33.

「…冗談に、決まっとるやん」
背中越し狭い視界の隅、アスファルトに座り込んだ聡介は頭をガリガリ掻くと面白くなさそうに吐き捨てた。
ホントね?ホントにホントね?あんな告白、嘘よね。
多分、そんな事じゃないかと思ってました。急にあんなこと言うなんて変だし、タイミング良く北条さんがいない時を狙ったのは心ゆくまであたしをいじめようって魂胆なのは、マルッとお見通しよっ!
焦ったことも耳を塞ごうとしたことも全部忘れて、勢いつけて立ち上がる聡介をトリックの主役よろしく指さそうとしていたのに。
「あーあ、2人の間に波風立って、キレイさっぱり別れたら都合良かったんやけどな。京兄早すぎ」
なに開き直ってるんですかっ!
むかついた。今なら油断してるし、取りあえずラリアットでもかけてみようかな。聡介が痛がるところを見たらすっきりするわ、きっと!
だけどその夢はあまりに非現実的だから、まず得意分野から責めてみることにした。
北条さんを背中に、虎の威を借る弱虫なあたしはべっと舌を出すとすっかり見下しモードに入ってた聡介を睨み付ける。
「いじめっ子!今日はちょっぴり優しかったから、ちょっと見直したとこなのに、聡介なんて聡介なんて…んぐっ!」
「なーぎちゃん。くやしいんはわかるけど、ちょっとだけええ子にしといて。な?」
勢い込んでた口を背後から塞いで、北条さんはさっきの弟とよく似た言葉で、囁き声で、甘ったるくあたしの抵抗を封じてしまうと、笑った。
「ついでに目も耳も塞いどいてくれたら嬉しいんやけど」
「やっ」
そんなお願い却下よ。困った顔して笑う時、北条さんは大抵ロクでもないこと考えてるんだから。
知らない間に聡介とどんな話する気なの?見ちゃダメって殴ったり蹴ったり、するつもり?
どうしてっと見上げた先で彼はちょっと首を傾げて、
「ん、まあまあ、なぁ?」
「まあ、なに…んーっ!」
今度あたしの口を塞いだのは、あろうことか北条さんの唇!!
外なのに!聡介見てるじゃない!犬の散歩とかの人いたりするでしょ!帰宅途中の人とかも、ヤダヤダー!!
手の触れる場所なら肩でも腕でも、引っ張って叩いて、離れようとするたび抱きしめた腕の力は強くなる。
一体、どういうつもりなの?なに考えてるの?
「んっんっん〜!!」
優しく、でも執拗に唇をノックする舌を絶対受け入れまいと口を固く閉じる拒絶に、不意に解放は訪れ。
「冷たいな、凪子」
「はぁ?こんな…んっ」
寂しそうな演技に逆上するってまんまと北条さんの策に嵌るから、キスは深くなって企て通り思考は飛んでしまった。
あたしってどこまで単純で間抜けなの…。
髪や首筋に遊ぶ指先からも生まれる快感は全部彼が教えたんだから、もう思い通りなるのは当たり前。
舌が絡むだけで体は熱くなるし、少しだけ離れた唇が、
「やらしいな、こんなとこで…」
小声で煽るそれにさえ沸き上がるのは羞恥じゃなく、ゾクゾクする期待なんだから溺れるだけ。
卑猥な水音が気にならなくなるまで、キスしてキスしてキスして…。
だからやっと自由になった時、北条さんに支えて貰わなきゃならないほどなにもかもを放棄していたあたしはこの後の会話を何一つ記憶してなかったの。
聞いてたはずなのにね。
「性格、悪」
聡介が顔を顰めて目にした痴態の発生源に侮蔑の視線を送るけど、本人はニヤリとしただけでちっともこたえた様子はなく。
「褒めるな」
あたしの髪にキスを落とすと更に弟を挑発するのだ。
「京兄は、昔っからそうや。みんなが一番欲しがるもんを、簡単に横からかっさらう」
悔しそうに唇を噛んだ聡介が言ったのは、自分の負けを認める言葉に他ならず。
「わかってんなら、無駄な足掻きはやめたらええやん」
「…無駄、ちゃうやろ。簡単に手に入る分、飽きんのも早いんやから、凪子やってすぐ捨てんのや」
「そう見えるか?」
「見える見えんやなくて、真実」
「そんならずーっと待っとって。ただ、おじいちゃんになっても恨まんでな?」
そうして無言のせめぎ合いが始まった頃、ゆるゆるあたしの意識は現実へと浮上を始める。
最初はここが外なんだという認識から、ぼんやりと霞んだ歯噛みする聡介、体を預けた先から香るのは馴染みのコロンで、その先にいる人は。
「ほうじょ、さぁん」
声帯を震わせ鼓膜にたどり着いた呼び声は、出した本人がギョッとするほど淫靡な響きがあって幸か不幸かそのおかげで一気にあたしは正気に戻った。
「我慢できんようになってしまったか?」
「なわけないじゃないっ!」
未だにおかしな幻覚を見ているらしい北条さんの爪先を、力一杯踏みつぶせる程度に。
「公共な場で淫らな行為に及んではいけませんっ。キ、キスとかしちゃダメでしょ?抱きしめたりするのも禁止っ」
恥ずかしいのは怒って誤魔化しちゃえって人の気なんかお構いなく、逃げ出した恋人を引き戻した彼はやれやれって具合で言うの。
「あんな、抱きついてたんは凪ちゃんのほうやで?」
忍び笑いまで漏らしちゃって、すっごい感じ悪っ!そんなの知ってるもん。ずるずる流されちゃって後戻りできなくて、立ってることもできないから縋っちゃったわよ。けどね、けどねっ!
