34.

「おはよう、凪子」
「ん〜まだ、眠い…」
ぼんやり冴えない頭で、北条さんがあたしより先に起きるなんて珍しいなって思ってた。
背中からのし掛かるようにして頬を掠めた唇が触れるまで、そんなおめでたいことを呑気に。
「え、はぁ?!」
馴染み無いスパイシーなコロンに意識が一気に現実へと駆け上がる。
甘いムスクしか、知らない。これは、この香りは…
「聡介っ!」
「おはよ」
狭いシングルベッドであたしにぴったり張り付いてるのは、なんで?!
お母さんに通された客間は、北条さん兄弟の部屋から一番遠くにあるから安心してねって言われたのに、聡介 めちゃめちゃ近いよ、近すぎよ!
「な、なんでいるの?!今何時?北条さんどこ?!」
ピンぼけを起こしそうな近距離でニヤニヤしてる聡介を無駄な抵抗で数センチ押しやりつつ、一気にまくし立てた質問 に彼はちょっと眉をしかめながらも口を開く。
「今7時ジャスト、早よ目が醒めたから凪子と遊ぼ思てな。京兄はまだ寝とんやないの」
…どうだろ、その考え。7時は起きるのに丁度いい時間かも知れないけど、遊ぶには明らかに不適切じゃない?
しかもカレシの北条さんが寝てる間にあたしのベッドに入ったらまずいでしょ?絶対、絶対!
「ばかーっ!出てけ、消えろーっ!」
「出てけはともかく、消えろはひどいなぁ」
ちっともそんなこと思って無いじゃない!
ギューッと抱きしめたまま髪にキスをおとして、踊る声がすっごく楽しそうだもの。
「放してってば!」
「せやなぁ、凪子が今日一日俺に付き合うて約束したら、ええよ」
「するわけないでしょ、そんなの!」
なんでいきなりこんな事言い出すのよぅ…昨夜といい変よ聡介、理解できない。
からかうにしたら悪質すぎる行動、薄いパジャマを通して伝わる体温に一瞬背中に冷たい汗が流れる。
これ、うんて言うまで絶対ひかないってことなのかな?どうしよう、無理な気もするけど、
「北条さ〜ん、助けてっ!!」
こんな時あたしが呼べる人はたった1人なんだって、痛いほど実感。寝汚いことを最低最悪の欠点だと思ったのは、 初めてなんだから。
今来ないんだったら、一生口聞かないんだからね!
「北条さん!」
「ムダやって」
「ムダなんは、お前の行動や」
やっぱり北条さんは正義の味方であたしの味方〜…って仰ぎ見た先は本日2度目の人違いで。
「英介さん…」
相変わらず無表情に絶対零度のオーラを纏って聡介の襟首をつるし上げた彼は、藻掻く弟をものともせず扉まで引き 摺っていく。
なんていうか、相変わらず冷徹で一言の口を挟む隙も与えてくれないのね。ちょっと雰囲気が柔らかくなったかなぁと 思えたのは真彩さんが一緒にいたからなんだ。1人なら相変わらずこんなだし。
そーよねー、人間そう簡単に変わったりするわけないもん。
「放せ〜凪子〜」
エコーのかかる聡介の声をBGMにうんうん納得していたあたしは、英介さんが弟の代わりに放り込んでいったものに 気づくのが一拍遅れてしまった。
「煮るなり焼くなり好きにしたらいい」
珍しくふっと口元を緩めた彼は、ダメ押しとばかり床に転がる物体に一蹴り入れて、
「な〜ぎ〜こ〜」
「騒ぐな」
騒々しい末弟と共にフェードアウト。
おっきい家っていいよね。早朝から大騒ぎしたって誰の迷惑にもならないんだから、ちょっとうらやましい。
資本主義の利点についてつらつら考えていた視線を無意識に床に流して、そしてあたしは…吹き出した。
だって、北条さんてば枕抱えてまだ寝てるんだもの。
聡介の後を引く叫びも、英介さんの容赦ないケリもものともせず、転がったまま安らかな寝息を立ててるんだから、 大物よ。
………腹立つけど。
「北条さん?」
ベッドから抜け出したあたしが隣りに座り込んでも、彼は起きない。
「ほーじょーさーんー?」
きゅっと鼻を摘んでも邪魔そうに払うだけで、瞼を振るわすこともない。
なんていうか、サイテー。
すんごくむかついちゃったわよ、彼女のピンチを救わないで自分の睡眠優先なんて、許さないんだからね!しかもこれ って、2度目じゃない?聡介とケンカした時に、懲りたんだと思ったのに!
