23.
 
 
        案の定、お母さんの提案はあっさりと却下される。
 
        「未成年ですので、親元から遠く離す気はありません」
 
        意外だったのは眉間に皺を寄せて断言した叔父さんで、他人の娘のあたしをそんな風に言って
 
        くれたってだけで随分有意義な会合に思えた。
 
        その後、酒盛りが始まっちゃったとしてもね。
 
        「いや、京介くんが好青年なのも、ご両親にお目にかかれば納得がいきますな」
 
        「なんの、凪子ちゃんがええお嬢さんに育たはったんは、お二人の愛情のたまものやと痛み入
 
         りましたわ」
 
        「ほんなら、高校卒業したらお嫁に貰えますの?」
 
        「えーえー、これ以上の良縁、望めませんもの」
 
        意気投合した大人が、子供の将来設計を勝手にしてる図を眺めているのは微笑ましいやら、疲
 
        れるやら。
 
        そりゃ、北条さんと結婚はしたいけど早すぎるんじゃないのかな。
 
        「凪子はぜーったい取り戻す!」
 
        「やってみぃ、ガキが」
 
        ひそひそと小声で剣呑なやり取りしてる男共も、ため息を誘うしね。
 
        なんか、大騒ぎだわ…。
 
        だから、ね。やっとの思いでご両親を大阪に送り返した翌週、玄関前で佇む男の子を見て嫌な
 
        予感がしたの。
 
        「あの…?」
 
        見上げる身長と、長めの前髪の下から除く鋭利な眼。…顔立ちが誰かとそっくりでね、目元の
 
        印象が柔らかくなったら、間違いなくあの人なんだよ。
 
        「アンタが京兄の女か」
 
        ぶっきらぼうな言いようは、北条さんしないけど。
 
        「へー、顔はまあ好みやな」
 
        言動は確かにそっくりだわ。
 
        「弟さんですか…」
 
        北条さんより幼いからお兄さんじゃなく弟で、異性を前に歪む口元がその自信に満ちた表情が、
 
        女の子大好きって無言で語るから血縁者。
 
        両親に続いて弟…家族週間?どっかにお兄さんが隠れてない?
 
        「北条さん、まだ帰ってないですか?」
 
        わざわざあたしの顔見るためにきたってことはないだろうから、当然呼び鈴は押したんだろう
 
        けど一応確認。
 
        今日は早く帰るって言ってたし、よく知らない男の人と一緒にいたくはないんだけどな。
 
        鍵を開けるべきか否か、躊躇するあたしを見た彼は鼻で笑った。
 
        「居らんから、待ってたんやろ?お子様を襲う趣味は無いから早よ開けて。寒いんや」
 
        今ちょっと、ううん、かなりむかついた。バカにしたわね?悪かったわよ範疇外で。えーえー、
 
        余計な心配して悪うございました!
 
        憤慨したものの気温が下がってきているのは事実で、晩秋の風に晒されていけ好かない相手と
 
        凍えるのもバカらしいからさっさと部屋へ逃げ込むの。
 
        背後からついてくる人は極力無視で、リビングのエアコンをオンして着替えるため寝室へ。
 
        「おい、茶ぁくらい出せ」
 
        「キッチンに各種取りそろえてありますからお好きにどうぞ」
 
        お客様じゃないもん。命令される覚えもないもん。
 
        べっと舌を出して反抗すると、北条さんとよく似た顔にうっすら怒りの表情が浮かぶ。
 
        うっ、あんな目で見られるのいや。本人じゃないけど、大好きな人に拒絶されてる気分をぷち
 
        体験しちゃうから。
 
        北条さーん、早く帰ってきて。大丈夫って慰めて。
 
        「ええ度胸しとるやないか。京兄が甘いからって俺も一緒だと思うんやないぞ」
 
        へこんだ頭上で気温が下がるほど低くなった声が響く。
 
        お茶くらいで怒んないでよ、いたいけな少女をいじめないで!
 
        一歩下がるとそこはもう寝室で、奴もジリジリ距離を縮めるから冷や汗が流れ落ちる。
 
        貞操の危機…は絶対無いにしても、殴られたりしたらどうしよう。痛いのはちょっと…かなり
 
        いやよぅ。
 
        「可愛げ無い女は許せんでな、ちぃと教育せなあかんやろ?」
 
        ニヤリと笑った顔、すんごく怖いんだよ?逃げるにも限界があって、踵がクローゼットにぶつ
 
        かったら追いつめられた小動物並に無力なんだから。
 
        間近に迫った絶対零度が軋みながら空気を薄くして、窮鼠猫を噛めません!
 
        「ごめんなさいぃぃ!煎れます、すぐにお茶にしますぅぅ」
 
        負けました。なんにもされてないのに、白旗です。
 
        いやむしろ状況的には早めのギブがあたしを救う?
 
