21.
 
 
        「親父!」
 
        リビングに現れた素敵なおじ様に半泣きで縋り付く北条さんは、なかなか無い見物だった。
 
        「あら、雅俊さん」
 
        あたしでお人形遊びを満喫していたお母さんも、嬉しそうな微笑みでお迎えしてる。
 
        今朝の騒動から2時間、大阪から飛んできたにしては早い到着に誰も疑問を抱かないのは、は
 
        じけるお母さんを必死に止めつつ北条さんが連絡を入れたからに他ならない。
 
        お父さんは既に新幹線の中にいた。朝起きて『京介をからかいに行って参ります』の書き置き
 
        を見ると同時に家を飛び出したんだって。お仕事は大丈夫なんだろうか…?
 
        「あら、やない。京介は構わんがよそ様のお嬢さんに迷惑かけたらあかんやないか」
 
        既に髪は結い上げられ、お母さんが持ってきた着物に着替えさせられたあたしに痛ましい視線
 
        を送ったお父さんはかがみ込む。
 
        「いや、ほんま申し訳ない。京介と関わったばかりにとんでもない目に遭わしてしもうて」
 
        …やっぱり悪いのは北条さんなんだ…ぶっ飛んでるお母さんの所業とかは目をつむっても、息
 
        子の信用置けない行いは、両親にしっかりインプットされてて同情の余地がないと、ちょっと
 
        可哀想?
 
        「あ、あの、それは全然いいんです。お着物着れて嬉しいし、お母さんとお話しするのは楽し
 
         いから」
 
        「そんなん言うてもらえたら、うちかて嬉しいわぁ」
 
        ぎゅーっと、それはちょっと苦しいですなくらい抱きしめられたあたしを横から攫ったのは黙
 
        っていた北条さん。
 
        取り返そうとするお母さんを邪険に追い払って、その態度を叱るお父さんを一睨みして、久々
 
        に抱きしめたあたしを放すまいと頑張ってる。
 
        「凪子が優しいからいうてつけこむんやない!おかんがワガママ言い放題だったんは親父にも
 
         説明したやろ?」
 
        「いややわぁ、つけこんどるのはあんたやないの」
 
        蔑みの表情で愛息子(?)を見やるお母さんにほっとけと突っ込みを入れると、詳細が飲み込
 
        めていないお父さんに北条さんは喚き散らし始めた。
 
        「はようおかんを連れて帰ってくれ!凪子の実家に挨拶に行く言うて聞かんし、だめや言うた
 
         ら買い物に連れてくてワガママ言いよるし手に負えんのや!」
 
        「なんで春美がお嬢さんの実家に行きたがるんや」
 
        「俺が凪子と結婚する言うたら、今から貰いに行くて…」
 
        「なにーっ!!」
 
        突然叫んだお父さんは、いともあっさり息子を押しのけると同情たっぷり風情であたしの手を
 
        取って詰め寄ってきた。なんか、鬼気迫ってますけど…?
 