思いついたいやがらせはちょっと性格悪いかなってものだったけど、構わず実行しちゃうんだ。
「京介…」
照れくさくても我慢して、無い色気も総動員で耳へ注ぐ囁きに無反応だった北条さんがピクリと反応する。
だからダメ押しとばかりに額に頬に唇の端に、派手な音をさせて口付けた。
「なぎ…こ…?」
伸びてきた手はまだ無意識、じゃあ捕まるわけにいかないわ。
「ねえ、京介、こっちに来て」
できる限り甘ったるくしたお願いににんまり口角を上げた北条さんが反応すれば、作戦は成功。
「待って、凪ちゃん」
艶っぽく半眼開けて迫ってきた頭をポンと叩いて、ハエ退治は終了よ。
「ぜーったい、待たない!北条さんてば、自分が今いるところ、よく見てみて」
安全圏だと思われる窓際まで飛び退いて、分厚いカーテンを勢いよく開けると枕を抱いた(まだ持ってたのこの人) 彼は一瞬きょとんと動きを止める。それから巡らす顔と早朝の巡りの悪い頭でようやくたどり着いた結論は。
「あ?どこや、ここ」
………英介さんの真似、しちゃおうかな。それとも聡介呼び戻してべたべたいちゃいちゃのお芝居手伝って貰う?
無言で睨み付けてるとようやく事態が自分にとってよろしくない方向だと気づいたのか、北条さんの血の気が引いて お願いある時にだけ現れる媚びた仕草が見え隠れ。
「ここ、凪子の部屋、やんな?俺がここにおるって事は、またなんかあったんやんな?」
謝るから理由を教えてと、暗にほのめかされてもあたしは膨れるだけだから。
「あ〜…男を引き摺ってくる力は、凪ちゃんにはないしなぁ。ひょっとして寝ぼけて夜ばいかけたんかな、俺」
「そんなんだったら、よかったよね」
つんと答えて顔を背けると、しまったと毒づく小声がして、やがて項垂れるよう頭を下げた北条さんは気味が悪いくら い素直に言うのよね、
「ごめん」
って。
「聡介あたりがやらかしたってとこやろ?助けてくれたんは英兄で、俺を連れて来たんも英兄や。」
「そうよ」
「ほんま、ごめん!昨夜といい今朝といい、肝心な時におれんで」
ご機嫌取りじゃなく本気で謝りながらじりじり近づいてくる彼が、あたしの手前で躊躇するように止まったから意地悪 もここまで。これからは酔っぱらいみたいに絡んじゃうんだから。
「恐かったんだからね、ほっぺにちゅうとかされちゃって」
「なにぃ!」
一瞬で沸点に達した怒りをもって弟を追撃しようとする北条さんの腕をとって、あたしは必死で止めた。
怒るのも熱くなるのも、全部話を聞いてからにして〜まだまだ言いたいことたくさんあるのよ!
「でもでも、一番悪いのは北条さんなんだから!聡介より早く起きてきてくれたら、間に合ったでしょ?」
「無理やって、そんなん」
「無理じゃない!英介さんは起きてるでしょ?!」
その一言にはたまってた不満がたっぷり入ってたんだろうなぁ。
背筋を伸ばしてきちんと正座して、北条さんてば居住まいを正すとへらへら口元を飾っていた笑みを引っ込め再び本気 の顔で、 「ごめんなさい」
「許しません」
この際、手に負えない寝坊癖も一緒に直しちゃおう。


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