17.
 
 
        「あら、偶然ね」
 
        「…ホントに」
 
        スーパーの前で、雑誌の切り抜きよろしくポージングした美咲さんは、この出逢いがその一言
 
        で納得してもらえると信じてるんだろうか。
 
        周りは子供連れやら、ちゃりんこのおばちゃんやらおおよそ彼女の素敵な格好に不釣り合いの
 
        人ばっかなのに。
 
        「ここで買い出しってコトは、京介が得意気に同棲を吹聴して回ってるの嘘じゃないのね」
 
        北条さーん、恥ずかしいから言いふらさないでっ!
 
        鼻で笑うってな具合に、明らかにあたしを見下してる美咲さんの真意は、偵察と一度は挫折し
 
        た嫌がらせだろうな。
 
        あんまり関わり合いになりたくないんだけど、今日は助けもいないしなぁ。
 
        叔母さん達と約束してる定期訪問を済ませ、アパートに帰り着いたのはさっき。
 
        新学期の準備や、宿題に買い出しを忘れていたことを思い出し、預かった財布を持ってスーパ
 
        ーに来たまではよかったのに、待ち伏せされるとはついてない。
 
        「あのう、会って早々なんなんですが、ご飯の用意しなきゃいけないんで失礼していいです
 
         か?」
 
        楽しくない過去の出来事を聞きたいとは思わないから、逃げを打つ。夕食時なのもホントだし
 
        ね。
 
        「お料理、できるの?あなたじゃ私のスパイスを、半分も使えないんじゃないかしら。実技指
 
         導してあげてもいいわよ」
 
        いきなりケンカ売る?普通。楽しげな顔がなんてむかつくんでしょ。
 
        あたしをブルーにさせた小瓶達は、美咲さんの置き土産だったようで、やることがいちいち陰
 
        険って言うか…ピアスもこの人?
 
