20.
 
 
        ちょっとうるさいんじゃない?
 
        延々とリピートし続ける着メロにお布団を被るけど、電子音は意外に響くんだよね。
 
        「ほーじょーさん」
 
        他人の体温が恋しくなってきた季節、隣で快眠を貪る彼の背中にピタリと寄り添ってみる。
 
        いーなー、人肌。丁度良い保温具合だわ。
 
        「んん…?」
 
        けたたましい音も無視して眠り続けてた体が転がって、意外に筋肉質の腕がパジャマ越しに意
 
        志を持って動き始める。
 
        よしよし、いい感じ。
 
        「なんや、凪子。朝からおねだりか?」
 
        締まりない表情で近づいてきた顔を力任せに上向かせると、きっちり体一つ分空けてベッドの
 
        端に避難した。
 
        「そんなわけないでしょ。それ、止めて」
 
        しばしの沈黙の後、これ見よがしの吐息と共に騒音の元は消え失せて。
 
        これでやっと、眠りの波に戻れるわ。
 
        声をひそめた不機嫌な応対も、綿越しじゃさしたる妨げにはならない。しつこい恋人にただで
 
        さえ睡眠時間を削られてるんだもの、休日くらいは寝だめしなくっちゃね。
 
        ぬくぬくとご機嫌で柔らかな感覚に包まれてたって言うのに、
 
        「はあ?!もうおるんかい!」
 
        突如上がった叫び声に飛び起きたのは、北条さんの焦りが伝わってきたからかも知れない。
 
        大抵のことでは動じない人なのに、いつだってあたし以外には余裕の態度で臨む人なのに、何
 
        事?
 
        「ちょお待てや!おかん、聞けっちゅーの!!」
 
        悲鳴に近い声に続いた不気味な間と、その後振り返った呆然とした表情の理由が怖くて聞けな
 
        い。
 
        今、お母さんて言った?
 
        「そこの駅におかんがおる…5分もあったらここにくんで」
 
        寝癖のついた髪と、下にスウェットしか着ていない北条さん。パジャマを着込んでるあたしの
 
        方が彼の服装よりはマシだけど、大差はない。
 
        「いやーっ!!」
 
        寝床を飛び出した行動は、普段の自分からは信じられないくらい素早かった。
 
 
 
        「やから、待てって!」
 
        「放して!」
 
        適当にくくった髪も、被っただけのトレーナーも、色目も考えずに身につけたスカートも、ど
 
        れを取ったっておかしいのはわかってる。
 
        バッグの中身なんて絶対人に見せられない状態だしね。洗面所の歯ブラシ、お揃いのマグカッ
 
        プ、お茶碗にお箸に制服と、なぜか下着。とにかく一緒に住んでくることが知れるモノは全て
 
        小型ボストンに突っ込んで、後は逃走あるのみ!
 
        「間に合うわけないやろ」
 
        玄関で捕まって押し問答してる時間を有効活用できたら、大丈夫なんだって。後生だから見逃
 
        して!
 
        走り回るあたしの後を無駄な説得しながら追い回していた北条さんは、起き抜けの格好のまま。
 
        さっきまで寝てましたって息子と、明らかに未成年の女の子を見つけたお母さんの反応を考え
 
        ると、冷や汗どころか気を失っちゃいたいくらいよ。なにがあってもここで鉢合わせだけはし
 
         たくない!
 
        「ええんや、遅かれ早かれ凪子を紹介しようと思っとったし、状況はまぁ…想定外やけどなに
 
         があろうとお前を悪くはいわせんから、おとなしくここにおり」
 
        背後から抵抗も叶わない力で抱きすくめて、耳に甘い囁きを吹き込まれても安心なんかできな
 
        い。
 
        「やだ!北条さんが今まで付き合ってた女の人達と一緒だと思われるの我慢できないもん」
 
        より一層暴れながらこぼれ落ちたのは本音。
 
        17で同棲なんかしてる女の子は、北条さんのお母さんくらいの年齢なら間違いなく「ふしだ
 
        ら」とか「身持ちが悪い」なんて死語を使って軽蔑されちゃうんだから。彼の過去の行状を知
 
        ってる人だから絶対、いい加減に付き合ってた彼女たちと同じ扱いにされちゃうんだから。
 
        せめて第一印象くらいは、バッチリ可憐なお嬢さんで決めたいの!…餌のいらないおっきな猫
 
        つきでいいから。
 
        「なぎ…」
 
        「おはようさん!」
 
        バン!ガン!!
 
