2.
 
 
        「なかなかハードな人生送ってたんやな」              
 
        駅前の静かな珈琲専門店で北条さんが言った。
 
        雅樹君と同居する理由を簡単に説明するには自分の生い立ちをも語らなきゃいけないわけで、
 
        同情はごめんだったあたしはできるだけ感情を込めないで話したつもりだったんだけど…北条
 
        さんの表情は随分暗くなってしまった。
 
        「別に殴る蹴るされた訳じゃないし、叔母さん達もよくしてくれるし、結構幸せだよ」
 
        へらっと笑いながら言ったんだけどなぁ、その眉間の皺どうにかならないかな。
 
        「その辺りは心配してへん。凪子の真っ直ぐな育ち方見たらわかるしな。それより気になんの
 
         は雅樹ゆうガキや」
 
        「なんで?いい子だよ」
 
        「冗談ぬかせ、ありゃ間違いなく俺たちの仲邪魔してくるやろ」
 
        「んー確かにねぇ」
 
        北条さんに突っかかってた様子とか、あたしへのお説教とか邪魔する気は満々みたいだけどそ
 
        こまでするかな?
 
        「そのうち認めてくれて仲良くできる気がするんだけど、駄目?」
 
        楽天的に言ってみたらば、ちょっと睨まれた。
 
        その表情から察するに、彼は雅樹君のこと敵と認識しちゃったみたいなんだよね。相性でも悪
 
        いのかな。
 
        「好きな女のカレシと仲良くする男はおらんやろ。そない抜けた事ばっかり言うとるとその内
 
         襲われるぞ」
 
        「…そう言う感情は無いと思う」
          
        突飛な事を思いつくもんだと北条さんを見れば、至極真面目な表情。
 
        どっから出た推測だか、邪推だよぉそれは。
 
        「ただの従兄弟があそこまで言うか。凪子を家へ引っ張り込もうとしてた表情なんか鬼気迫る
 
         もんがあったで」
 
        思い出して身震いしちゃったあたしは一瞬その言葉を信じそうになったけど、すぐ打ち消した。
 
        だって雅樹君には彼女いるんだよ?あたしに自慢したりしてたし、好きって事はないと思
 
        うんだけど。
 
        「信じる信じないは凪子の自由やけど、あの家に置くんは心配やな」
 
        強情なあたしを納得させることは諦めた北条さんは盛大なため息をつく。
 
        「もう、10年近く一緒に暮らして何もないのに、今更何を心配するのよ」
 
        ナイナイって手を振りながら笑うあたしを彼はじっと見てたんだけどね、とんでもないことを
 
        言い出した。
 
        「一緒に住まんか?」
 
        口に含んだ珈琲を吹き出しちゃうくらい驚いた。実際にはそんなマンガみたいなことしなかっ
 
        たけど。
 
        でも、それくらいびっくりしたんだから。高校生で同棲なんてできるわけ無いでしょ!
 
        「あいつと同じ家におんのはほんまにまずい。これまで凪子が無事やったんはカレシゆう脅威
 
         がおらんかったからや。けど俺に会うてしもうたんやで、焦ったら何するかわかったもんや
 
         ない」
 
         宣言されてもなぁ…。ってかその思考から離れてくれないかなぁ…。
 
        「俺と一緒におったら安心や。あのガキには指一本触らせんし」
 
        「雅樹君といるより身の危険を感じるんだけど」
 
        気のせいじゃないでしょって北条さんを見るんだけど、本人はどこ吹く風。全然気にしないど
 
        ころか自分の考えがいたくお気に召したようで、そうだ、それがいいって拳を握りしめちゃっ
 
        てて。
 
        はぁ、頭が痛くなってきた。
 
        「検討する価値もない話はもういいよ。遅くなると叔母さん心配するし、雅樹君もうるさいか
 
         ら帰る」
 
        立ち上がってレシートを取り上げた手をがしっと掴まれたのはその直後。
 
        押しても引いてもびくともしない強い力を込めてあたしを捕らえた彼は真剣で、瞳は心配に揺
 
        らめいていた。
 
        「ほんまに帰るんか?なんかあったら凪子が家にいづらくなるんやで」
 
        「北条さん…」
 
        彼が発した警告の数々は、あたしの体の安全だけではなく、もっと広範囲な生活そのものを心
 
        配してのものだったんだとその一言で知ることができた。
 
        そっか、雅樹君に襲われたりしても叔母さん達には言えないよね。元凶はあたしなんだし、居
 
        候の身の上としてはもうあの家にいる事ができなくなる。
 
        「大丈夫、その時はすぐ北条さんに連絡するから。助けに来てくれるでしょ?」
 
        かすみや美和だって事情を知ったら手を貸してくれるだろうけど、一番にあなたを頼るから。
 
        笑顔に信頼をのせて見つめると、安心したように彼は頷いた。
 
        「まかしとき。凪子一人くらい俺が養ったるから」
 
        余計な心配だとは思うんだけどね。
 
        あり得ないことを真剣に気にかけてくれるカレシに惚れ直しながら軽い気持ちで交わした会話
 
        が現実になっちゃうなんて、この時のあたしは考えもしなかったのだ。
                   
 
 
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