26.
 
 
        あれから、聡介とは少しだけ仲良くなった。それはどのレベルかって言うと、
 
        「ちょっと、やめてよ!!」
 
        「じゃかましい大人しくしとれ!!」
 
        「…新手の人さらい?」
 
        校門前でかすみに呆れ声をかけられる程度。
 
        だってこの男、何を考えてるのか毎日迎えに来るのよ?しかもCDショップから食材の買い出
 
        しまで金魚のフンみたいについて歩いて、たまりかねて逃げ出そうとしたら今日は肩に抱え上
 
        げたんだから!荷物みたいに扱うって、どういう神経?!
 
        「かすみ、突っ込みどこはそこじゃないわよ!女の子はお姫様抱っこしなさい、でしょ!」
 
        「「激しく違う」」
 
        なによぅ、ハモんなくてもいいじゃない…。
 
        ふくれるあたしを無視して、ハクジョー者達は勝手に相互理解の会合まで始めた。
 
        「関西弁てことは、北条さんの弟?凪子の事嫌ってるって聞いてるよ。もしやそのまま山に捨
 
         てに行くとか言わないわよね?」
 
        なぜ、山?発想、恐いんですけど…。
 
        「なんでこいつのために犯罪に手を染めないかんのや。俺は忙しい京兄の代わりにボディーガ
 
         ードしてやっとるだけやろ」
 
        嘘ばっかり。あたしなんてどうかなっちゃった方が都合いいくせに。
 
        「へぇ、感心な心がけだけど、今まで1人で大丈夫だったんだから、今更ガードも何もないで
 
         しょ」
 
        よし、いいよ、かすみ。その調子、その調子。
 
        「理屈はそうやろうけどな、あんたこのアホが1人でよちよち歩いとるとこ想像したことある
 
         か?そらもう、頭抱えるくらい危なっかしいで?一方的に悪い俺のことまであっさり許すよ
 
         うな甘ちゃんが、世間の荒波渡っていけるか思うと気が気や無い」
 
        「ちょっと!」
 
        ひどい言われよう!保育園児じゃないのよ、れっきとした大人(?)なんだから!!
 
        「…あなたの心配の所在がわかったら、こっちは更に心配になったわよ。兄弟で修羅場演じた
 
         りしないでしょうね?」
 
        …?なんで修羅場?
 
        「どうやろな、こいつ次第やないの?」
 
        「あら、自信があるのね」
 
        「美和!」
 
        上品に笑いながら2人の会話に割って入ったもう一人の友人は、情けないスタイルで救出を求
 
        めるあたしをスルーして火花をチラしつつある密談に加わっていく。
 
        みんないじわるだ…。
 
        「お兄さんは敵じゃない?」
 
        からかうような声音に、背後で聡介が首を竦める気配がした。
 
        「ちゃう、京兄には一生勝てんよ。けど、こいつの気持ちを変えるんは案外楽なんちゃうかな?
 
         単純やし、情にほだされやすいし、落ちてくれたらラッキー、みたいな」
 
        「それでボディーガードとかって大義名分つけて、この子を拉致監しにきたわけ」
 
        「せや。長い間一緒におる方が断然有利やと思わんか?」
 
        「そんなこともないんじゃないかしら。凪子の場合は、演出が重要なのよ。一筋縄じゃいかな
 
         わ」
 
        「コツがあるんか?知ってんねやったらいけずせんで俺様に教えろや」
 
        「答えが簡単にわかったら、つまらないでしょ?」
 
        「だよね〜略奪するなら根性見せなよ」
 
        ここまで話が進めば、あたしが鈍くたって理解はできるようになる。つまり、つまり…
 
        「聡介が、おかしくなった」
 
        「「「いや、あんたが鈍いだけ(や)」」」
 
        今日は、みんなであたしをいじめる日ですか?
 
        ともかく、3人は肴を見つけて満足げに言葉遊びを始めてるし、米俵状態から脱出できそうも
 
        ないし、いつまで付き合えばいいのかしら…?
 
