6.
 
 
        繰り返されるキスとあやすように背中を行き来する手の温もりに、雅樹君の行為が少しも重な
 
        らないのが不思議だった。
 
        あらがえないくらい強く抱き締める腕の力は北条さんの方が上だし、口腔を蹂躙する舌だって
 
        よっぽど強引なのに、全身を凍らせるような嫌悪感が襲ってこない。
 
        好きだと、熱を帯びた声が繰り返すたび体の奧で火が灯る。
 
        「…どこや?」
 
        半ば思考を放棄した脳を揺り起こすように、離れた唇が耳元で囁きかける。
 
        「み…みと、首…」
 
        浮かされるように発した声に導かれて、北条さんの指が舌が、雅樹君の残した湿った感触を塗
 
        り替えた。
 
        甘くかまれた耳朶も、そっとなぞられた首筋も、おかしくなりそうな快感だけを残していく。
 
        いつもならくすぐったくて我慢できないのに、敏感になりすぎた体は小刻みに跳ね上がりなが
 
        ら徐々に理性を溶かしていった。
 
        「あっ…ん、やぁ…!」
 
        いつの間にか素肌に潜り込んだ指が胸をまさぐっている。
 
        押さえ切れなかったあえぎが唇の端から漏れて、自分のものじゃないような甘い声に、押しや
 
        られてた羞恥がものすごい勢いで駆け戻ってきた。
 
        やだ、こんな声北条さんに聞かれたくない!
 
        反射的に唇を噛んで声を殺そうとしたのに、見計らったように柔らかな唇が覆い被さってくる。
 
        「ん……んっ!」
 
        進入した舌は上あごを擦り、押しのけようと肩を押した腕はソファーに縫い止められた。
 
        「噛んだらだめやろ…唇が切れる」
 
        顔を上げた北条さんが暗くくすんだ目で、あたしを見下ろしていた。
 
        いつの間にか体はソファーに倒れ込み、きつく閉じていたまぶたのせいで視界はぼんやり霞ん
 
        でいる。
 
        短く浅い呼吸を繰り返しながら、眩しい照明にさらされた自分が彼の瞳にどう映っているのか
 
        不安でならなかった。
 
        「…襲われかけて泣いてたのに…気持ちよくて変な声出しちゃうなんて、あたし変…」
 
        ホントはエッチだって思われたらどうしよう…こんなことするの初めてなのにおかしいって思
 
        われたら、嫌われるのは絶対いや。
 
        「アホやなぁ、凪子が気持ちようなっとるなら、俺はサイコー嬉しいんやで」
 
        顔中にキスの雨を降らせながら北条さんは笑った。
 
        「好きな女が自分の下で喘いでる、それだけで自信つくやん」
 
        そんなもんなの?あたしあんな風でいいの?
 
        「せやから凪子…」
 
        首筋に顔を埋めながら、胸の頂きに触れた北条さんはビクリと体を震わすあたしに囁いた。
 
        「もっとええ声で鳴きい」
 
        「えっ…?あっ…やぁ…!」
 
        艶っぽい男の人の声を聞いたのは初めてで、グズグズに溶けてしまった脳はこれ以上の抵抗を
 
        する命令を放棄してしまった。
 
        後はもう、何が起きたのかよく覚えていない。
 
        恥ずかしいとか、怖いとか考える暇もなく翻弄されて、気付いたら入ったことのない寝室のベ
 
        ッドで間接照明が醸す淡い光の中呆然と横たわっていた。
 
        「ほう…じょう…さん?」
 
        ダブルサイズはあるであろう広いベッドには、自分以外の人影がない。
 
        身につけるものは全て剥ぎ取られていて、クーラーの風が少し寒いくらいだったけど、指一本
 
        動かすのも億劫で首の巡る範囲で唯一頼れる人を捜す。
 
        「気ぃついたか?」
 
        足下の方から響いた優しい声に目をやって、薄闇の中淡く浮かぶ全裸の体に慌てて顔を背けた。
 
        どうしてなんにも着てないのよ…いや、あたしも着てないけどそれにしても…?
 
        ポスンと隣に沈み込んだ温もりはイヤでも素肌に触れるほどの近さで、恥ずかしいってよりパ
 
        ニックを起こしそう。
 
        いつの間にこんな事になってたの?これからって、もしかして?それとももう…?
 
        「なんや、考え取ることが丸わかりやな」
 
        くすくす笑いながら腕の中にあたしを閉じこめた北条さんは、ひとしきり髪を撫でた後、急に
 
        雰囲気を変えた。
 
        そう、見えなくてもわかるくらい緊張が空気を重くする。
 
        「…どうしたの?」
 
        不安になって顔を上げると、いつになく真剣な目をした彼は言いにくそうに顔をしかめ、少し
 
        の間を置いて口を開いた。
 
        「俺ひどいことしとるよな、なんや凪子の弱みにつけ込んでここへ連れ込んだ気ぃしてきた」
 
        「…来たのはあたしじゃない」
 
        北条さんは無理強いなんてしてない、止めようとしたあなたの背中を押したのはあたし。
 
        「やめるんやったら今言うてな。ここでなら止まるし」
 
        二人とも裸で?ベッドもほどよい暗闇もある正にうってつけの雰囲気で?
 
        「いつかはって、きっと遠くないなって思ってたよ?平気」
 
        恐怖よりも好奇心が勝っちゃったんだよね。この先何があるのかなって。
 
        知識で知ってても、体験してみたい。相手が北条さんなら後悔もしない。
 
        あたしの気持ちが届くようにと精一杯微笑んで見せたのに答えて、くるりと体を入れ替えた北
 
        条さんは、素肌にそっと手を這わせた。
 
        「待ったはきかんからな…」
 
        優しく激しく触れながら、冷めた熱を呼び起こされて再び霞んだ世界へ舞い戻ったあたしは、
 
        自分の好奇心を大層後悔することになる。
 
        「…いった!!…やー、痛い!!」
 
        引きつるような痛みの襲来。
 
        先程までのたゆとう快感とは真逆の激痛は、体を引き裂かれるんじゃないかと錯覚を起こした。
 
        「…っ力抜き、凪子…」
 
        遠くで聞こえる北条さんの声も無力で、ずり上がる事で逃げようにも押さえつけられた肩がそ
 
        れを許さない。
 
        なんでこんなもの体験しようと思ったかな…拷問?
 
        「いや、やだ痛い…!んっ…」
 
        叫び声は唇に奪われる。食いしばった歯列を割るように蠢く舌に答えることもできず、たたひ
 
        たすらに忍耐の一文字だったあたしの体から力が抜けることはない。
 
        人間痛いと無意識に力が入るのよ。抜けって言われて抜けるもんじゃない。
 
        「好きや…凪子。ごめんな…ごめん…」
 
        チカチカする意識に引っかかったのは、苦しげにも聞こえる北条さんの謝罪だった。
 
        重なる体から鼓動が伝わる、きつく爪を立てていたのは彼の肩で、手を開いてそっと触れれば
 
        はっきりと爪の跡が感じられる。
 
        痛みを感じてるのはあたしなのに、自分の方がよっぽど痛そうにして…ずっと謝っていて。
 
        「好きや…愛してる…」
 
        甘い囁きにふわりと力が抜けた。
 
        「…あたしも…好き…」
 
        だから、こんなに痛いのかもね。
 
        絶対耐えられる相手とじゃなきゃ、ここまで来れないように体がなってるんだ。
 
        きつく抱きしめ合いながら、そんな事を考えていた。
 
 
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