        …いひゃい…。
 
        勢いよく開いたドアに顔を強打され、目にお星様どころか太陽がスパークしちゃった。
 
        滲む視界に人影は捕らえられないけど、異常に明るい声とタイミングから察するに…。
 
        「おかん!」
 
        …やっぱり。
 
        引き起こしてくれる北条さんに支えられながら、ゆっくり焦点を合わせた先にいたのはお着物
 
        姿も美しい妙齢の女性で、はんなりとした様子からは信じられないくらいご陽気な方らしかっ
 
        た。
 
        「あらあらあら、いややわぁ、人がいはるなんて思わへんかったから…っ!まあまあまあ!か
 
         あいらしいお嬢はんやないの、どこで道を間違わはったの?こんな男とおったら人生棒に振
 
         ってしまいますえ」
 
        「え、や、その…」
 
        「それが自分の息子に対する言いようなんか?!」
 
        矢継ぎ早に警告をして、ちろりと喚く北条さんを見やったお母さんはついて行けないあたしの
 
        髪をおもむろに解き放った。
 
        「綺麗な髪してはるのね〜きっちり結い上げたらお着物が似合いそうやわぁ。そうや!うちと
 
         お買い物に行きましょ。せっかくやもの、美容院にも寄って綺麗にして東京の街そぞろ歩い
 
         たら楽しいと思わへん?」
 
        自己弁護に精一杯でギャンギャンうるさい北条さんは、あっけなく恋人の所有権を母親に奪わ
 
        れてしまう。
 
        でもさすがに外に連れ出される前には止めてくれたけど…。
 
        「人のモン勝手に持ち出すんやない!全く油断も隙もあらへんがな」
 
        取り戻した頭をちっちゃい子にするみたいになで回されるのは、逆に迷惑なんですけど。ただ
 
        でさえぼさぼさの髪が見る影もなくなるでしょう?
 
        手櫛でできる限り真っ直ぐに整えてると、覗き込まれる寝起きのボケ顔。
 
        「アンタが連れ歩いてたお子達とは、えらい毛色が違うんやないの?うちを喜ばそうとおもう
 
         て用意してくれはったお嬢はんを自分のもんみたいに言うんは関心せんわぁ」
 
        うっわー、微笑みが綺麗で怖いですぅ。あたしに向けられたんじゃないから、我慢できるけど
 
        ね。
 
        「誰がおかん用の女わざわざ調達するか!凪子は俺の大事な子ぉや」
 
        「…脅しに乗ることはないんよ?うちが助けたげるからホントのこと言うてええんよ?」
 
        北条さん無視です、彼の言うことは全く信用がないです。
 
        決めつける口調のお母さんにちょっぴり困ったんだけど、一応好きな人だからね、フォローし
 
        てあげないと。
 
        「えっと、きちんとお付き合いしてます。その…」
 
        言葉を選んでできるだけ誤解のないよう話そうとしてるのに、せっかちの彼は待てなかったみ
 
        たい。
 
        「嫁にもらう気ぃでおるんや。邪魔せんと…」
 
        「まぁぁぁ!!」
 
        …もっとせっかちさんがいました…。
 
        言い終わらないうちにあたしを抱き取ったお母さんは、それは嬉しそうに頬ずりをしてきらり
 
        と瞳を輝かせたの。
 
        「嬉しいわぁ、お買い物にも着せ替えにもつきおうてくれる子ぉが欲しかったんよ。京介や、
 
         まともなお嫁はんは期待できんと思うてましたのに」
 
        あたし、おもちゃ?いえ、嫌われるよりは全然いいんだけど、それでも親子揃って人間に対す
 
        る扱いが激しく間違ってるんじゃない?
 
        「ちっがーう!おかんに取られるんはごめんや!着せ替え人形なら兄貴か聡介(そうすけ)の
 
         嫁でやったらええやろ」
 
        奪い返した恋人を背後に仕舞ってくれるのはいいんだけど、土足のままよ?なにより無機物じ
 
        ゃないんで、あっちにこっちに引っ張り回されると目が回っちゃうんですけども。
 
        「英介(えいすけ)はあかんのよ。アンタとちごうてほんま奥手で、仕事が恋人なんやもん。
 
         聡介はまだ高校生やし、悪い見本ばっかりあったせいで彼女がころころかわるんやもの」
 
        最後は北条さんに嫌みも吐いて、お母さんは深いため息をついたのだった。
 
        いつもそうなんだけど、生活態度が忍ばれる人だよねぇ…。ちゃんと生きよう、ね?
 
        「それで、お名前はなんていいはるの?」
 
        バツが悪そうに視線を泳がせる人とは対照的に、楽しそうにあたしと視線を合わせるお母さん
 
        の目がハンターだ。
 
        ううっ…北条さんに捕まってから芋づる式どんどんおかしな知り合いが増える気がする。
 
        しかも今度は身内だよぅ。
 
        「春山凪子です〜」
 
        憐れな獲物の諦めは彼女を大層満足させたようで、北条さんにしがみつく手を取るとご機嫌で
 
        言ったのだ。
 
        「早速やけどご実家にお邪魔してもかまわへんかしら?ご両親にお許しを得たら、一緒に大阪
 
         に帰りましょ」
 
        「おかん!!!」
 
        帰るって…あたしのお家はどこにあるんですか…?
 
 
 
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