35.

「そうそ、忘れてたんやけど、お正月前に住吉さんで英介と真彩さんの結婚式するし」
すっごく大事なんじゃないでしょうか、それ。
て言えなかったのは口の中が朝ご飯で一杯だったから。
「なんじゃそれ…」
代わりに隣の北条さんが、呆然と呟いていたけど。心なしか肩も落ちちゃって、なんか疲れてる風なのがイヤに共感 できちゃうなぁ。お母さんの楽しそうな様子見ちゃうと余計に、ね。
だけど、不思議なことにこの発言に驚いているのはあたしたち東京組だけじゃなかったの。なんでだか、お父さんや 英介さん、聡介まで目が点なのよ。どして?
「春美…それは忘れたらいかんのやないか?」
「お母さん、理由も話さんと凪子を連れてきたんですか…」
「なんや、京兄がかわいそになってきた…そら血相変えて飛んでくるわな」
一斉に同情の視線を向けられて、そうだろそうだろって調子になるのかなと思ったんだけど、北条さんは予想に反して 苦笑いをするとため息をひとつ。
「慣れてるて。そりゃ内容には驚いたけどな、おかんが凪子を連れ去るて行為自体はさして珍しくもないし。兄貴かて 真彩さんが急におらんようになって、それがおかんの仕業やったらどっか落ち着いてるやろ?」
「まあ…なあ」
と、笑みを交わせちゃうのは日頃の現実とお母さんの性格の為せる技だよねぇ。
確かにあたし説明なく連れてこられたけど、さして困ったりしなかったんだ。そりゃ驚いたけど、にこにこ楽しそうな 顔見てると危機感喪失っていうのか何とかなるなるって楽天的に考えられて、北条さんは怒るかなぁとか、思いはした けど、うん。
なんて、物思いに沈んでるところに聞こえたのは、全く変わらない朗らかな声で。
「あら、京介には話してへんかったけど、凪ちゃんにはお式に出てねて、お願いたえ?」
………え?…え、ええぇ?!
「私も聞いてた。凪ちゃん、お母さんにもちろんて、言うたよね?」
………う?…う、ううぅ、うん!言った、言ったねなんか、思い出しちゃったかも!
ついてまだ間もない頃、お家の大きさとか飲み込めない事態に呆然として話聞いてなくて、適当に打った相づちが 『もちろん』だった気がする。
あれって、これだったんだ!そっか、そうかぁ。英介さんと真彩さんの馴れ初め聞く方に興味が行っちゃってたから、 綺麗に忘れてた。
「言いましたねぇ、確かに。聞きましたね、あたし」
肯定しながら取りあえず笑って誤魔化したのを、ため息ひとつで理解した北条さんは、ま、どっちでもいいやって、 首を振るの。大事なのは、そこじゃないんだって。
「式だけやないんやろ?披露宴どこですんの。凪子も俺も平服しか持ってきとらんのやけど」
あ、そうか!一番大事なこと、なのに、そこ。主役じゃないとはいえ、そこそこのお洋服は着たい!
もちろんあたしの気持ちなんてすっかりお見通しの北条さんは、おろおろ見上げる頭をよしよしって撫でて落ち着けって 笑う。
「おかんが勝手に決めてるし、絶対」
呟くって風な声は、え?って聞き直す前に本人が答えをくれちゃって、
「あんたの事は知らんけど、凪ちゃんにはうちのお着物あげるから、心配せんで」
「わぁ、本当ですか?!あ、で、でも、すっごく高そうだし、汚したりせず無事に返せる自信が…」
一瞬喜んで、にこにこ頷き合ったけど、だめよ。あたしってばおっちょこちょいのうっかりだし、気がついたら高価な 着物におっきな染みとか…きゃーっ絶対無理!恐いっ!
でも怯えるあたしに、お母さんはにっこり笑うと、大丈夫よって。
「返さんで、ええの。あげるて言うたでしょ。それより若い時分のもんやから、古くさくてお嫌かしら」
と、急に心配そうな顔するの。
貰っちゃうなんて、悪い気がするんだけどすっかりその気みたいだし、ここで断る方がいけない感じ?
答えを求めて隣りに流した視線は、ちっちゃく頷く北条さんを認めて諦め含みの確信に変わる。
そうだよね、お母さん初めて会った時からお買い物に一緒に行こう、お金は出すから自分が決める服を着て欲しいって 言ってたもんね。北条さんに却下されて、諦めてたけど、もしかして?
