31.

あたし、家政婦さんて初めて見ちゃった。あ、お手伝いさんて言うのかな?
「京ちゃーん!!」
「うわ、やめえ南々なな!!」
中年の人のいいおばさんて風な彼女が連れてきたのは、可愛くて威勢のいい突風だった。
焦りまくる北条さんめがけて飛んできた彼女は、同じソファーにあたしが座っていることも無視してしっかり彼に抱きついている。
お父さんとお母さんは困惑しながらも取りあえず黙っていることに決めたみたいだし、英介さんと聡介は無視。
心配そうにこっちを見てくれた真彩さんだけがあたしの味方だもん。
と、ちょっといじけも入っちゃったので現実逃避することにした。
つまりこれが冒頭のお手伝いさん云々に続くわけで。
「なんで、帰ってるのに来てくれへんかったの?!」
「俺の家はここや!お前の家に行く必要なんかない」
「ある!あさって私の誕生日なんよ?!」
「はぁ?!意味わからん」
目を覆いたくなる状況と会話は今もって続いているの。顔と顔がくっついちゃいそうな至近距離をキープしたまま。
取りあえず、殴っちゃおうかな?みんないる前だけど、これ結構むかつくもん。
「はい、お前はこっち」
物騒な思惑に気づいたのか、爆発寸前だったあたしは迎えに来た聡介に腕を取られてさっさと不誠実くんの隣から退場させられる。
逃げるみたいで面白くはないんだけど、離れるのは暴走を防ぐにとっても有効よね。うん。
「待て!待ってや、凪ちゃん!!こらーっ!聡介、いてこますぞ!!」
わめき立てる北条さんに舌を出して、向かいのソファーにどっかり腰を下ろしちゃった。
「あの人、誰?」
「お隣の南々ちゃん。世間一般で言う、幼なじみっちゅうやっちゃ。俺と同い年で、生まれたときから京兄一筋」
「簡潔に要点をありがとう」
「離れぇ!!」
「京ちゃん!!」
…ああ、うるさい。
首に美少女を貼り付けたまま、ずるずるとこっちに移動してきた北条さんはあたしに耳打ちしていた聡介をお行儀悪く指さし、更には鬼の形相で睨みつけている。
自分の状態はすっかり棚上げして。
だから、ね?教えてあげなくちゃ。
「どうして聡介はあたしから離れなくちゃならないの?」
にっこり笑って首を傾げると、そんなの当然とばかりにふんぞり返って北条さん、
「凪子は俺のもんやからや」
言うのよ。
「へぇ〜てことは、北条さんはあたしのものなんだ」
ここ、確かめたいじゃない?
「聞くまでもないやろ〜そんなん。俺は隅から隅まで凪ちゃんのもんやない」
揉み手でもしそうな商人スマイル(ちょびっと、嘘くさい)つきで、言い切ったから。聞いちゃったからね!
「それじゃ今、北条さんの首と背中は貸し出し中なんだ。持ち主の許可なく」
にっこり笑うと、ばっちり凍り付いたわ。
吹き出したのは隣の聡介と英介さんで、忍び笑いを漏らしたのが背後の数名。
気になるのは硬い表情であたしをじっと見てる南々さんなんだけど、てもまあこれってつまり、勝ち?
「…あんたが、京ちゃんの持ち主…?」
と、浮かれてる場合じゃなくなっちゃった。
ちょっと殺気が飛んで来ちゃったもん、すっかり敵対視されちゃったもん。
「え・と…」
ずいっと突き出された顔が可愛いなぁとか、ショートカットは元のいい人がやると男の子っぽくならないんだなぁとか、お友達になって下さいとかお願いすると怒られるのかなぁとか。
余計なことを考えてる場合じゃなく、はっきりと恋人です宣言できる勇気をかき集めなきゃいけないわけで…。
本音を言えるなら、北条さんと関わりのある女の人はキレイで恐い人が多くて、むかつくんだけど!