        「お嬢さん、騙されたらあかん。これは私の息子の中で最も信用ならん男ですよ?女を騙すん
 
         が生き甲斐…いや、弄ぶんが娯楽、一緒におっても泣かされるんがオチです」
 
        「なにいいよるんや、親父!!」
 
        「でも雅俊さん、うちかわええ娘が欲しいんやけど…」
 
        「あかん!英介の嫁ならともかく、京介やなんて先の不幸が目に見えとるやないか。私にはこ
 
         のお嬢さんが不幸になる結婚を認めるやなんて悪魔のようなことはでけん」
 
        …天を仰いで浸っちゃってるとこ悪いんですけど、随分芝居がかったご一家で…。
 
        うるさいだけの北条さんも、お父さんに向かってだだこねてるお母さんもまるでドラマのワン
 
        シーンのように大げさなんだもん。なまじ顔が良いだけにその光景は余計現実離れしてて、笑
 
        いをこらえたくなるんだ。
 
        「あのー、盛り上がってるところ申し訳ないんですけど、できればあたしも北条さんと結婚し
 
         たいなぁって」
 
        「……」
 
        その時のお父さんの表情、ずーっと忘れられないわ。
 
        キランて目が光って、悪巧みが成功した北条さんとそっくりだったの。親子の繋がりって怖い
 
        な、優しい雰囲気で善人の顔してるのに、中身は息子とうり二つ。
 
        「そうですか、そない言わはるんでしたらお嬢さんの望みを叶えんわけにはいきませんな」
 
        難しい顔してるのに、明らかに声の調子が違う。目配せしてお母さんとしてやったりな微笑み
 
        を交わしちゃって。
 
        この親にしてこの子あり…。
 
        「ちっとは人の話も聞かんかい!!」
 
        我慢の限界、理性の糸をぶっちり切っちゃった北条さんがあたしの複雑な家庭事情を説明始め
 
        なかったら、どんな大事になっていたのか、想像するのも怖い。
 
        落ち着いたというには静まりかえりすぎたリビングで、母親のこと、叔母さん夫婦のこと、上
 
        手くぼかして雅樹君のことなんかを手早く説明した北条さんは、握っていたあたしの手に一度
 
        力を込める。
 
        大丈夫かな…こんな事情のある子じゃ息子の嫁には相応しくないっていわれちゃったらどうし
 
        よう…そんな不安を慰めるように、彼の手は力強くて温かかった。
 
        「そしたら誠心誠意お話せんと、凪子ちゃんは貰われへんかもしれんわねぇ」
 
        ため息を吐いて言ったのはお母さん。捨てられちゃった親無し子だとかって辺りは気にならな
 
        いみたいで、あくまであたしをお嫁さんにしてくれるつもりはあるみたい。
 
        「そうやな、京介に忠告されたように凪子ちゃんを大事になさっとる様子やし、本腰入れなあ
 
         かんやろな」
 
        お父さんも一緒で、難しい顔して考え込んでしまった。
 
        「あのー、母の行状は気になったりしないんですか?」
 
        墓穴堀だとわかっていても聞きたかったのよ。真剣にああしたらいい、こうした方がって先の
 
        展開考えて下さってるけど、やっぱり子供を捨てる母親の娘は、とか後で言われたら悲しいか
 
        ら…。
 
        対して2人とも全然と笑顔で首を振られると、つっと北条さんに視線を送る。
 
        「うちが気になるんはこの子の行いの方やもの。いつまた悪い病気が出て、凪子ちゃんを泣か
 
         せるかわからんでしょ?お子ができた時の心配はせんでええんよ。1人で育てさせるような
 
         真似、絶対させへんから。京介があてにならんでも雅俊さんもうちも、兄弟もいるんやもの
 
         凪子ちゃんは安心して、な?」
 
        「せや、お母さんかてきちんと結婚しとったら凪子ちゃんを置いてくようなことはせんかった
 
         やろ。家族の協力があれば子育てに苦労はないよ。それに比べると京介の先はなぁ…ほんま
 
         心配や」
 
        「俺かて心配はいらんわ!誰に助けて貰わんでも、凪子と子供くらいきちんと守ったる」
 
        すごいなぁ…ちゃんと北条さんを作った人達なんだ。
 
        ポジティブでキャパが広くて、甘えたらどこまでも許してくれる。ここん家の子になれたら、
 
        すごい幸せになれちゃいそう…。
 
        「あたし…北条さんのお嫁さんにもなりたいけど、お父さんとお母さんの娘にもなりたいです」
 
        叔父さんや叔母さんもすごくよくしてくれたけど、やっぱりどこか負い目があってこんな気持
 
        ちになったことない。両親揃った友達を見て、いつか自分にもって思ってたけど、この人たち
 
        を親と呼べたらどんなに嬉しいだろう。
 
        久しく封印していた思慕の情が帰ってきて、目の前で微笑む2人に涙が落ちた。
 
        お願いです、あたしを2人の子供にして下さい。
 
        「凪子」
 
        涙が止まらないあたしを、そっと抱きしめてくれたのは北条さん。あやすように優しく髪を撫
 
        でながら、大丈夫って何度も何度も囁いて。
 
        「泣かんで、凪子ちゃん。ちゃんと娘にもらえるよう、話したげるから」
 
        回り込んだお母さんが、優しい香りのするハンカチで涙を拭ってくれる。
 
        「京介がおとなしくしとってくれたら、きっと認めてもらえるやろ。そしたら家に帰ろうな」
 
        ポンポンと頭に手を置いたお父さんも、柔らかい瞳で見守ってくれてる。
 
        よかった、ホント家族ができるって思うと心が躍っちゃう。…でも、なんか気になる一言があ
 
        ったような…。
 
        「お家に、帰る?」
 
        はて、少し前にもそんなセリフを聞いたような。
 
        「せや、これと一緒に置いとくんは限りなく心配やからな。大阪に帰って花嫁修業したらええ」
 
        困惑顔を上げたあたしに胸を張って言い切ったお父さんに、一も二もなく賛同したのはお母さ
 
        ん。
 
        「ステキ!ええ考えね、雅俊さん!凪子ちゃんは高校生やって言うし、京介と暮らすんは早過
 
         ぎやもの、あっちで学校も見つけてあげるからうちと帰りましょ」
 
        「え、あの…」
 
        「あかん、あかん、あかーん!!なに言い出すんや、二人して!!」
 
        この場に置いて、必死であたしを隠そうとする北条さんの行動になんの意味があるんだろう。
 
        犬が飼い主の目の前で餌を隠す行為と似てる。あっちの方が立場が上だよ?虚しい抵抗?
 
        邪魔するなら噛みつくって勢いの息子を鼻で笑って、お父さんはあたしを引っ張り出すとお母
 
        さんの手にゆだねる。
 
        「お前とおったら、明日にも子持ちになってしまうやろ?いたいけな女子高生の未来を潰すよ
 
         うな真似、させるわけにはいかん」
 
        あはははは…的を射てて反論できません。確かに朝となく昼となく腕の中から解放してくれな
 
        い北条さんといるのは身の危険、ばしばし感じちゃうもんね。
 
        「ふざけんな!やっと手に入れたんやぞ、なにが悲しゅうて親に恋人取られなあかんのや!」
 
        「人聞き悪いこと言わんといて。危険人物から保護するだけやないの。大事な娘にもしものこ
 
         とがあったら一大事やもの」
 
        ねぇ、って同意を求められるとお母さんの子供にして下さいって泣き落とした手前、強くは出
 
        られない。
 
        しかし、一足飛びに大阪にお引っ越しは叔父さんと叔母さんが良い顔しない気がするんだよね。
 
        だからきっと大丈夫、ここは面白いからやりこめられる北条さんを観察しちゃおう。
 
        「凪子までそっちの味方するんか…わかった。俺も大阪に帰る!!」
 
        無理言うなぁ、大学どうする気なんだろ?
 
        高らかに宣言した北条さんは面白いけど、この先の展開は読めなくてなかなか不安よ?
 
 
 
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