36.

ぷらぷらと、有名な道頓堀まで歩いてきたのはいいのだけれど。
「放せ、南々!」
「い・や。京ちゃん、諦め悪い」
一歩先の人並みで揺れるぺったりくっついた背中は、まるでバカップルみたいでむかつく。
口調や態度がちょっとくらいきつくても、結局北条さんは腕に巻き付く彼女を乱暴に引きはがしたりはできなくて、 そりゃあ、女の子をそんな風に扱う人なら好きになったりしないけど、でも。
あたしだけの場所に違う女の子が立ってるの、イヤなの。当たり前みたいに触ったりしないで、近づかないでって叫びたく なる。
「凪子、平気か?」
ひどい顔、しているだろうところを、気遣わしげな聡介に覗き込まれて、我に返った。
「ごめん、全然平気」
自然に見えますようにって頑張って笑って、前の2人から視線を外すとテレビでお馴染みのおっきなカニを指さしておのぼ りさんぽくはしゃいでみせたりもする。
聡介の誘いに意地になってのったのはあたし。南々さんが北条さんとついて来るって言ったのを止めなかったのも、 それからずっと2人が腕を組んでいるを咎めないのも、全部全部あたし。
だから、今更ヤキモチやいてますとか、主張するのはダメな気がするの。せっかくみんなで楽しもうって出かけてきたのに、 膨れて空気悪くするとか、最低だから我慢しないとね。
だって、北条さんは浮気をしてる訳じゃない。その証拠に、
「こらーっ聡!凪子に触んな!!」
無理な体勢で首だけ回した彼は、こうして定期的に弟を威嚇してくるから。
止まらない南々さんに引っ張られながらだから、あんまり格好つかないけど、ちゃんと見ててくれるんだって嬉しい。 ついにんまり唇を歪めちゃうくらいには、機嫌が直る。
でもその程度じゃ納得しないのが聡介で、
「そんなん聞けるか。自分は南々とべったりくっついとるくせに、俺と凪子はあかんておかしいやんなぁ?」
ぶつぶつ言いながらあたしの肩を引き寄せて、危険な至近距離でそう同意を求めてくるのだ。
ま、確かにその通りだけど。だからって当てつけみたいにこっちもいちゃいちゃしちゃうのは間違ってるじゃない?
「でも北条さんと同じことするのは、低レベルよ?」
にこやかにお行儀の悪い手を払いながら、だからあたしは聡介の味方をしなかった。
そんなおかしなデートは海遊館て水族館についてからもずーっと続いて、イルカショーもペンギンもアザラシも、あたしは 聡介と見たし、北条さんは南々さんと…ちっとも…ちっとも、楽しくない…。
「凪子?」
キラキラ光るガラスのイルカを眺めていた背後から、北条さんの声がして。
「え、なに?」
沈んだ気持ちを慌てて隠して振り返ると、彼は端正な顔を心配に曇らせてあたしの様子をうかがっていた。
それは今日一日、彼が貼り付けていた怒った表情じゃなく、2人でいる時に見せる甘い、柔らかなもので、ホントだったら 初めての大阪デートはこんな顔した北条さんと回りたかったって、余計気持ちを暗くさせる。
「泣かんで」
そっと、あたしの頬に触れた指は。
「泣いてないよ」
流れてもいない涙を拭うように動いた。
「そしたら、俺だけに見えるんやな。寂しいて悔しいて、泣いとる凪子が」
困ったように笑うと、ふわりと髪が撫でられる。
「泣いてはないもん。…でも、寂しいのと悔しいのはアタリ。どうしてわかるの?」
不思議とあたしが考えていることを理解しちゃう北条さんが、こんなときは恨めしい。
なけなしのプライドのためにも、嘘を嘘だと押し通させてくれればいいのに。たまには虚勢を張らせてくれても、 いいでしょ?いつもいつも余裕綽々で、大人ぶっちゃって。
「ん、それは俺もおんなしやから、なぁ」
だけど、そう言った北条さんを見ちゃえば、おかしな敗北感はすぐに消えた。
悔しいって、隠しもせずに表情にする彼は今日回ったあれこれを指折り数えながら、2人がよかったって呟くから。
「俺な、ちゃーんと計画があってん。凪子を大阪に連れてきたら、あそこへ行ってここへ行ってて、ささやかな夢を 暖めてたんや。なのに現実と来たら、聡と南々に邪魔されて…や、南々のことは俺に責任があるけど、ほんでもここは、 凪子と回りたかった。やって、俺らが初めてデートしたんも水族館だったやろ?」
この人は。
女の子が喜ぶポイントをおさえるのが、どうしてこんなに上手いんだろう。
あたしにとって大事な思い出は、自分にとっても大事なんだと言うなんて、ずるい。
南々さんのことで怒ってたはずなのに、そんなことどうでも良くなっちゃうくらい、やっぱり北条さんが好きって確認 させられて、どうするの。
残念って苦笑する胸にちっちゃく唸りながらおでこをくっつけて、バカって呟いたらぽたり涙が落ちた。
「バカ、バカバカ。北条さんのせいで、大阪に来てからこんなの、ばっかり。ヤキモチやかせないでよ、ただでさえ釣 り合ってない恋してるなって、不安なんだから。いつかあたしより好きな人ができたって、捨てられそうで恐いんだか ら」
それは、漠然と感じていた不安。
どれだけ好きだっていって貰っても、どれだけ抱きしめて貰っても、気持ちなんて変わるから。
明日、北条さんにあたしより好きな人ができるかも知れない。彼と落ちた恋が突然だったように、運命の出会いはきっ とそこかしこにあって、女の子に注目されることの多い彼はそんな機会も星の数。
覚えてない約束を交わしたのは、南々さんだけ?他にもたくさん、いたりしない?
「…根深いなぁ。うん、ま、当たり前やけど」
ぼそぼそと、耳に届く呟きの意味は分からず。
「俺な、いい加減なヤツやけど、凪子には嘘つかんと思わん?」
すぐさま頷く、二度三度。
「それが既に奇跡やって言うたら、信じるかな?南々との約束もそうやけど、俺、嘘は得意」
「……嘘」
「ほんまです。って、あれ、そう言う意味の嘘?う〜ややこしなあ」
冗談みたいに、軽いのに。
声と反して見上げた顔は、滅多にないほど真剣だった。
するっとあたしの髪に指を絡ませながら、一つ声を落とした北条さんは囁くの。
「信じて。俺は凪子が好き。他の誰もいらん、お前だけ。な?」
強く、絡んだ瞳は揺るがない。真実(ほんとう)が、写ってる。
「約束します」
「…うん…」
不安で、ゆらゆら揺れていた気持ちが潮が引くように凪いでいった。
なんで、北条さんを疑ったりしたのかとおかしくなるくらい、心が暖かく満たされる。
発作、みたいだった。急に視界が暗くなって胸がどろどろしたもので一杯になって、恐くて心細くて、捨てられちゃう って怯えたりして。
「…変なの」
宥めるように抱きしめられた腕の中、首を傾げると。
「変なのは、あんたやろ」
斜めになった世界で呆れ顔の南々さんと聡介が溜息を吐いていた。
「人の大事な思い出の前で、べたべたせんといて」
そう、怒った顔で彼女が取り上げたのはさっき見ていたガラスのイルカ。細く綺麗な指先が取り上げたそれと、少し潤ん だ瞳で睨め付けられるあたし達と。
あっと、小さく声を上げた北条さんが直後、顔を顰めたのは、何かを思い出したから。



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