…。
 
         「それのどこがデートだ!」
 
         …ナイスつっこみ。乾いた音さして、俺の頭吹き飛んだかと疑ってしまったわ。
 
         あかんかったんかな、デート言うたらホテルちゃうんか?
 
         飲んでやって、歌ってやって、メシ食うてやって…ちゃう?
 
         第一印象と打って変わった活発な凪子は、なんと遊園地や動物園で遊びたい言う。
 
         少ーし予定が狂うてきたで、ほわほわした女子高生こっちの思い通りに動かすんはわけないは
 
         ずやったのに、今更俺が健全コースで満足せい諭されるとは。
 
         んん、難しな。どないやろ、お子様に付き合うんか?面倒やけどこの子とおると楽しいしな、
 
         しかし家族連れが多い場所行くんはなぁ、なんもでけんやろ。
 
         「なぁ、キスもしたらあかんの?それっくらいはええやろ?」
 
         こうなったら物陰でも、お化け屋敷でもかまわん。一度意識飛ばしたら、速攻連れ込めばこっ
 
         ちのもんや!
 
         不埒な考えは、見事なストレートパンチで封じられた。顔狙わんかったのは、凪子が俺の外見
 
         に惚れとる証拠なんやろ、複雑…。
 
         結局初デートは水族館…家族連れぎょうさんおる休日のにぎわいどこ。
 
         連日メールで意思確認しても、お嬢ちゃんの気は変わらんかった。どころか返事もよこさんよ
 
         うになるし、フォローに一苦労や。
 
         けど、大抵の女にけなされた愛車セブンをにっこり笑ろうて「動けばいい」と言われた俺の機
 
         嫌は上々、その気分のまんまじゃれついて、終いには泣かしてしもた。
 
         おっきな目から際限なく零れる雫は、宝石にも似て。
 
         打算のない涙、計算のない笑顔、そのどれも久しくお目にかかったことのない代物で。
 
         ふざけ半分だった己を、深く反省させられた。こないええ加減な男に、全部預けるつもりでお
 
         る凪子を受け止めるだけの覚悟、あったんか?
 
         付き合うとも言えんような関係を山のように築いたかて、そんないわれのない自信ではこの子
 
         に幸せな顔させることでけんのやないか?
 
         だから、腕の中の温もりに誓った。ちゃんと凪子を見て恋愛するから、そんな努力するから待
 
         っとってな?
 
         拷問にも近いやろと予想した健全デートの日々は、思いの外楽しかった。
 
         「北条さん、次アレ!」
 
         指さされた先にあるんは恐怖のコースター。
 
         遊具ごときがバイク並みのスピードで疾走した挙げ句、ビル5階分に匹敵する高さから落下て、
 
         俺は自殺希望ちゃうぞ!
 
         「凪子、ちょい待って」
 
         絶え間なく絶叫マシーンの間を引っ張り回されて、体力の限界が近い。
 
         手近なベンチにドカリと腰を据えると、ため息を隠すんには最適な煙草に火をつけた。
 
         休まな、繊細な俺の三半規管がストライキを起こしそうや。
 
         「…ごめんね、はしゃぎ過ぎた?」
 
         長々と白煙を吐き出すのに、しょげた顔で凪子が聞いてくる。
 
         一緒に過ごすようになってわかったこと、この子は意外に気にしぃなんや。ストレートな感情
 
         をぶつけた後、はっと我に返って顔色伺ってくる。
 
         そん時見せるちっちゃい子の表情が、かわええんやけど同時に仄かな不安を匂わせた。
 
         なにに怯えとる?無邪気に人を信用できんのは、きっと原因があるはずや。
 
         安心させてやりとうて、抱きしめたくなる手をポケットに突っ込んで自制すると俺は首を振っ
 
         て見せた。
 
         あかん、手ぇださん約束やないか。
 
         「喜んでもらえんのは嬉しいんやけど、おいちゃんには厳しい乗り物が多いからな」
 
         「え、どれが?回るやつ、それとも落ちるやつ?」
 
         「全部。せや、あんなんどうや」
 
         元気な女子高生には刺激が足らんかな、思いつつ示して見たんは観覧車。
 
         一週15分、目を剥く恐怖の存在せん安寧への旅は凪子もお気に召したようで、勢いよく立ち
 
         上がると俺の腕をひっぱる。
 
         …ほんま、活きがええなぁ。
 
         「早く!あたしスケルトンに乗りたい!」
 
         通常仕様のゴンドラに混じって、全面シースルーな存在はカップルが列を成す人気商品で確か
 
         に早めに並ばんとえらく待つはめになりそうやった。
 
         苦笑しつつ煙草をもみ消すと、どこへ飛んでくかわからんカノジョの手をしっかり握って最後
 
         尾につける。
 
         …カノジョ?俺今カノジョと認識したか?
 
         怒濤の水族館から1週間、放課後、週末、暇を見つけては一緒におるが、そういった意味では
 
         まったく触れあっとらん相手を付きおうとると。
 
         期待に満ちた表情で、グルグル回る観覧車を見上げる凪子は幼い。女言うより、妹や娘の方が
 
         表現としてはしっくりくる。
 
         押し倒すんは、はばかられるが、何もせんのは不健全な気ぃもした。
 
         肉親に肉欲は感じたらあかんやろ…ちゅうことはやっぱし、この子が好き、なんやな。
 
         天啓のように降りてきた感情は、ごく自然に染みこんでなんとも清々し気分になった俺は艶や
 
         かな髪にそっと触れる。
 
         いや、ホッとしたわ。自分にもまだ、純粋な感情が残ってたんやなぁ。
 
         「北条さん?」
 
         意味不明な行動に、訝しげな表情を寄越した少女に微笑みかけると、もうしばらくは待ちそう
 
         なスケルトンを見上げた。
 
 
 
闇の正面  闇小説  
 
 
           空白のデート期間、ちょこっとだけ書いてみた。  
           ホントにちょこっと。          
 
         
 
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