「すけべっ!北条さんがエッチなことしたのが悪いのよ!」
「俺がしたんはキスだけやけど?エッチな事ってどんなこと?」
「エ、エッチはエッチっ!」
「やから、どんなこと?どうされて、凪子は感じた?」
「どうって、えっと、触ったから…」
「どこを?どんな風に?」
「首、とか、髪、とか………バカァッ!!」
今日、しつこすぎ!ねちねち追いつめることないでしょ?あたしが答えられないのわかってるくせに、ひどいっ!
覗き込んできた顔を力の限り押しやって一歩大きく後退すると、思い出したいろいろを原動力に反撃するんだから覚悟してね。
「南々さん、ちゃんと納得した?」
「ん?んん、まあ、うん」
突然話を振られたから口ごもってるんでも、視線が泳いでるんでもないからね。
やましいからよ!
「嘘つき」
低い声にびしっと固まった後乾いた笑いを溢したペテン師は、誤魔化すようにもう一度あたしを腕に閉じこめようとして…空振りした。
横手から入った邪魔者に対象を奪われてしまったから、ね。
「そ〜う〜」
北条さんが恨めしげに睨んだ先で、聡介は口元を歪めると引き寄せたあたしの髪にこれ見よがしなキスをひとつ。
「待つのが無駄や言うんなら、とことん邪魔したる。京兄は南々の相手でもしとったら?」
不穏な一言に眉を吊り上げた大人げないお兄ちゃんは、弟にさらわれた恋人を乱暴に抱き取って額にキスを。
「南々はええっちゅーの。人間諦めが肝心やぞ」
北条さんに捕まれてるのとは違う腕を取って聡介が引きながらもの申す。
「ええわけあるか。ちゃんとせいて凪子に怒られたくせに」
奪われまいと強すぎる力であたしを死守しつつ、
「南々よりお前とけりつける方が先や」
………。
「それ、逃げやろ?」
「タチ悪い方から潰す、言うてんの」
「へえ、ちょっとは俺に恐怖感じてんのや。そしたら今日からライバルですね、お兄様」
「気色悪い言い方すな」
………痛いんですけど。
低俗きわまりない応酬をしたいならそれこそ好きなだけしたらいいわ。止めたり絶対しないから。
ただね、間に立ったあたしを大岡裁きよろしく引っ張り合うのはどうかと思うの。
あー今いやな想像しちゃったじゃない。ほら、お姉ちゃんと妹がおっきなテディを取り合って一歩も引かない大騒ぎの末、腕が取れちゃって大泣きってやつ。
力だけは立派に男の子なお二人がか弱い女の子に乱暴をはたらくなんて…マジ腕抜けちゃったらどうするかな。
頭上をぽんぽん飛んでいく罵りは際限なく続いていて、今後もとどまる予定は爪の先ほどもないことは双方の顔を見れば一目瞭然。
最初は確かに『あたし』について話してたはずなのに、生き生きと兄弟ゲンカに花を咲かせている現在すっかり趣旨は変わっちゃってるわね。
所謂、コミュニケーションてやつよ。少し過激で下手すると手も出そうな勢いがあるのはご愛敬、人をダシにすっかり楽しんじゃってまあ。
…腹立たしい。うらやましい。
「仲間はずれにしないでよ!」
こんなに近くにいるのに混ぜてもらえないのが悔しくて、2人の爪先を思い切り踏みつけると戦線を離脱した。
「「凪子?」」
訳がわからない風のよく似た顔が、シンクロして首を傾げるのまで気に入らないわ。
「ケンカするならあたしも一緒にする!」
なんでこんなバカなこと言ったのかって?
仲良し家族の中にいきなり迷い込んじゃったり、あたしの知らない北条さんを知ってる女の子がいたり、聡介が変だったり、北条さんがエッチだったり、大阪だったり夜だったり…。
つまるところ理由なんて良くわかんないの。
軽い情緒不安定も、一拍おいた後陽気に響いた笑い声に紛れてしまったから、忘れちゃったもの。


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