27.
 
 
        けり出された聡介に思わず同情しちゃうくらい、北条さんは冷たかった。
 
        熱々のお鍋を15分で食べろと命じられた上、荷物と一緒に寒空の下追い立てられたんだもん。
 
        一応抗議はしてみたけれど、
 
        「聡介をかばうんか?」
 
        とすごまれ、
 
        「メシ食わしたっただけ、優しいやろ?」
 
        と胸を張られちゃった。
 
        どうしてそう、根拠のないヤキモチを妬いてあんなに慕ってくれる弟にまでひどい仕打ちをす
 
        るんだろう。
 
        ちょっと前まで死闘を繰り広げていた相手が急に恋愛対象になるわけないのに、ねぇ?
 
        「凪子、もうええやろ?」
 
        慌ただしい食事を終え(なんでかあたしまで急かされたの)、食後の運動ならぬ食後の予習を
 
        する手元を、北条さんが覗き込む。
 
        …なんか、妖しい目つきなんですけど…もしや、さっきの名前呼ぶ呼ばないがまだ続いてるの?
 
        すっごいやりたいオーラが出てるしぃ…。
 
        「全然ダメ、半分も終わってないから」
 
        自衛手段として分厚い問題集と、白紙に近いノートを見せるのは最良の策に思えた。
 
        あたしなら、ラブラブムードの時数式なんか見せられたらげんなりしちゃうもん、きっと北条
 
        さんも上った血が下がるんじゃ…
 
        「なんや、この程度のもん、まだ終わっとらんのか?」
 
        「こ、この程度?!」
 
        怒鳴って気づいた。いけない、あたしの頭の血が上っちゃったわ。
 
        人が必死で格闘してるのに、勉強なんか大嫌いだけどおじさん達に北条さんといるせいで成績
 
        が下がったなんて言われないよう、今までにないくらい頑張ってるのに、ひどい!!
 
        「北条さんは!医学部入っちゃうくらい頭がいいかもしれないけど、あたしはおバカなの。成
 
         績だって中の中とか、下手したら中の下辺りをふらふらしちゃうんだから、予習ごときにす
 
         っごく手こずっちゃうんだから!!」
 
        一気にまくし立てて、ポカンとしてる彼にちょっと怯える。
 
        どうしよ、言い過ぎちゃったかな?バカなのを力説するなんて究極のバカ?とか、たかが予習
 
        くらいでムキになるなとか、怒られたり、呆れられたは…イヤなんだけど…。
 
        でも、ほんの数秒で立ち直った北条さんはちょっぴり眉を寄せると、ごめんな、と謝ってくれ
 
        た。
 
        問題集を取り上げて中身を確認して、ポンポンあたしの頭に掌を置くの。
 
        「俺はなんでか勉強はようでけたもんやから、普通の学習スピード言うのがわかっとらんのや。
 
         凪子には凪子のペースがあるんやし、急かしたらあかんよな。…せや、わからんところは、
 
         俺に聞いたらええ、なんぼでも教えたるから」
 
        どこがわからんのや?と、隣に座った北条さんは、いつもの数倍増し格好良かった。
 
        丁寧に公式の説明をしてくれたり、何度も聞き返すできの悪い生徒なのに見捨てず付き合って
 
        くれて、なんか、すっごいハッピー。久しぶりにこの人がカレシでよかったなぁ…って実感。
 
        「ほな、これやってみよ?」
 
        一通り説明を終えた先生に言われるまま、あたしは示された数式をノートに写し取っていく。
 
        うん、頑張ろう。せっかく教えてくれたんだもん、褒めてもらえるよう、懸命にやる!
 
        …なんて、力んだまでは良かったんだけどね…わかんない、もうわかんなくなっちゃった…。
 
        チラリと視線を流せば、微笑みで問い返す北条さんがいて。
 
        「…ここ?」
 
        えへ、と誤魔化して引っかかってしまった数字を指さすとなんとも、楽しそうな顔で手招きを
 
        するのだ。
 
        なに?近くへおいで?どして?
 
        30センチほど空いていた距離を詰めて見上げて、ダメって表情に戸惑う。
 
        「これ以上は無理よ?」
 
        「無理、ちゃうやろ?」
 
        腰に回った腕があたしを引っ張って、つんのめるように落下したのはあぐらをかいた膝の上。
 
        まあるく囲まれたその中にピタリとはまれば、見事にとらわれの人の出来上がりなの。
 
        「北条さん?!まだ終わってない、変なコトしないで!」
 
        暴れて脱出を計ろうとするけど、背後から抱きしめられてちゃ無理な話で、首筋にかかる微か
 
        な呼吸に脊椎を震えが走る。
 
        「しとらんよ、ただ膝に乗せただけや。凪ちゃんが一度で覚えられるよう、協力してるんやろ」
 
        どこが、どの辺がそのセリフに繋がるのか、さっぱりわかんない!
 
        楽しそうに髪に鼻先を埋めたり、頬にキスを落とす、それが協力?!
 
