11.
 
 
        小さなカバンに当面の生活用品を詰めて、北条さんのアパートに帰り着いたのはいいんだけど
 
        今ひとつ実感が湧かないのは当然だと思うの。
 
        今朝この部屋で目覚めた時は、どうやったら家に戻れるか必死に考えていたって言うのに、い
 
        きなり同棲よ?
 
        それも自然の流れとか、派手な説得をしてじゃなく明らかに計算の上での企みなんだもの。
 
        「一日に一度は必ず顔を見せてね。叔父さんか叔母さんがいる時間なら凪子も安心でしょ?」
 
        って涙ながらに言われた時、申し訳なさで胸が詰まったんだから。
 
        訳あって真実は語れないけど、でも罠にかけたような後ろめたさを感じるのは何故?
 
        「どこから北条さんの狙い通りに話が進み始めたの?」
 
        上機嫌でコーヒーをすすってる策士様に問いかけると、爽やかに微笑んだ彼は最初からと事も
 
        無げにほざいた。
 
        最初ってどこ?そもそもどこであんなこと考えついたの?
 
        「凪子の携帯であいつと話した時な、ちーとも人の話きかんのや。頭に血ぃのぼったガキ丸出
 
         しで凪子返せの一点張りやろ?俺に昨日の借り返すて息巻いとるし、冷静な話し合いは無理
 
         やと気づいた」
 
        ソファーから降りて足下のあたしを腕の中に収めた北条さんは、それはそれは嬉しそうに髪に
 
        鼻先を埋める。
         
        「最初から凪子をあの家に帰す気はなかったんやけど、アレは渡りに船ってやつや。襲われた
 
         と口にせんで、叔母さんらを納得さすには雅樹の素行の悪さを見せるしかない。俺を殴る気
 
         でおるなら好都合、上手いこと誘導して一発もろうた頃合いに時間差で二人を呼んだ」
 
        当然の反撃がなかったあの辺でもう、北条さんの計画第一話は動き出してたのね。
 
        昨夜は雅樹君を軽くあしらってたこの人が、避けもせず殴られるなんて変だと思わなきゃいけ
 
        なかったのに、目の前の出来事に気を取られて少しも疑問を抱かなかった。驚くより、呆れる。
 
        そんなあたしの事なんてお構いなしで、北条さんは自慢話でもするような調子で自分の悪事を
 
        暴露し続ける。
 
        「現れた両親は俺の顔見て目ぇむいたからいけるとは踏んどったけど、その後も雅樹のカンに
 
         触るように格好つけていい人演じて、けど最後にもう一つ意地になって反抗するかどうかは
 
         賭やった。素直に謝られたら凪子返すしかないやろ?ほんま、あいつがガキで助かったわ」
 
        陽気に笑って言う事なのかな…なんか雅樹君が可哀想になって来たんだけど。
 
        玄関先での叔母さん達の表情なんて、いっぱいいっぱいでろくに覚えてないけどそうかぁ、叔
 
        父さんのあのセリフ聞いた時、いつ気づいたのか不思議だったけどそんな前だったんだ。
 
        小さく呟いた声も、不確定要素が決定付いてホッとしたから出たと、悪知恵働く人だなぁ。
 
        ……上手く叔母さん達の協力を仰いで家に帰った方が安全だったんじゃなかろうか。ロクでも
 
        ない策を弄すのに脳をフル活用するカレシといるのはひどく危険な気がするのはあたしだけ?
 
        「おかげで凪子と一緒に住めるし、目障りな奴も排除できたし、いやー四方丸く収まったな」
 
        「それって、北条さんに都合良かっただけじゃん」
 
        人間、大きな危険が目の前にあると些細な事には目が向かないもので、雅樹君って脅威が去れ
 
        ば同棲に浮かれてるやに下がった男がホントにあたしの安全のために頑張ってくれたのか疑い
 
        たくなるわけ。
 
        「否定はせんけどな、凪子が心配やったのも嘘やないんやから、ええやろ?」
 
        うー可愛くない!焦って必死になってくれたらすかっとするのに、平然と言うか?
 
        目を見て話せば少しは後ろめたいと思うんじゃないかと、回された腕から逃れて向き直る。
 
        至近距離の自己チュー男は、それはそれは幸せそうに微笑みながら欠片の罪悪感もない瞳であ
 
        たしを捕らえると、当然の権利とばかりに唇を寄せてくる。
 
        「ぐがっ!」
 
        久々、正拳がみぞおちをクリーンヒット。
 
        そう易々と北条さんの思い通りに事を運ばせてなるものか!弱気になってた今朝までのあたし
 
        ならいざ知らず、カノジョ助けるのに自分の都合の方が大きいってどういう事よ。
 
        「大事なカレシになにすんねん!」
 
        「大事なカノジョをなんだとおもってんのよ!」
 
        涙目でお腹さすってる北条さんを睨みつけると、素早く手の届かない位置まで移動して指で一
 
        本見えない線を引いてやった。
 
        「この距離、忘れないでよね。あたしのご機嫌が直るまで半径一メートル以内立ち入り禁止」
 
        「ちょお待ってぇや、せっかく一緒におれるようになったのにどうしてそうなるんや」
 
        「全部自分の為じゃない。嘘でもいいから凪子の助けるのに必死だったんだって言えないの?」
 
        「…おお、そうか!夢見る乙女やったもんなぁ。よし、凪子の為にがんばったんやでぇ」
 
        「あからさまに嘘つくな!」
 
        とってつけたような言葉に怒り爆発、怒髪天を突いちゃったわよ。
 
        困ったように歪んだ顔が、ちっとも同情を誘わないのは北条さんの下心を覗いちゃったせい。
 
        昨夜はすっごく頼もしく見えたのに、一夜明けていろんな問題にけりがついた途端初めてあっ
 
        た頃の破廉恥大王に戻っちゃうなんてあんまり。
 
        ここしばらくは真面目で優しい、素敵なカレシだったのに。もうもう、反省するまで絶対許し
 
        てやらないんだから。
 
        「凪子ー、なぎちゃん、凪子さーん」
 
        憐れっぽい声出しても無駄。
 
        すっかりへそを曲げたあたしは、背後で一生懸命注目を引こうとする北条さんに目もくれず早
 
        まった同棲を心から後悔していた。
 
 
 
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