15.
 
 
        「で、同棲生活って楽しい?」
 
        なだらかな坂道をてくてく歩く隣で、かすみが言った。
 
        「体力勝負」
 
        坂に疲れてるのか、生活に疲れてるのか、やる気のない声であたしは答える。
 
        一瞬止まった友人の動きに気づいたけど、一体どんな返事を期待してたのよ?
 
        毎日甘々で超ハッピーってなバカぽいセリフってんなら殴りつけるから。ううん、代わってあ
 
        げるわよ一週間。
 
        「体力…一週間疲れ切るほど何してわけ?」
 
        引きつった笑顔で聞いてくるならうすうすわかってるんでしょうに。
 
        そうよ、ご想像通り毎日毎日襲い来る獣と、逃げつ縋りつのデッドヒートを繰り返してたの。
 
        玄関でもリビングでもお風呂でも、もちろんベッドなんて本来の使い方忘れちゃうくらい、あ
 
        の獣には限界って言葉が理解できないんだから。
 
        「本当に聞きたい?」
 
        我ながら凄みのある視線を送ると、かすみはありったけの力で首を横に振った。
 
        「…北条さん恐るべし…」
 
        その呟きにはひどく同感だわ。
 
        2学期が始まった初日、ここ一週間の生活を考えたら始業式だけの今日なんて自宅に直行、ベ
 
        ッドで一休みするのがいいってわかってる。
 
        でもね、何を押しても行ってみたかったのよ、北条さんの大学。
 
        だから小林さんと約束してるかすみに、くっついて来ちゃったの。
 
        しかも抜き打ちでありのままの彼を観察、他の女の人に色目使ってたら…どうしてくれよう。
 
        「そこまで入れ込んでるなら、北条さんが目移りする心配はないと思うんだけどな」
 
        学校でピアスの一件を聞いたかすみは、快くというよりおもしろがって大学への同行を賛成し
 
        てくれたのに、今のやり取りで心変わりしたらしい。
 
        「だって、北条さんの周りには綺麗な人がいっぱいいるんだもん」
 
        結局開けなかったピアスホールは、ちっちゃなコンプレックスになって残ってる。
 
        初めて会った合コンでも、一緒に来たのは華やかな女の人ばかりだった。
 
        ピアスも、大人っぽい服も背伸びしないで似合う彼女たちに、このままのあたしは敵わない。
 
        高校生の彼女じゃ笑われるかも知れないけど、牽制くらいはしときたいのよ。カノジョですっ
 
        て。
 
        「はいはい。わかったからへこまない。凪子も充分かわいいよ」
 
        うつむいたあたしの頭を、子供にするみたいに撫でながらかすみは大学の門をくぐった。
 
        「…可愛いより綺麗がいい。かすみみたいに大人っぽいのがいい」
 
        「バカ言わない。北条さんが好きになったのは凪子なんだからね」
 
        うじうじじめじめ、自分でもうっとおしいだだっ子を呆れ顔で引き連れながら、かすみは大学
 
        生の波を逆送していく。
 
        授業が終わったばかりなのか、帰路につく生徒が多くて制服姿のあたし達に好奇の視線が張り
 
        付くったらない。
 
        あう、目的果たす前に挫折しそう。場違いって無言のプレッシャーがー。
 
        「か、かすみぃ。あたし帰りたくなってきた…」
 
        四方から好き放題見られるんじゃ、気分は珍獣。
 
        自信たっぷりに待ち合わせ場所を目指す友人と違って、小心者には辛いよ。
 
        「いいけど、一人で校門まで行けるの?」
 
        「…行けません…」
 
        かすみは偉い。一人でもここへ来られるんだもん。例え鼻で笑われたって、帰ることもできな
 
        いあたしには反論のしようがないってもんだ。
 
        びくびくと唯一の味方に隠れるように進んでいくと、木陰に並ぶベンチ群が見えてきた。
 
        雰囲気からして、中庭?
 
        「おーい、こっち…あれ、凪子ちゃん?」
 
        前方で人待ち顔の小林さんが手を振っている。
 
        ついでに招かれざる訪問者も見つけて、訝しげに首を傾げた。
 
        「北条さんを見たいってついてきたの」
 
        小走りにカレシに近づいたかすみは、べったり張り付いたあたしを邪険に腕からはがして吐息
 
        をつく。
 
        怖いんだから、離れないでよぅ。
 
        「えー、家で死ぬほどべたべたしてるって聞いたのに、まだ足りないの?」
 
        「逃げ出したくなるくらい足りてます!」
 
        全く!北条さんてばお友達に一体どんな話を吹き込んだのよ!!
 
        小林さんもニヤニヤ笑いがいやらしいよ。
 
        「亮ちゃん…スケベ親父じゃないんだからさ…」
 
        下品なカレシはかすみにも不評だった。
 
        氷の一瞥をもらって素直に謝った小林さんに、かすみは本来の意図をきちんと解説してくれて、
 
        北条さんの居場所を聞き出す事までしてくれた。
 
        持つべきものは友だ、うん。
 
        「じゃ、カフェに行ったら会えるのね。どうする?」
 
        親切な問いかけに僅かな逡巡。
 
        行きたいけど、これ以上は入り込むのは気が進まないなぁ。
 
        「うーん…ここでも充分目立つからねぇ…」
 
        「小林?」
 
        やめると言いかけたあたしの言葉を引き取ったのは、ぞろぞろ現れた男の人の群れだった。
 
        ひげ面あり、チャラ男君入りの数人の集団は、あっという間に小林さんの背後からあたし達ま
 
        でを取り囲む。
 
        「お、噂の高校生カノジョ?」
 
        「綺麗じゃん!」
 
        「お友達も一緒なの?紹介してよ、紹介!」
 
        複数人で話しかけないで下さい…。頭ひとつ高いところから矢継ぎ早に話しかけられるの馴れ
 
        てないんだから。
 
        ついでに舐めるように見るのもやめてー!
 
