16.
 
 
        「京介、カノジョ死んじゃうわよ」
 
        ブラックアウトしつつある意識を引き戻したのは、女の人の優しい声だった。
 
        「ああ?うわぁ、凪子!」
 
        今更ながら、あたしを絞め殺しそうな事実に気づいた北条さんが、慌てて腕を放したのはその
 
        直後で、どうにかこの世に踏みとどまることのできたことに感謝せずにはおれなかった。
 
        ホントにこの人は加減手ものを知らないんだから!
 
        「…喉痛い…」
 
        掠れた声で発声練習なんかしてると、隣でくすくす不埒な忍び笑いが漏れている。
 
        「何がおかしいんですか、かすみさん」
 
        「愛されてるなーって感動してんですよ、凪子さん」
 
        バカ言ってるんじゃないわよ。愛情確認するには過激すぎるじゃない。危うくお花畑が見える
 
        ところだったんだから。
 
        「ごめんな、どこも痛いとこないか?」
 
        情けない顔して、あたしの髪をかき回す北条さんの手を、横手から伸ばされた指が止めた。
 
        「やめなさい、カノジョ怒ってるわよ」
 
        綺麗にマニキュアを施された爪が、むき出しの肌に触れている。ほどよく日に焼けた腕と対照
 
        的に、血管が透けて見えるほどに白い手。
 
        その先を辿れば、モデル並みに細い体に小さな頭が乗っている。背の半ばを覆う髪は、日に透
 
        けて淡い栗色に輝き、薄化粧を施した顔は、大人の色気を充分に含んだ美貌で人目を引く。
 
        長身の北条さんと並んでも見劣りしないのは、高いミュールを履きこなしてるからなんだろう
 
        けど、それ以上に纏う空気が違う気がした。
 
        「凪子?」
 
        あたしのモノのはずなのに、他の人と一緒にいる方が似合って見えるのが口惜しくて、唇を噛
 
        む。
 
        やっぱり来るんじゃんなかった…。自分じゃ釣り合わないってわざわざ確認するなんてバカみ
 
        たい。
 
        黙り込んだのを訝しむ視線から逃れるように、笑う。
 
        へこんでどうするのよ、どんなに頑張ったて急に大人になれるわけじゃないんだから、なによ
 
        り今、北条さんのカノジョはあたしなんだから、堂々としてればいいのよ。
 
        「殺す気?」
 
        睨みつけたら、拝まれた。
 
        「悪かった。こいつら人のモン平気で取ろうとするさかい頭に血ぃ上った」
 
        「自業自得でしょ?」
 
        行いが悪いから、すぐにカノジョ替えるから誤解を生むんじゃないの。
 
        小林さん含め、ここにいる男の人全員、頷いてるよ。
 
        「ホントよね。京介って一人の女に落ち着くことがないから」
 
        未だ北条さんに触れたままの彼女は、そう言って笑った。
 
        「落ちついとるわ、人聞き悪いこと言うんやない」
 
        細い手を乱暴に振り払って、不機嫌全開の北条さんが睨め付けるのに、微笑みが動じることは
 
        ない。
 
        どころか、形のいい唇を歪めるとかがみ込んであたしに視線を合わせてきた。
 
        「だめよ、信じちゃ。この人の常套句なんだから。好きだ、愛してるって言ったその口で、他
 
         の女を口説いてるの。まさか冗談の通じない高校生にまで手を出すとは思わなかったけど、
 
         寝たら最後飽きて捨てられるんだから」
 
        「美咲!!」
 
        北条さんの怒声が響く中、あたしは妙に納得した。
 
        元カノ…ヤリ友かな?牽制されたというか、ケンカを売られたというか、纏う空気が北条さん
 
        と似てたのは、大人の付き合いができる、つまり一晩だけの関係もオッケーって人だったから
 
        なんだ。
 
        このセリフを聞く限り、それも怪しいけどね。
 
        本気になったのか、手に入らなかった男が執着を見せる女が気に入らないのか、どちらにして
 
        もあたしの存在は彼女のプライドを傷つけた…らしい。
 
        「怒るような事じゃないでしょ?京介はずっとそうしてきたじゃない。相手が子供だからって
 
         嘘をつくのは酷よ」
 
        せせら笑う彼女に、北条さんが手を挙げるんじゃないかと心配してるのはあたしだけじゃない
 
        ようだ。
 
        小林さんも、友人方も彼の行動を伺うように目をこらしてる。何かあったらすぐ止められるよ
 
        うにと。
 
        「いい大人が、子供に嫉妬するんじゃないわよ」
 
        緊迫を破ったのは、大人しくやり取りを聞いていたかすみだった。
 
        「あなた、誰?」
 
        部外者が口出しするなとばかりにきつい視線を寄越す美咲さんなどモノともせず、かすみはた
 
        め息混じりに首を振る。
 
        その小馬鹿にした態度、ブラボー!…って、あたしが言わなきゃいけないのに、ありがとう、
 
        友人!
 