        半べそかいて脇をすり抜ければ、得意気な声が降ってきて。
 
        「始めっから素直に言うこと聞いとったら、こんな目にあわんかったのになぁ?」
 
        口惜しーっ!!でも、こわーい!
 
 
 
        えぐえぐ泣きながら、やっと合格点をもらったのは緑茶。コーヒーも紅茶も却下されたから、
 
        計3回もキッチンを往復したわけ。
 
        「全く、客の好みくらい雰囲気で察したらどうや」
 
        できるわけないじゃない!あたしは超能力者じゃないんだからね!!
 
        …て怒鳴れたら、バカみたいにこいつの言うことを聞いてないと思うの。
 
        ソファーにふんぞり返る奴の足下で、トレーを抱えたあたしは顔を上げることもできない。
 
        元々男の人苦手なのに、いぢめっこタイプは毛虫より嫌いなんだもん。
 
        同じたらしでも北条さんとは正反対、180度種類の違うモテ男はきっと女の子に『冷たいと
 
        ころがいいの』とか『クールじゃん』なんて言われているんだろう。
 
        無闇に優しい彼氏なんてって思ってたけど、これに比べれば数倍ましよ!
 
        「辛気くさいやっちゃなぁ、気の利いた会話の一つもでけんのか」
 
        呆れ声で無茶を言う…。さんざん脅しといて和んだ会話を求めてもほいほい出てくるわけ無い
 
        じゃない。
 
        返す言葉もなくうつむき続けてると、舌打ちが聞こえてそれにまた体がビクリと反応する。
 
        「面白みのない女。京兄もこれのどこがよかったんだか。親父もおかんも東京から帰ってあん
 
         たの話しかせんから、明るいかわええ子を想像しとったんやけどな、反抗的やし暗いしがっ
 
         かりや」
 
        「ほんならさっさと消えたらどうや」
 
        反射的に振り返って、そこに求めた人を見つけたから、思わず抱きついてしまった。
 
        物音一つさせず、リビングに現れた北条さんはしがみつくあたしを宥める優しさで撫でて耳元
 
        に囁く。
 
        「ごめんな、遅なって。まさかこいつが来とるとは思わんかったから」
 
        「怖かったよぅ…」
 
        いつ殴られるのかヒヤヒヤしてたんだから。失礼なこと言われても言葉が出なかったし。
 
        「北条さんと同じ顔で怒るんだもん」
 
        違う人だとわかってても、やっぱり傷つくんだから。
 
        「気にしたらあかん。俺は凪子に怒ったりせえへんよ」
 
        優しい声は心地いい。髪に落ちるキスもあたしの心を強く、温かくする。
 
        うん、大丈夫。北条さんがいるならすんごく心強いもん、負けない。
 
        「…バカップル丸出し。京兄、キャラかわったんちゃうか?」
 
        揶揄を含んだセリフに一瞥を送って、彼は微笑んだ。
 
        「惚れた女ができたらそら変わるやろ」
 
        「それに、か?どこがええのかわからんな」
 
        「結構なことや。お前に凪子の良さがわかったら俺が困る」
 
        「冗談、頼まれてもそんな女ごめんや」
 
        「尚更結構。何しに来たんか知らんが、人の女バカにするんやったら、帰り」
 
        あたしを抱いたまま奴に近づいて、北条さんは足でげしげし弟を蹴る。そりゃもう、傍から見
 
        てても加減無く、思わずソファーから落っこっちゃうほどに。
 
        そうして空けたスペースにどっかり腰を下ろして、恨みがましく見上げる瞳に冷めた眼差しを
 
        送るのだ。
 
        「ここは凪子と俺の部屋や。邪魔者はいらん」
 
        「アホ言いなや、親父の金で暮らしてるくせに!」
 
        「了承済みや」
 
        言葉に詰まった彼がちょっと気の毒になっちゃった。もしかして、この人…。
 
        「ブラコン?北条さんをあたしに取られて怒ってる?」
 
        拗ねた顔がそう言ってる気がしたの。冷たく当たられるの理由もそれなら想像がつくし。
 
        「ん、凪ちゃん正解」
 
        「ちゃう!!」
 
        頬ずりする人と、真っ赤になって叫ぶ人。
 
        ばかね、ムキになったら肯定してるようなものじゃない。
 
        「返さないから。北条さんはあたしの、なんだからね」
 
        これ見よがしに首に腕を回したのは、さっきまでの報復込みよ。大いに喜んでる副産物はとも
 
        かく、苦々しげにこっちを睨みつける奴にはかなりの優越感を味わえる。
 
        北条さんがいるっていいな。強力な援軍だもん。
 
        「離れろ、バカ女!」
 
        「いーや!」
 
        引っぺがそうとしても無理。だって全力で抱きしめてる人がいるもん。
 
        「触るな」
 
        無惨にも足蹴にされてる彼には、叶わぬ望みよね。ふふ。
 
 
 
 
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