        「こんにちわ、亮ちゃんのカノジョです!」
 
        にこやかに挨拶するかすみにならって会釈したものの、心中パニック。
 
        あたしバカ?こんな人達相手に、かすみみたなカノジョ宣言するつもりでいたの?
 
        そうよね、北条さんの周りには女の人ばかりじゃなく、ごついお兄さんもいるんだわ。忘れて
 
        た。
 
        「散れ散れ!怯えてるだろ」
 
        すっかり萎縮しちゃったあたしに気づいて、小林さんが友人を一歩引かせてくれた。
 
        背後にかすみを囲うように立ちふさがるから、当然更に後ろのあたしも大分距離を作ることが
 
        できる。
 
        「なんだよ、自分だけ幸せ独り占めってか?きたねーぞ」
 
        あごひげ君が小林さんを睨んだ後、こっちに作り笑顔をくれた。
 
        白々しいのよ、下心満タンの笑顔なの。
 
        北条さんを見慣れたせいか、邪なものに敏感になっちゃって…。
 
        「可愛いね、カレシ募集中なら俺なんてどう?お買い得よ」
 
        お金もらってもイヤかも。
 
        「抜け駆けすんよ。こいつは口ばっかりだから俺の方がいいって。優しいよ?」
 
        今時金髪に長髪、色黒似非サーファーじゃひげよりイヤです。
 
        「お前ら言ってて恥ずかしくないの?嘘つきなこいつらより俺は誠実だから」
 
        マッチョなお兄さん、あなたは確かに前の二人よりまともそうですが、目がギラギラしててイ
 
        ヤです。
 
        三人ともおかしなオーラでてますよ!
 
        「落ち着けよ。凪子ちゃんは京介のカノジョだからお前らとは付き合えないの」
 
        小林さんナイス!それ言ったらこの人達も黙るよね?
 
        でも、言われた彼等は顔つき会わせて頷くと、ちっともめげずに全開の笑顔で詰め寄ってきた。
 
        「そんなら問題ねーじゃん。あいつは女すぐ捨てるもん」
 
        「そうそう、予約しとけば一月もしないで俺のもの」
 
        「京介なんてやめた方がいいよ。二股三股当たり前なんだから。絶対泣くって」
 
        ………友達の評価がめちゃくちゃ低い………
 
        「凪子、あたし北条さん誤解してたかな…?」
 
        振り向いたかすみは、引きつった表情で呟くの。
 
        「き、気にしちゃダメだよ凪子ちゃん!」
 
        小林さん、必死な分だけ信憑性が足りません。
 
        「北条さんて…」
 
        言葉が続かない。もちろん信じてるわよ、多分、きっと、えっと?
 
        す、好きだって言ったじゃない!大丈夫、ちゃんと本気だって言ったもの…言ったよね?
 
        疑心暗鬼でグルグル回り出した思考に、三人組はまだ何事かを吹き込んでいる。
 
        ちょっとー、あなた一体どんな生活してたのよ!
 
        「おーまーえーらー!!」
 
        プチパニックなあたしを現実に引き戻したのは、聞き慣れた人物の怒り満載の声。
 
        おお、鬼畜男!
 
        「凪子に余計なこと吹き込むんやない!」
 
        疾風の如く現れた北条さんは、かすみの背後からあたしを引き出すと両腕の中に収め、にやつ
 
        く友人達を睨みつけた。
 
        「よう、京介。可愛いカノジョとはいつ別れる予定なんだよ」
 
        「嫁にもらう気でおる女と別れるアホがどこにおるんや!」
 
        あ、フリーズしちゃった。
 
        三人だけじゃなく、小林さんとかすみまで固まっちゃってるよ。
 
        あたしは、そりゃ嬉しいけど…ちょっと違うよぉ、どうして人前で恥ずかしげもなく宣言する
 
        のよ。
 
        TPO考えようよぅ。
 
        「…正気?」
 
        引きつり笑いでひげ面君が聞いた。
 
        「当たり前や。お前遊びでつきおうとる女に結婚宣言できるんか?」
 
        背後から腕に力を込めて、更に強くあたしを抱きしめた北条さんの声がする。
 
        「女はやらせてくれればいいんじゃなかったの?」
 
        似非サーファーが質問。
 
        「まだそんなガキくさいこと言うとるんか?」
 
        いえ、それはこれまでのあなたの行動じゃないんですか?ガキって自分を棚に上げちゃいけま
 
        せんよ。
 
        「京介が壊れた…」
 
        マッチョ君の呟きに、
 
        「壊れとるんはお前やろが」
 
        壊したのはあなたですって…。
 
        もうやめて、見物人が集まってきたじゃないの!ついでに苦しいのよ、力入れすぎー!!
 
        「北条さん、グレイト…」
 
        感動しなくていいから、助けてってば!かすみー!!
 
        気が遠くなってきた…。
 
          
 
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