        「和食にはあんまりスパイス使わないんで、結構です」
 
        名前も知らないような調味料、日本人の食卓には不要だもん。
 
        「京介は洋食の方が好きなのに、あなた知らないの」
 
        得意気に仰るそれは、嫌がらせ第一弾かな。…もしホントに北条さんが洋食好きなら、ちょっ
 
        とへこむんだけど。
 
        だって、知らずにずっとおみそ汁出し続けちゃったから。
 
        僅かに揺れた心中を、まるで見て取ったように美咲さんの唇が歪む。
 
        「もう寝たの?」
 
        「…っ!何言い出すんですか、こんな所で!」
 
        往来で、しかも子供が陽気に通り過ぎる中、大人の会話はまずいよぅ。
 
        「ふうん、そう。じゃあ、京介がフリーになるのも時間の問題ね」
 
        どこを取って結論に辿り着いたのかはわからないけど、胸の隅がちりっと音をたてたのは真実。
 
        数日前、大学の構内で同じコト言われた。北条さんはきちんと否定してくれたっけ?寝たら最
 
        後飽きて捨てられるって美咲さんのセリフ。
 
        頭をもたげた不安に、隙を見いだした彼女は続ける。
 
        「私が彼と付き合った時間、一番長いんじゃないかしら。あの頃も派手に遊んでてね、声をか
 
         けられるとすぐホテルに直行しちゃうから苦労したわ。でも、彼の部屋へ入ることを許され
 
         たのは私1人」
 
        チャリっと金属の触れ合う音に目を上げると、束ねられたキーホルダーの一本が自分の持つそ
 
        れと同じであることに気づいた。
 
        ギザギザの鍵じゃない、表面に不規則に穴の並んだ鍵。ピッキング防止用とかで、通常のモノ
 
        と形態が違うから
 
        すぐわかる、北条さんの部屋のキー。
 
        別れたはずなのに、どうして美咲さんがそれを持ってるの?…ああ、でも回収し忘れたってコ
 
        トもあるじゃない。
 
        「京介がね、美咲なら自由に出入りしていいってくれたのよ。別れたって本人は言ってるみた
 
         いだけど、きちんと話をした訳じゃない、お互い別の人と遊んでいたからあう回数が減った
 
         だけ。あなたも遊ばれてるだけだって可能性、否定できる?」
 
        意地の悪い声で、たたみ掛けられるとそうじゃないだろうかと思えるから不思議。
 
        言い返したいのに、あたしと北条さんの関係が強固なモノだって確信も揺らぎ始める。
 
        合い鍵の存在、忘れてただけだよね。美咲さんと別れてないなら、この前教えてくれたよね。
 
        問いかけても、返してくれる人がここにはいない。
 
        『心配しぃやな、凪子は』って髪を撫でてくれる手もない。
 
        信じなきゃ、でも、あたしは美咲さんほど北条さんをよく知らないのに…?
 
        「おばさん、女子高生いじめるなよ」
 
        無限ループの思考から、脱却できないで立ちつくしてた背後で、聞き慣れた声がした。
 
        振り返れば、不機嫌な表情を纏わせた雅樹くんが歩み寄り、あたしと美咲さんの間に体を割り
 
        込ませてくる。
 
        「お、おばさんっ!私まだ、20よ」
 
        「ああ?化粧べったりで、陰険に詰め寄ることなんか小姑みたいじゃないかよ。世間一般では
 
         その手の連中をおばさんてんじゃないの?」
 
         き、きつい…。相変わらず辛辣なコトを平気で言う彼だけど、視界いっぱいに広がる意外に
 
         広い背中は、あたしにとっては天の助け。
 
         美咲さんに思考を引っかき回される前に、北条さんに会いたいんだもん。それにはこの場か
 
         ら逃げることが先決なのよ。
 
         強力かつ、凶悪な援軍に心の中でエールを送りながら、あたしは虎の威を借りちゃうコトに
 
         した。
 
         北条さん相手ならポンポン出てくる悪態が、他の人には引っ込んじゃうのが悲しいわ。
 
         「なんなのよ、君。いきなり出てきて失礼なこと言って」
 
         狼狽え始めた美咲さんの様子は、かすみにやりこめられた時と同じで、うまくいけば退散し
 
         てくれるかなと期待しちゃう。
 
         「お互い様だろ。躾の悪い男を手元においとくために、餌食になった羊にケンカ売るのはお
 
          門違いじゃないのか?嫌がらせは凪子じゃなくて、あいつにしろよ。ま、別れてくれたら
 
          万々歳ってのは俺も同感だけどな」
 
         前半は雅樹君に賛成だけど、後半はちょっと…別れたくないからあたし迷惑してるんだよ。
 
         「…利害が一致してるなら、邪魔することないんじゃないの?君はその子を、私は京介を取
 
          り戻せればいいんだから」
 
         相通ずるモノを感じて、少し余裕を取り戻した美咲さんは、損のない提案をしたつもりだろ
 
         うけど、雅樹君の態度は変わらなかった。
 
         「俺はあんたみたいに底意地悪くはなれない。凪子は欲しいけど、嫌われるのはイヤだ」
 
         チラリとこちらを振り返った彼の目は、少し前子供っぽい理屈であたしを縛り付けようとし
 
         た人と同じとは思えないほど落ち着いて、深みを増していた。
 
         そうか…雅樹君も1人の時間、いっぱい考えたんだね。あたしの気持ち、自分の気持ち…北
 
         条さんの気持ち。
 
         「…子供ね。欲しいモノはどんな努力をしても手に入れるものよ」
 
         「違うね、あんたのは努力じゃない。ワガママだ」
 
         大人ぶった美咲さんの物言いに、成長した雅樹君の声が重かった。
 
         勝負あった、かな。
 
         「行こう、凪子」
 
         返す言葉に詰まった彼女に背を向けると、雅樹君があたしの肩を押す。
 
         一瞬迷ったけど、消える方がいいよね。
 
         格好悪い自分は見せたくないもんね。
 
 
 
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