「そんなことないです、是非着てみたい…」
「まぁぁ、本当?そしたらこれからどれがいいか着せ替えしましょ!真彩さんも一緒に、ね?ね?」
やっぱり…。思わず真彩さんと顔を見合わせちゃう。
だって目をキラキラさせたお母さんはすっかりその気で、今にも奥の間にあたし達を引っ張っていきそうな勢いなんだ もん。
まだ、ご飯食べ終わってないのに…。
「それは、明日な。取りあえず正確な日取りはいつなんや?」
いつもなら北条さんがこんな風に話しを遮ったりしたらきっと怒られる、そんな素っ気ない口調で彼は言ったのに、誰も 何も言わなかった。どころか、ナイスタイミングとばかりに話しをするする変えていくのだ。
お父さんも、英介さんも、聡介まで。
「2日後、リッツ・カールトンでな。急なことやったから、それほど招待客はおらん」
「目的は籍を入れることやし、課程は正直どうでもええ」
「英兄ってば鬼畜。ロマンの欠片もないな」
随分、さらっと流すんだね。っていうか、みんな慣れてる?
男の人達はともかく、お母さんまで、もうっとか言いながらさっさと諦めるんだもの。なにやらこれ、北条家の日常な 気がしてきたんだけど。
問いかけるよう見上げた先で、北条さんがちっちゃく頷く。
「せや。おかんが暴走した時はさりげなく話題転換が我が家の法律」
おっかしいやろって、うん、おかしいけど優しいね。頭ごなしに否定したり、きつく諫めたりすれば誰かがイヤな思い をするけれど、こんな風にすれば笑ったままでいられるもの。
さすが、北条さんを作ったお家だなって感心しきりのあたしの横で、だけど真彩さんにとってはちょっと可哀相な話題が 続いてるような…。
一生一度の結婚式なのに、あまりに男性陣が無頓着って言うか無神経って言うか、聞きようによっては腹が立っちゃうん だけど?
目玉焼きを不機嫌につつきながら彼女を伺うと、やっぱり嬉しそうには見えなくて知らず厳しい顔になる。
「あの、良いんですか?その、夢とかありますよね?」
お色直しなんていらないとか、できるだけ短時間ですませてさっさと新婚旅行に行くだとか、当事者無視した会話の隙間、 こそっと耳打ちすると彼女は大きく頷いた。
「もちろん。ほんまは体が完全に治るまで式なんて挙げたないのよ?けどセンセがどうしてもていわはるし、妥協に妥協を 重ねてギプスが取れた次の日で納得したの。白無垢もドレスも当日まで着られんし、あの調子で旅行先も勝手に決めら れてしまって、なんや今から先が思いやられるわ…」
可哀相…でも、2人の様子を見てるとこんな調子で流れてここへ着いちゃったんだろうな。
決して意志が弱くはなさそうなのに、惚れた弱みが押しに弱いのか、英介さんの思う通り操られている真彩さんがすこし 憐れ…。
「凪子やて、同しなのになぁ」
タイミングよく漏れ出でた北条さんの声は、聞かなかったことにする。
いっぱい思い当たる節があるんだもん。あたしも真彩さんとすっごい似てる運命を歩いちゃってる気がするけど、そんな ことないって信じてれば大丈夫。
「ね、北条さん」
きっと言いたいことわかるだろうなって微笑むと、彼はちょっと笑う。
「俺はあなたの言いなりですて。けど、譲れん時もあるからな?」
うっ…それ一生来ないといいな。ずーっと甘ったるいままの北条さんが良いな。
なんだか黒いオーラが見える笑顔に抱いた一抹の不安は、直後キレイに消え去った。
「京ちゃーん!お・は・よ♪」
「どあーっ!!やめい南々!!」
背後から美少女に抱きつかれてる北条さんは、弱みでいっぱいだもの。当分、あたしの方が立場が強いわ。
ちろっと冷たい目で見やった彼はマンガなら冷や汗が流れていそうな大ピンチで、むかついちゃってるぶん聡介が振った 提案は渡りに船。乗らない手はない。
「凪子、今日デートせえへん?」
「いいよ」
「待て、待て!」
「私らもデートしよ!」
人の悪い笑みを浮かべた聡介と、仏頂面のあたし。動揺しきりの北条さんと、嬉しそうな南々さん。
楽しくお出かけできるのは、どっちでしょう?


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