        「そっちこそ誰よ。いきなり出てきて人の話にくちばし突っ込むんじゃないってーの。北条さ
 
         んがあんたとどんな付き合いしてたのかは知らないけど、この二人には関係ないでしょ。ヤ
 
         リ捨てられたのは自分で、凪子じゃないんだから」
 
        「…っ!私は、その子が同じ目に合わないように忠告してあげてたんじゃない!」
 
        「あら、そう?あたしにはあんたの言葉を真に受けた凪子が、北条さんと揉めればいいって聞
 
         こえたけど」
 
        こ、怖い…美人が睨み合う図って迫力があるよぅ。
 
        かすみの気持ちは嬉しいけど、あたしのせいでケンカするのはダメ。小林さんの心証が悪くな
 
        っちゃうって!
 
        「あの、かすみ、あたし平気だから」
 
        こそっと囁いたら、もの凄い勢いで睨まれた。
 
        「平気じゃない!こんな女に、友達の恋愛壊されるなんて冗談じゃないわ!」
 
        あ、ありがと!でも、でも、あたしだって友達の恋愛心配してるんだって。
 
        「もうええよ、かすみちゃん。おかげで冷静になれたし」
 
        オロオロするあたしをそっと抱いて、かすみの頭を撫でた北条さんが一歩前に出る。
 
        助かった、けどあっちは大丈夫かな…?
 
        大きな体の陰から友人を伺うと、小林さんがちゃんと宥めてくれていた。
 
        「偉かったね、かすみ。ごめんな、ホントは俺が言えばよかったのに、イヤな役回りさせちゃ
 
         ったな」
 
        ちゃんとフォローしてるよ、心配はなかったんだね。かすみのいいとこわかってくれてるカレ
 
        シでよかった。
 
        こっちは大丈夫って視線を受けた北条さんが、小さく頷いて引きつる美咲さんに顔を向ける。
 
        さっきまでの怒りに駆られた様子は消え、細められた瞳は突き放すように冷たかった。
 
        それ、絶対あたしにしないでね?大泣きしちゃうから。
 
        「言いたいことがあんのやったら、俺に言うてくれ」
 
        感情の籠もらない声で言い放たれると、僅かに動揺を見せた美咲さんだったけど、立ち直りは
 
        早くタカビー丸出しの態度で背を向けた。
 
        「別にないわよ、ばからしい」
 
        バカらしいって、いいよなー美人は自分が元凶でも言葉一つで責任転嫁して退場できるんだか
 
        ら。
 
        颯爽通り越して滑稽に見えちゃう後ろ姿を見送ってると、頭上から盛大なため息が聞こえた。
 
        「ったく、あの女は…かすみちゃんやないけど、これで凪子が怒ったらどないするつもりやっ
 
         ちゅーねん」
 
        「…怒りはしないけど、呆れてるよ?」
 
        美男も責任転嫁は得意らしい。
 
        事の起こりは自分の不誠実な行いだって自覚、ないの?
 
        「凪子ちゃん、俺紹介する男、間違えたね」
 
        小林さんの申し訳なさそうな声に、北条さんが反論するより早く例の三人組が(まだいたのか)
 
        あたしの周囲を取り囲む。
 
        「顔はこいつに勝てないけど、こんな目に合わせない自信ならあるから」
 
        「男は中身で選ばないきゃな、別れた方がいいって」
 
        「ああいう女が両手じゃ足りないほどいるんだぞ?今ならまだ間に合う」
 
        心の底から同感です。
 
        ついうっかり、首を縦に振りかけて背後から伸びた腕に拘束された。今度はちゃんと加減した
 
        力で、ね。
 
        「凪子!もう絶対こんな目に合わせへんから、愛想尽かすんだけは、勘弁して!」
 
        信じてるけどね、面白いからほっとこ。
 
 
 
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