        「嘘、嘘、嘘〜!ちっともじゃない、やぁ、そんなとこ触っちゃダメ!」
 
        イタズラな掌を阻止しながら叫ぶと不意に北条さんの動きは止まって、笑いを消した声が引っ
 
        かかっていた箇所の解き方を教授し始めた。
 
        ぽわんとのぼせた頭を引き締めて、なんとか理解する頃トントン爪先が叩く白いノートに意識
 
        をカンバック。
 
        「ほな、続きをどうぞ。またわからんようになったら、お仕置きな?」
 
        …そう、そんな意味合いがあったのね…
 
        それっきり、普段の彼からは信じられない潔さで手出しをしなくなった北条さんに見守られ、
 
        ゆっくり正確にあたしは問題を解いていく。
 
        数字1つも間違えてかくことがないように、北条さんとその、するのはイヤじゃないけど、お
 
        仕置きとかなんか卑猥なんだもん。
 
        絶対間違えないで、解放してもらうのよ。
 
        「…あかんやろ、そうしたら答えはでんよ」
 
        なのにぃ…やっちゃたわ…どっか、おかしいのね?
 
        「どこ?」
 
        「その前に、やな」
 
        振り向いた顔にかぶせて落ちた陰は、無言で唇を覆うと数度軽く触れ合わす。
 
        「ん…」
 
        舌先のノックに諦めて口を開くと、至近距離で北条さんは首を振った。
 
        「お仕置きやろ…?舌、出して?」
 
        「え?」
 
        「ほら、はよう」
 
        ニヤニヤ笑いが気になったけど、譲るつもりがないのは表情でわかったのよね。
 
        だから、ちろっと舌を出す。遠慮がちにちょっとだけ。
 
        「たらん、もっと」
 
        むぅ…命令口調。
 
        でも、吸い込まれそうな視線に敗北を認めて、もう少し、伸ばして。
 
        『ぺちゃ』
 
        濡れた音に、脳が沸騰しそうになった。
 
        空中で絡む舌が視界の端をチラチラよぎり、触覚よりも視覚が全身を重く浸食していく。
 
        たまらずぎゅっと目を閉じて北条さんのシャツを握りしめると、答えるように密着してきた唇
 
        が口内を探り始める。
 
        深く、激しく…。
 
        歯列をなぞり、上あごを撫でて舌先を軽く噛んだ彼に絡め取られて交わって、互いの中を行き
 
        来してやっと、現実に立ち返った。
 
        その気恥ずかしさといったら…明るい部屋で、テーブルには数学、視界いっぱいに痛いくらい
 
        見つめる恋人、ううっ耐え難い。
 
        「なんや、そないな目ぇで見てからに。足らんかったか?」
 
        いつもより一段低い、艶っぽい声だったから、綺麗な顔がぼやけるくらい近かったから、普段
 
        のあたしなら絶対しない行動に出てしまったのだ。
 
        伸ばした腕を北条さんの首に回して、引き寄せて、
 
        「うん…したい…」
 
        なにを、とは聞かれなかったし、熱を持っている頬を覗き込まれることもなかった。ただ、黙
 
        って口づけを落としながら、北条さんは小さなソファーにあたしの体を横たえて、抱きしめて
 
        くれる。
 
        「なぁ、凪子、名前呼んでくれるんやろ?」
 
        セーターの下で器用に指を働かせながらのセリフに、そんなこともあったなぁと夢うつつ考え
 
        る。
 
        きっかけはあそこからだったね。今日抱き合うのは、北条さんのささやかな望みを叶えるため
 
        でもあるんだもん、なんだか恥ずかしいんだけど、答えなきゃ。
 
        「ふっ…あ、ん…きょう、すけ…さん」
 
        外気に晒された胸を吸われる感触におののきながら、呼ぶ。
 
        「聡介は、呼び捨てやったやろ?」
 
        ジーンズを引き下ろして膝を割り、その間に入り込んだ人はわがままにほんの少し声を尖らせ
 
        た。
 
        「きょ…すけ…っ!」
 
        薄布越しにじんわり花芽を刺激して、北条さんの伝える喜びは甘美で。
 
        「ず、るい…」
 
        翻弄されてばかりいるのはいやよ。いつも先導されて、知らない間に全て終わってるじゃない。
 
        今日こそは、あたしだって北条さんに触りたい…。
 
        「なにがずるいんや?」
 
        余裕綽々で見下ろす顔が口惜しかったから、シャツを潜り背中から忍び込ませた指で脇腹を撫
 
        でた。軽く爪を立てて、神経に柔らかな痛みが届くように。
 
        「………っ」
 
        必死に声は殺したけど、瞬きする間に見せた快楽に緩む表情、忘れない。
 
        あたしが引き出した顔、あたしがだけの物である顔。
 
        「窮鼠猫を噛むんだから、ね?」
 
        一つ二つ外せば、シャツの内側にキスを忍び込ますのなんて、簡単よ。
 
        引き寄せて、舌を這わせ、吸い付けばほら、北条さんのマネ。あなたに、あたしの印を。
 
        「…なんや、知らん間に凪ちゃんも成長しとったんやな」
 
        うっすら微笑んだ彼は赤い花びらをなぞった指をゆっくり唇に運び、チロリと舐めると今度は
 
        あたしの口に差し入れる。
 
        「やらしいなぁ…」
 
        音をたて無心に吸い付く姿に口角をきゅっと上げて、器用に片手だけで避妊具を装着した北条
 
        さんは、充分な潤いを確認するといきなり刺し貫いてきた。
 
        目眩する快感、溺れる意識、途中で途切れることを許さない、強烈なインパクト。
 
        「ああ、や、ほうじょ、さん!」
 
        しがみつきたいと懇願する手を無視して、かの人は笑う。
 
        「京介、やろ?」
 
        こんなに揺すられて?覚えてなんか、いられなかった。
 
        「きょ、すけ…」
 
        チュッと口づけをひとつ、包み込む温もりを腕いっぱいに。
 
        「なんや?」
 
        「…もっと…」
 
        なんだか今日は、正直だ。
 
 
 
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