7.やっぱり敵はやって来る 
 
 
 
           殿下とも掛け合い漫才ができるほどうち解けた午後、そろそろ小腹も減ってきたお
 
           やつの時間に、それは来た。
 
           「こんにちわ、お嬢さん」
 
           「こんにちわ〜、でもあなたにお嬢さんと言われるのは大変不本意です」
 
           例え相手が木の上にだらしなく腰掛けていようと、明らかに小学生より上に見えな
 
           い女の子相手だろうと、挨拶はきちんと返す。
 
           ヒナの母親は躾には厳しい人だったのだ。
 
           「…お前、アレを見て怪しいとは思わんのか?」
 
           人通りなど無いに等しい街道で、年端もいかぬ少女がピエロ顔負けの派手な服装を
 
           して、おかしなことに1人で。
 
           全身から邪悪以外何者でもないオーラを発しているのに、何故陽気に返答できる。
 
           ヘリオの問いかけにヒナはへラっと相好を崩した。
 
           「戦闘はあたしの担当じゃないもん。相手に不信を募らせたり、正体を探ったりす
 
            るのは戦士の役目でしょ?…それとも魔女?」
 
           「あたしに振らないどくれ」
 
           引き合いに出されてそっぽを向いたラダーは、さり気なく殿下を一行の頭に押し出
 
           す。
 
           「おい、なんで俺を矢面に立たそうとするんだ。仮にも一国の皇太子だぞ」
 
           「仕方がありませんよ、これ見よがしに大剣を背負ってるのは殿下お一人なんです
 
            から」
 
           大事なヒナは背後に庇っても、他の誰をも守る気のない実力者は爽やかに微笑んだ。
 
           結果、ヘリオを中心にディール、ラダーと続き、最後尾にヒナが庇われる形で落ち
 
           着く。
 
           「世界の危機を救うんでしょ?ガンバレ〜」
 
           無責任に少女が手を振れば、
 
           「待て待て、救うのは俺じゃなくお前だ!」
 
           殿下は激高なさる。
 
           「だから尚のことアンタがこの子を守るんだろ」
 
           理屈で魔女が押せば、
 
           「そりゃそうだが…」
 
           殿下は言葉に詰まる。
 
           「安心して下さい。殿下の剣術は天下一品ですよ」
 
           己のことのようにディールが自慢すれば、
 
           「おまっ!普段褒めたこともないくせに、無駄な動きが多いだとか効率が悪いだと
 
            かぼろくそ言うくせになんでこんな時だけ持ち上げる!」
 
           殿下は珍しくご乱心なさる。
 
           「やっかい事が嫌いだからです」
 
           言い捨てられて役割は決まった。
 
           最早反論の気力もないヘリオは、諦めに脱力すると元凶となった娘にやる気無く呟
 
           く。
 
           「何者だ」
 
           高みの見物を決め込んでいた彼女は、ここでやっと我に返った。
 
           「ああ、ごめん。面白かったから見入っちゃった」
 
           おかしな連中だね〜とは木の上の少女の談。
 
           重力を無視した動きで宙を駆け抜け、鮮やかに一回転して一行の前に小さな体を折
 
           り曲げる。
 
           「アタイはヴェンダ。とある方より皇太子殿下と『太陽の罪人』の連れを始末する
 
            よう仰せつかった魔女だよ」
 
           ニタリと嗤うその顔は、外見に不似合いな不吉を秘めてはたとヒナに据えられた。
 
           「あたしも連れになるんだけどね、標的はこの子1人かい?」
 
           やれやれと肩を竦めて歩み出たラダーは、ついぞ感じたこともない絶大な力を纏い
 
           ヴェンダを威嚇し、その噂に違わぬ迫力で年若い魔女を牽制している。
 
           これに驚いたのは庇護されるヒナのみで、ヘリオもディールも、敵であるヴェンダ
 
           さえ予測されたことだと言いたげだった。
 
           「ねえ、ラダーってすごい人なの?」
 
           同じ空気を共有するだけで全身が総毛立ち、感じる魔力は肌を刺す。
 
           知りうる事実の少ないヒナは、庇う外套をそっと引き、答えを求めた。本能的に声
 
           を潜め、張りつめた場を刺激せぬよう気をつけて。
 
           「伝説にはなっていますね。彼女の名は数百年前から人々に知られていますし、始
 
            祖の魔術師に匹敵する力を持つとも、城を一つ焼き払ったとも伝えられている。
 
            生きてそれを見た者はいませんから、真偽の程はわかりませんが」
 
           「…お城を焼き討ち…?」
 
           まさか松明を持ってこっそり火をつけたなんて、せこい話ではあるまい。表現から
 
           察するにゲームの中の魔王さながら、手のひらに生み出した炎で石造りの壁ごと砂
 
           塵に化した、が正しい気がする。
 
           「うーわー…危険人物だ…」
 
           恐ろしい存在の中に凡人の自分がいるのだと、改めて思い知った。
 
           王子に魔女に魔術師、最強パーティーの中心で夜を知る以外なんの特技も無いヒナ。
 
           頼もしいやら、情けないやら。
 
           「『夜の娘』意外に抹殺を命じられた奴はいない。邪魔するってんなら、迷わず消
 
            すけどね」
 
           神経に障る高い笑い声にラダーは顔を顰めると、僅かな指の動きで光りの玉をヴェ
 
           ンダに放つ。
 
           「おっと」
 
           だがそれは目標に到達することなく、はじけて霧散した。
 
           「魔法障壁か…随分高度な技を使うじゃないか」
 
           口調とは裏腹に境界の魔女の顔はにわかに色を失い、何故かヘリオにもそしてディ
 
           ールまでもが身を固くする。
 
           1人、取り残されたヒナは大きな背に隠れるように身を縮めながら不気味なヴェン
 
           ダの存在に気を張りつめた。
 
           「そうでもないよ。力の差が大きければ大した術じゃないからね。オバさんが弱い、
 
            それだけさ」
 
           嘲りに少女の瞳が光る度、一つ、また一つと怜悧なクリスタルが浮かぶ。陽光を受
 
           け、無数の刃はナイフとなり、そのどれもが数メートル離れたラダーを目標にくる
 
           くると不穏に回転していた。
 
           「アンタは確か炎の使い手。アタイの操る水に勝つことはできない、ましてや全盛
 
            を過ぎた器で足掻くだけ無駄ってもんだ!」
 
           迫る凶刃に境界の魔女は持てる力全てで対抗し、相反する力の衝突は周囲に目映い
 
           ハレーションを起こす。
 
           白く明滅する視界は瞬きするほどの時間何をも写さず、ようやく取り戻した色のあ
 
           る世界は絶叫に値する惨状をヒナに見せつけた。
 
           血霞の向こう、前のめりにくずおれる優しき魔女の姿。
 
           「ラダーっっ!!!!」
 
           駆け寄ろうと暴れる彼女を嗤うのは、純粋な闇。
 
 
 
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