8.
 
 
        泣き落としで北条さんを黙らせて、ご機嫌でコンビニ弁当を食べてたあたしを非難がましく見
 
        つめる目がある。
 
        でも、でも明るいうちからはやめようってば。初心者にそれはきついんだから。
 
        「何も食べなくて平気?」
 
        無言でコーヒーをすする彼に、取り上げたサンドイッチを掲げてみせると素っ気なく首を振ら
 
        れてしまった。
 
        もう、あんな事くらいでいつまでもすねないでよ。
 
        思わず頬を膨らますのに、北条さんはまだうじうじと何事か呟いてる。
 
        「やってな、男は食欲より性欲やんか?パン食うてるより彼女にかぶりついた方がうまいっち
 
         ゅーねん。それをまあ、凪子さんときたら欠食児童よろしくバクバクがっついてからに…カ
 
         レシの前やし少しはかーいらしく、『もう食べれなーい』とか言うてみたらどうやねん」
 
        「そんな北条さん好みのこと言ったら襲われるじゃない」
 
        今朝もそうだったけど、最近はあたしだって勉強したんだから。
 
        少しでも隙を見せたら襲ってくる人にわざわざ餌をちらつかせるバカはいないの。
 
        「ええやん、ベタつくんがカップルや!!」
 
        「はいはい」
 
        どう足掻いても『やりたい』って発想から彼を引っ張り出すことは無理なんです。
 
        納得しちゃえば相手をするのもバカらしい。発情中の北条さんを放って僅かに残ったサラダを
 
        片づけると、あたしはサンドイッチを牛乳で流し込んだ。
 
        「…エッチして冷たくなんのは男の専売特許なんちゃうの?」
 
        「人それぞれ」
 
        無下に言い放ってみたけれど、あたしだってできることなら甘々な雰囲気に浸ってたいのよ。
 
        でも、今の北条さんにくっつくなんてできる訳無いじゃない。
 
        べったり張り付いていたいけど、裸でって意味じゃないんだからね。
      
        「抱っこして欲しいだけなのに…」
 
        上目遣いに見やった効果は抜群だった。
 
        でれって目尻を下げた北条さんが大きく手を広げて、おいでってあたしを呼ぶの。
 
        行きたい、けど確認をとらないと行けない。やっかいな男。
 
        「なんにもしない?」
 
        ここで必要なのは演出よ。
 
        できるだけ憐れっぽく、アクビ押し殺して涙目になったりしたら完璧ね。
 
        「せえへん、誓こうてもええ。凪子に泣かれんのめっちゃ弱いねんから」
 
        はい、成功。
 
        困ったように寄せられた眉が、北条さんが敗北した証拠なの。あたしが本気でお願いしたら結
 
        局折れちゃうんだから、さっきもこの手で彼を丸め込んだんだ。
 
        内心上機嫌で、表面は恐る恐る北条さんの膝まで辿り着いあたしは、背中に伝わる温もりに自
 
        然と頬がゆるんでしまった。
 
        こういうの、やりたかったんだよね。これまでは照れがあって近づけなかった後一歩を縮めて
 
        みる、そんな触れあい。
 
        包み込むように回された腕が気持ちよくて、くすくす笑うと頭のてっぺんにキスが一つ落ちて
 
        きた。
 
        「かわえーなー、凪子はほんまアホでかわええ」
 
        …声が不穏なんだけど…。ってか、アホって何?
 
        「北条さん?…ちょ、放して…!」
 
        緩やかなはずの腕が、頑丈な檻のようにあたしを逃がさないと知った時は遅かった。
 
        「二度も同じ手にひっかかるかい。お前の猿芝居くらいお見通しや」
 
        「ひどーい!放してってば」
 
        「いーやーやー」
 
        不気味に笑う北条さんに、己の愚かさを責めたって始まらない。
 
        怪しく這い回る手からの脱出をはかって虚しい努力が続く中、無駄だと知りつつも助けを求め
 
        ちゃう。
 
        「ま、冗談はさておき」
 
        拍子抜けなくらい、あっけなく止まった北条さんの手はふわりとあたしを抱きしめると一つた
 
        め息を落とした。
 
        「な…に?」
 
        にわかには信じられなくて見上げれば、彼は微笑んで頬にキスをして。
 
        「それどころやないしな。凪子が無事に家に帰るには、あのガキのこと片づけな」
 
        「忘れてたぁ…大問題だね」
 
        「ん。あんまし抵抗すんでおもろくて構ったけど、凪子が嫌がることはせーへんよ」
 
        うー、その辺は怪しいんだけど…取り敢えず雅樹君が先。
 
        心おきなくじゃれ合う(?)ためにも問題解決が優先だから。
 
        「一度ちゃんと話したいんだけど、叔母さん達いるとやりづらい」
 
        「両親前に殴る蹴るはでけんしな」
 
        いっそ呼び出しちゃおうかな、なんて考えを読んだようになる玄関チャイムは、ビクリとあた
 
        しの体を反応させたのに、頭上の北条さんは来たかってのんびり声なんだよね。
 
        企んだ…?
 
        「ご名答」
 
        ちろりと送った視線に気付いて彼は笑うと、回した腕に力を込めた。
 
        「面倒はいややから、呼んでみた。ここなら邪魔入らんし気になるようなら凪子は奧の部屋に
 
         隠れとき」
 
        「…いる」
 
        ここまで来て逃げられないでしょ。
 
        不意打ちの策士様はあたしの返事に僅かに眉を上げると、体をずらして立ち上がり飄々と玄関
 
        に向かう。
 
        気が重い…でも、頑張れあたし。
 
 
 
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