 
 
        「ちょっと!邪魔しないでしょ!!」
 
        「邪魔はそっちや!どきぃ」
 
        「やだ、どかない!!」
 
        「生意気な女!」
 
        「細かい男!」
 
        「おまえら…いつの間にそんな仲良うなったんや?」
 
        北条さんの目は腐ってる。
 
        土鍋もった聡介と、簡易コンロ持ったあたしが、場所取りに死力を尽くしているのが仲良く見
 
        えるなんてね…。
 
        「そら、京兄がおらん間にきまっとるやろ?」
 
        「仲良くなんかない!」
 
        バカなこと言うから北条さんの目つきが物騒になっちゃったじゃないの!
 
        向こうずねを思いっきり蹴り上げて、怯んだ隙にテーブルにコンロを置くと涙目の聡介を睨み
 
        つける。
 
        「毎日喧嘩する仲良しなんて、いないでしょ?聡介なんていじわるしか言わないし」
 
        「アホやなぁ、喧嘩するほど仲がええ、言うやろ?」
 
        ニヤリってするな!もうもう、口惜しい!!
 
        「嫌い!聡介なんか、き…」
 
        どうしてだか、遮る北条さんの手に口をふさがれて、剣呑な視線の餌食にされてしまった。
 
        普段絶対、あたしには向けない目。とっても不機嫌だと主張する色の瞳。
 
        「…京兄…?」
 
        訝しんで声をかけた聡介も一睨みで抹殺すると、底冷えのする微笑み付きで北条さんが囁くの
 
        だ。
 
        「なんで聡介は呼び捨てなん?俺は北条さんやのに」
 
        声まで笑いをふくんでるものだから、ホント恐いの!
 
        たかがそんなことで怒られちゃった。別に意識してたわけじゃないのに〜小学生みたいなポイ
 
        ントで怒るのね。
 
        呆れてるって言いたいけど、できるなら顔に出してもみたいけど、北条さんが真剣だから何と
 
        なく誤魔化しの言葉を探してみたり。
 
        えっと、癖だからとか、呼びにくいとか、どっちも怒られそうだよね…。でも呼んだことなん
 
        かないし…あ、一回…。
 
        たった一度の記憶は思い出すだけで赤くなっちゃう、ぼんやり霞んだモノだったけれど、きっ
 
        とこれは利用できる。ううん、これを言えば北条さんの機嫌は直るの、絶対よ。
 
        「あの…」
 
        聡介に聞こえるのはとてつもなく恥ずかしいから、袖を引いて顔を近づけてって合図して、
 
        「名前で呼ぶのは、エッチの時だけ、ね?」
 
        内緒話で伝えたの。
 
        もちろん、効果覿面。弟の前だって忘れて、違うわね、弟の前だからこそぎゅっとあたしを抱
 
        きしめて唇に軽くキスを落として笑うの。
 
        「約束な?ほんなら、今晩呼んでみせてや?」
 
        …ここで、イヤだとは言えない。だって、自分で振ったんだもん。これはもう、北条さんに口
 
        実を与えちゃったのよね、襲って良いですよ許可証。
 
        大失敗〜。
 
        「感じ悪!なんや、二人して内緒話ししよってからに!寒なったおもて、ベタベタするんもや
 
         めぇ!ほんま気分悪っ!!」
 
        と、今までのようになし崩しにベッドに運ばれないのは彼の存在があるからで、こればっかり
 
        は感謝しなくちゃ。
 
        あたしの身の安全は、いけ好かない聡介が保証してくれるんだ。ちょっと、便利かも…。
 
        まだ持ったままだった土鍋を武器に、間を割り裂いた聡介がテーブルの準備を始める。
 
        コンロつけて、お皿配って、ポン酢用意して、
 
        「おい、凪子、マロニー!!」
 
        不機嫌に命じた彼が、北条さんに手ひどく殴られていたのは見なかったことにしよう。
 
        いいじゃない、名前を呼ぶくらい、ねぇ?
 
 
 
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