13.
 
 
        何故だか、北条さんが隣で褒められあたしが糾弾されるという、おかしな事態から解放された
 
        のは数分前。
 
        食糧の買い出しに行く間も、昼食を作る間も、かすみと小林さんがうるさいくらいに纏わりつ
 
        いていらない情報をトクトクと吹き込んでいくんだもん、根負けしたわ。
 
        去る者追わず、来るもの拒まずの北条さんがデートのセッティングをしてるのを始めて見たと
 
        教えてくれたのは小林さん。
 
        キッチンの揃いすぎた備品について北条さんを問いただしてくれたのはかすみ。
 
        真相は、彼の部屋へ出入りを許された何人かの元カノが互いに牽制しあった結果らしい。
 
        つまり小物達が陣取り合戦をしていた頃、同時にお付き合いしていた女性がいると。かすみに
 
        締め上げられた北条さんが思い出した人数は3人だったけど、学友の証言では5人以上って言
 
        うから驚いちゃう。
 
        「一度寝たくらいで付き合うとることになっとったら、キリないやないか!」
 
        と、のたまった極悪人は、3人で成敗しといたけどね。
 
        結果はともあれ、謎も解けてすっきり、さんざん殴る蹴るしたせいで朝からくすぶってた不満
 
        も解消でかすみ達が帰る頃にはほぼ平常運転の恋人同士に戻ってた。
 
        「なーぎこ♪」
 
        早速連れ込まれた寝室のベッドで、真っ昼間からさかってくる無節操男をシーツごと床に転が
 
        す。
 
        「まだ、怒ってとんのか?」
 
        いささか情けない顔で見上げた北条さんに、あたしは頬を膨らませた。
 
        「違う。昨夜のままじゃイヤなの。替えのシーツどこ?」
 
        生々しい痕跡の残ったものは一つ残らず消してしまいたいって乙女心、わかんないかなこの人
 
        は。
 
        「ああ、それならクローゼットの中にあんで」
 
        指さされた先にある作りつけの家具を開けて、意外にも片づいた中身を漁っていたあたしは凍
 
        り付いた。
 
        数枚のシーツから鮮やかなブルーを選んで引き出すと、微かな音を立てて滑り落ちた小さな金
 
        属。
 
        つまみ上げるとフックタイプのピアスで、細い鎖の先に小さな石が揺れていた。
 
        北条さんの耳にも7つ、同じ光りがあるけれど彼がつけてるのを見たことが無い可愛らしいデ
 
        ザインは、明らかに女物で、キッチンの小物達を思い出せばこれが同じ意味合いで忍ばされた
 
        品だとわかる。
 
        アレも面白くはなかったけど、寝室で見つけるのはイタイなぁ…。
 
        「どうかしたんか?」
 
        急におとなしくなったあたしの手元を覗き込んで、北条さんが黙る。
 
        振り向けば、苦り切った顔で過去の置きみやげを見つめる彼がいた。
 
        「これ、なくして困ってるかな?」
 
        指先で揺れる銀色のピアスは、変色してないところを見るとプラチナかホワイトゴールドな気
 
        がするし、淡い光りを放つ石だってガラスじゃなく宝石なんだろう。
 
        きっとそこそこのお値段がしたろうに、片っぽじゃ使えないよね?
 
        「困っとるんは俺の方や」
 
        盛大なため息をついて頭を掻きむしった北条さんは、あたしの手からピアスを取り上げるとゴ
 
        ミ箱に放り込んだ。
 
        「凪子と付き合うようになってから、あいつらの置いてったもんは全部捨てたつもりやってん
 
         けどな、さすがにここはノーチェックやった。ごめん」
 
        殊勝に謝る彼に不思議と怒りは湧いてこない。
 
        「平気。それより、あたしもピアスしようかな」
 
        「…なんで?」
 
        「かすみも北条さんもしてるから」
 
        それに、元カノものね。
 
        小さなアクセサリーに感じたのは嫉妬で、憧れだった。
 
        クラスでも半分くらいが開けてるピアスホールを、あたしは怖くて開けられずにいる。
 
        運命が変わるとか未だに信じてる子もいるけど、そんなのが理由じゃない。ただ、大人の耳元
 
        に揺れるあの輝きに負けない自信がなかったから。どうしてだかピアスはあたしにとって大人
 
        の象徴なんだよね。
 
        そんな大した物じゃないってわかっているのに、変なこだわり。
 
        北条さんも元カノも、それが似合う大人なんだなって思ったら悔しくなって、不意にあけてみ
 
        たくなった。
 
        「俺のピアスな、一個ずつ由来があんねん」
 
        右に3つ、左に4つ、綺麗に並んだ耳たぶを引っ張って彼が笑う。
 
        「一個目は失恋記念。ありがちやけど初めて付き合うた女にこてんぱんに振られて、勢いでブ
 
         スッとやった」
 
        「振られたの?!」
 
        今の北条さんからは想像つかなくて思わず叫ぶと、決まり悪そうに歪んだ顔がそっぽを向いた。
 
        「中ボーの頃は純情君やったんや。デートで手ぇ繋いでこけて彼女まで巻き添えくわすし、財
 
         布忘れて飯代払わすし、あっちゅう間に愛想尽かされてん」
 
        あり得そうもない失敗談に悪いと思いつつ噴き出してるのに、北条さんの告白は続いてく。
 
        「次は家庭教師と初エッチした時で、これが高校入学記念、ほいでケンカに負けて開けたやろ、
 
         知らんでダチの女取ってしもうて反省して、大学入学して一個、最後は最近や、2ヶ月前や
 
         ったかな」
 
        にやっと笑った顔に思い当たって、胸がチリっと音を立てた。
 
        「もしかして、あたしとつきあい始めた時?」
 
        「正確には、キスした後や」
 
        嘘じゃないよね、他のは確かめようがないけど、最後はあたしも覚えてる。
 
        いつの間にか増えていた7つめのピアスにびっくりして、痛くないのって聞いたもの。
 
        意味があるなんて思わなかったから、勇気あるねって関心してそのまま忘れてた。
 
        「…昨夜の初エッチ記念は開けないの?」
 
        嬉しくて熱くなった目元を隠すように笑うと、北条さんは腕を伸ばしてその中にあたしを閉じ
 
        こめて。
 
        「気持ちが繋がった日が記念日やろ?エッチは過程やしな、大事やけど好き言う想いがあるん
 
         が大前提やん。それに凪子と何かする度に穴増やしたら体中にピアスだらけになってまう」
 
        「例えばなにをすると開けるの?」
 
        「せやなぁ、凪子からキスしてくれて一個、一緒に風呂入って一個、旅行行って一個…」
 
        「些細なことばっかじゃん」
 
        「あほやなぁ、全部大事なことやないか」
 
        ちゃかしてるんだか、本気なんだか。
 
        でも、嬉しかったから、伸び上がって北条さんの唇に軽いキスをあげる。
 
        「これで、一個ね」
 
        微笑んで見つめるとすぐに、深い口づけに息もつけぬほど蹂躙されて。
 
        浅い呼吸の合間に囁かれた声はぞくりとするほど艶めいていた。
 
        「全然足らん。もっと、もっとや…」
 
 
 
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