22.
 
 
        「平和ねぇ」
 
        「平和やなぁ」
 
        まるで台風一過。休日のまったりした空気といい、輝く午後の日差しといい、さっきまでと同
 
        じ部屋とは思えない静けさで、北条さんのご両親がどれだけ強烈だったか改めて知っちゃう瞬
 
        間だわ。
 
        電話で今夜訪問の約束を取り付けたお母さんは、上機嫌でお父さんをひっぱってお買い物に出
 
        かけた。
 
        手みやげが無いと恥ずかしいっていうのが一応の理由だけど、ホントは銀座で欲しい物がある
 
        んだって。
 
        北条さんが強硬に阻止してくれなかったら、あたしも今頃お供させられてるところだったんだ
 
        けどね。
 
        「疲れたんちゃうか?」
 
        隣から伸ばされた腕が、あたしの頭を引き寄せて肩口にコツンともたせかけられる。
 
        長い指が髪を滑って首筋のこりをほぐすように動き始めると、その柔らかな刺激に知らず溜ま
 
        っていた疲労が抜けていくようだった。
 
        「平気だとおもってたんだけどな…やっぱり緊張してたみたい」
 
        至近距離で合う視線に未だに戸惑っちゃうのは、フワリと微笑む北条さんはやっぱり格好いい
 
        からで。
 
        「急やったからな、あのテンションについてくんは俺でもしんどいわ」
 
        触れるだけの唇の感触に、久々にときめいてしまった。
 
        うう、顔が赤くなるよぅ…。どうしよう、真面目な顔したの見るなんてしばらくぶりだから照
 
        れるのが止まらない。
 
        居心地悪くて、お茶でも煎れて間を持たせようかと腰を上げたんだけど当然のように引き戻さ
 
        れて、気づけば北条さんの膝の上。体ごと閉じこめられたらもう、身動きすらできなくて。
 
        「どこ行くんや。やっと2人になれたっちゅうのに」
 
        お願い、耳元で囁かないで。いつものからかう口調じゃなく、艶を帯びた甘い声はいたる所で
 
        神経を麻痺させちゃうんだから。
 
        「お茶…喉、かわいたから」
 
        狭いソファーで張り付いているんだもん、それもふざけたところが欠片もない北条さんとよ?
 
        バケツで飲んだって足りないくらい、水分が不足してる。
 
        でも、楽しそうに笑う彼があたしを放してくれる気配なんて無くて、どころか視界の隅に真剣
 
        な瞳を捕らえたら白旗。
 
        「…んんっ…」
 
        深く絡むキス。思考を根こそぎ奪うように侵攻してくる舌に蹂躙され、貪られる。
 
        触れ合った場所全てが熱を持って、沸騰した全身から力が抜けるのに時間は掛からなかった。
 
        「凪子、俺とおるよりおかんと話してる方が楽しそうや…」
 
        ぐったりともたれかかるあたしを抱きしめながら、零れた声はどこか不機嫌に陰って。
 
        もしかしてやきもち?
 
        「そんなこと、ない…」
 
        「嘘や。一緒に大阪行くて、言うとったやないか」
 
        額に唇押し当てたまま喋るから、麻薬みたいに脳が侵されるの。だだっ子みたいなその声に。
 
        「行かないよ…北条さんの傍にいる…」
 
        「あてにならんな。親父とおかんが帰って来よったら、うん言うんやろ?」
 
        「言わない…あ…」
 
        弱々しい反論を阻む指が胸先を掠め、僅かな刺激に敏感に反応するから頭上の彼が増長するの。
 
        「なら、証明せな。ずっと俺とおるって、絶対離れんて」
 
        「どう、やって…!」
 
        触れるか触れないか、器用に体を這い回る手に景色が揺れる。
 
        逃げ出せない檻の中理性が吹き飛んで、ただただ北条さんを求めた腕が仰け反る仕草で髪を捕
 
        らえた。
 
        柔らかな茶色に縁取られた、人の悪い笑み。きっと無理難題をふっかけられるって知ってるく
 
        せに、全てを受け入れても彼がほしいって思うのはどうして?
 
        「キス、くれよ」
 
        ぞくりと旋律が走った。
 
        低い、低い声。聞いたことを後悔する、与えられたことに歓喜する、声。
 
        絡んだ視線をはずさないよう、ゆっくりと体を反転させ向き合って、ついばむ唇が軽く触れる。
 
        「ちゃうやろ?そうやない…」
 
        数センチの狭間で感じた吐息に導かれるよう、もう一度。
 
        今度は少し長く、押しつけて。
 
        閉じることのない瞳に霞んで映る北条さんは、あたしを狂わすほどに婀娜っぽく。
 
        離れ際、差し出された舌に吸い寄せられたのはおかしくなっていたとしか思えない。
 
        「ん…あ…」
 
        生き物みたいに蠢く舌を絡めて、引き寄せられた北条さんの口の中ただ本能だけで求め合う。
 
        「うまくなったな、凪子」
 
        ニヤリと笑った顔を虚ろな頭で認めながら、どうしてこうなったのか必死に思い出してみた。
 
        えーっと、確か証明がどうとか…うーん…。
 
        「ずーっと傍にいるからね」
 
        暖かな胸に頬を埋め呟くと、回された腕が確かな強さで答えてくれた。
 
 
 
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