1.
 
 
        付き合いだして初めての夏が終わる頃、北条さんが実家から帰ってきた。
 
        大阪土産がたくさんあるって言ってたけど、まさかたこ焼きとかじゃないよね…。あの人やりそう
 
        で怖い。
 
        最寄りの駅に降りちゃったとかで今家に向かってるって言うんだけど、やっぱ止めるべきだったか
 
        なぁ。まずいのがいるんだよね。
 
        「お前何でこんな所に座り込んでるわけ?」
 
        門柱に寄りかかるようにしてたら降ってくる声。
 
        …隠れてたんだけど、見つかっちゃった。
 
        「うーん、人待ち?」
 
        「俺が聞いてんのに、疑問形で返すな」
 
        すとんとあたしの横に座り込んだ彼は、苦笑しながらこっちに視線を送ってよこした。
 
        これは説明するまで居座る気なんだ、困ったなー。
 
        二つ年下の彼は現在15才の中学生であたしの弟。って言っても本当の姉弟じゃない、血縁的には
 
        従兄弟になる。
 
        それがどうして弟になるかと言えば、ちょっと複雑な過去が関係してるから。
 
        あたしの父親はどこの誰だかわからない、で母親は娘を放置して蒸発してる。
 
        お母さんがいなくなったのは8才の時だったかな、それまでは頑張って育てようとしてたんだよ、
 
        ホント。もともと育児には向かない人だったのに一人で子供生んじゃって、夜の仕事をしながら面
 
        倒を見てくれてたけどある日キレちゃったんだよね。
 
        学校から帰るとアパートはもぬけのからだった。家財道具は一切無くてあたしの学習机だけがぽつ
 
        んと残ってて、一晩そこでお母さんの帰りを待ったけど迎えに来る気の人は置いてかないよね。
 
        翌日どうして良いかわからずに泣きながら学校に行ったあたしは、事情を知った先生に施設に預け
 
        られた。
 
        祖父母や叔父叔母の存在をそこで訊ねられたけど聞いたことは無くて、孤児扱いで半年近く施設に
 
        いた頃叔母さん夫婦が迎えに来てくれたんだ、遅くなってごめんって泣きながら。
 
        罪悪感に駆られたお母さんの最後のプレゼントは、妹夫婦に娘の存在を知らせること。
 
        それ以来連絡はないそうだけど、あたしは結構幸せに暮らしてる。叔母さん達は本当の娘みたいに
 
        扱ってくれるし、口うるさいけど優しい弟もできたし。
 
        ま、その口うるささが問題な時もあるんだけどね…。
 
        「誰待ってんだ?かすみちゃんか美和ちゃん?」
 
        「えー、違う人?」
 
        「だから疑問形やめろって。…まさか男じゃねーよな」
 
        ギラリといやーな光り方しませんでした、雅樹君の目?
 
        体を強ばらせたまま、あたしはごまかし笑いを貼り付けてそっとため息をついた。
 
        問題は、ここ。彼はあたしに男の子が近づくのを異常に嫌がる。
 
        結果、恋愛音痴でカレシいない歴17年のあたしができたって寸法なんだけどね。ことごとく邪魔
 
        して来たのよ、雅樹君は。自分は彼女連れてきたりするくせに、生意気にもサラサラの髪や銀縁の
 
        眼鏡、切れ長の瞳が知的ーって陽気なお嬢さん達を。
 
        「男だな、その反応。俺言ったよな、お前鈍いんだから勝手にカレシなんて作ったら遊ばれるって。
 
         なのに何で許しもなく男作ってんの」
 
        「北条さんはそんな人じゃない」
 
        口元を歪めて子供に言い聞かせるみたいにする彼は怖いけど、負けてなるもんかって反論してみ
 
        る。
 
        あたしだってバカじゃないんだから、かすみ達にだって認めてもらえた人と付き合ってるのに雅樹
 
        君が知らないってだけで反対されるいわれは…ないはず。なのに、何でニラむのよぉ。
 
        「わかるかよ、そんなこと。どうせロクな奴じゃない」
 
        言い切ると彼はあたしを強引に立たせて家の中に引っ張り込もうとした。
 
        「や、離して!やー!」
 
        門柱にしがみつきながらこっちも必死の抵抗。
 
        年下でも男の力は一人前の彼に勝つには一苦労だけど、ここで中に入ったら絶対出してもらえな
 
        い。
 
        北条さんだって門前払いを喰らっちゃう。
 
        「ちょー、何してんのやお前!」
 
        …ああ…最悪…タイミング悪すぎだよぉ北条さん。
 
        声と一緒に引っ張り込まれた腕の中で、あたしは半泣きだった。
 
        格好良く現れたヒーローは目の前に天敵がいることを知らない。
 
        半身を振り返らせた雅樹君は眼鏡の奧でその瞳をやばいくらいに光らせた後、壮絶な顔で微笑ん
 
        で見せた。
 
        「あんたが北条か」
 
        「…誰やお前」
 
        北条さんの声も怖いよー。聞いたこと無いくらい低いんですけど、それ威嚇?ねぇ威嚇?
 
        「凪子の同居人。それ返してよ」
 
        弟でしょ!ってこっちがつっこむ前に雅樹君はあたしを流し見た。口開いたら殺すって無言でプレ
 
        ッシャーかけて。敬おうよ年上は、それでしゃべれなくなるあたしもどうかと思うけどさぁ…。
 
        「人のもんそれ扱すんな。だいたいなんや同居人て」
 
        「肉体関係持ってもオッケーな男って事だよ」
 
        「ぎゃー!違うでしょ!!従兄弟じゃない」
 
        際限なくエスカレートしそうな雅樹君に我慢できなくなって叫んだあたしは、誤解しないでって祈
 
        りを込めて北条さんを見上げた。
 
        よく事情が理解できないだろうに、彼は優しい表情で小さく頷くと安心させるよう抱きした腕に力
 
        を込めてくる。
 
        「お前の言うことは間違ってはおらんはな。けど一緒に住んでるんやったら家族言う方がただしな
 
         いか」
 
        真実をばらされた雅樹君は小さく舌打ちすると、ふっと顔をそらした。
 
        不満げな表情に後が怖いけど、取り敢えず何とかなったみたい。
 
        安心したのは北条さんも一緒だったみたいで、囲い込むように背後から回していた腕を解くと表情
 
        を弛める。
 
        「凪子さえよければ、茶でも飲みにいかへんか」
 
        このまま家に入るのはまずいし雅樹君とこれ以上顔を合わせていたくなくて、ありがたい申し出に
 
        あたしは一も二もなく北条さんの手を取った。
 
        「叔母さんに出かけるって言っておいてね」
 
        振り返らないようにして頼んだ伝言に、雅樹君の返事はなかったけどね。
 
          
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