怒りつつも気迫で負けちゃってるもので、テーブルを回り込んで近づいてきた南々さんから逃げたくて後ずさる。
けれどソファーの上じゃ限界があるじゃない、いくら聡介が自分の背中で庇ってくれても、彼女のターゲットは結局あたしだし。
「落ち着け、南々。京兄の女癖の悪さと凪子は関係ない」
「もしもその子が京ちゃんのカノジョや言うなら、大ありや」
「もしもて、失礼な。正真正銘凪子は俺のカノジョやっちゅーの」
背中から離れあたしに近づこうとしていた彼女の腕を捕らえた北条さんが、低く言う。
少し威嚇が入った目や声は恐くて、いつだったか絶対自分に向けられたら泣いちゃうって思ったそれに近くて。
けど、対峙してる南々さんは怯んだりすることなく正面から睨み合ってるんだよね…違う、あれはキレてるって言うんじゃない?長身の北条さんの胸ぐらを掴むと力いっぱい引き寄せて、あ、また至近距離…。
「この、浮気者!!」
ヒステリックな怒鳴り声じゃない、地獄の底から響くような重低音にさすがの北条さんも顔を引きつらせた。
「高校卒業したら私と結婚するて約束、忘れたん?!」
「「「「「結婚???!!!」」」」」
初耳です。
リビング中の人が、一人訳がわからない真彩さん以外全員が驚いたんだからこの約束って非公表だったんだろう。
それはいいわ。内容が内容なだけに秘密にしててもおかしくないもん。
だけど当人まで一緒にびっくりって、どうなの?約束って、一人じゃできないのよ?
飛んだ思考回路からしばらく置いて復帰した北条さんは、忙しなく天を仰ぎ視線を彷徨わせ必死に記憶を辿っているようだったけど、小さなため息と共にその努力を放棄したみたい。
眉間に皺寄せた難しい顔のまま、怒りに肩を震わせる南々さんを見たから。
「あかん…いつそんなん言うたか思い出せん」
この一言が火に油を注いだのは間違いないわね。
紅潮していた頬が一瞬で色を失い、生地が伸びるほど握りしめていた北条さんの服をガクガク前後に揺らして火山の噴火を覆わせる激しい爆発が起こったもん。
「小学校の時、公園で指きったやないの!私が18んなったら、お嫁にしたるって京ちゃん言うた!!」
「おま、それ…」
絶句してしまう気持ち、わからなくもない。昔の彼は、ひどい人だったらしいもの。
でも、北条さんにとっては取るに足らない約束をずっと覚えて夢見続けた南々さんの気持ちも、よくわかる。
だって、あたしは思考回路が恐ろしく乙女チック、らしいから。かすみにも美和にも耳にタコができるくらい教えて貰ってるもん、女の子が暖め続けた希望を記憶の端にも止めていない男の人なんて、
「サイテー」
ジト目で見やると北条さんが、なんとも情けない顔をした。
「凪子…」
明らかに失敗したって、その表情が語ってる。
「アホやな、京兄は」
ホントね、聡介。北条さんて抜け目なさを気取るくせに、どこかでぼろが出る。
あたし、そんな彼にばかり会う気がするわ。初めての時にぽーっとかっこよさ、どこに行っちゃったのかしら?
今の北条さんの気持ちを疑うコトなんて小指の先ほどもなく、ご両親の心配そうな様子とか、英介さんが茶々も入れずに黙ってるところからも、ここにいる人達があたしに同情的なことはわかる、わかるんだけど。
「タイミング悪いっちゅーんかな、これも」
漏れてきた聡介の呟きがいちいち自分の気持ちとシンクロするから苦笑してしまう。
「ホントね〜子供の頃とはいえ約束は約束。どうする気だと思う?」
「そら、自分で考えるやろ」
「くっつくな!」
ひそひそ交わされる会話を阻止したいけど後ろめたくてできない、ついでに
「京ちゃん!!」
引き戻されるから近寄ることもできない。
むかつくんだけど笑っちゃう、そんな北条さんはやっぱり。
「放置するのが一番かな」
やれやれと立ち上がると、当然とばかり聡介も同じ行動を取る。
「どこ行くんか知らんけど、お外は真っ暗やでお嬢さん」
手慣れた様子で回された腕をえいっと振り払って、それでも笑顔な彼を振り返ると手品のように現れたコートが肩を覆った。
「ほれ、行くぞ」
「気ぃつけてな、凪ちゃん」
「遅くなるようなら電話せえ。迎えくらい、行ったる」
次々送られる見送りの言葉に混じって、もちろんあるわよ悪あがきな一言も。
「ちょい、ほんま待って凪子!聡介と行くんだけは勘弁、話し合お、な?」
南々さんと一心同体しちゃってる姿で言われれても、頷いたりできないんもん。
彼女を説得できなかったらここにいる間ずーっとこの状況なワケでしょ?それならあたしが冷静になる為にいなくなってるうちに南々さんに謝って納得してもらっておいて。
「い・や。北条さんが話し合わなきゃいけない相手は、あたしじゃないもの」
「やって。がんばってな、京兄」
だからどうしてそう、彼を刺激するのこの男は!
余計なことを言う口が引きつるよう聡介の頬の肉を引っ張って、取りあえず退場。
「いひゃい、なひこ〜!!」
「殺生な、凪ちゃん!」
言い訳泣き言懇願は、今あたしの耳には入らないの!


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