29.

「ヒナ、大丈夫ですか?」
気遣う声音で至近距離、覗き込んだディールにヒナは現実に帰ってきてしまったのだと知る。
せめて夢であってほしいと願いながら掲げた左手の大輪は、なんと神々しいことか。
「…ビエングローザ…」
だが、見惚れているヒナをよそにその青を見つめる3人の表情は暗かった。
「ビエ…ってなに?なんで急に様子がおかしくなるの」
ただでさえ望まぬ力を手に入れて余計な重荷を背負ってしまったというのに、雁首並べて難しい顔をされたのでは更に 暗雲が立ちこめてしまうではないか。
むっつりと睨み付けた彼女に答えたのは、卑怯な面々に目線で促された憐れな殿下だった。
イヤイヤではあるが逃げてもヒナはちょっとやそっとで引く娘ではないからしかたない。何より手強いの2人も目を光 らせているのだし、ここはさっさと説明してしまうに限るだろう。
「ビエングローザ、別名『狂気の華』と呼ばれるそいつは、花びらを数枚食むだけで狂戦士 (バーサーカー)になれるが、その後二度と正気には戻れない。我が国ガスパでは栽培 さえ禁じられている花だ」
「バーサーカー?それ何?」
「死ぬまで止まらない戦士だ。人を殺すことしかできない、感情が壊れた、な」
苦々しく吐き出された言葉尻からも、アリアンサがヒナに咲かせた青が不吉かつ危険なものであることはわかった。
けれど受け継いだ魔法を発動させる為の鍵が何故そんな禍々しい花なのだろう…いや、あの魔術だからこそなのか。
「ああそれじゃ、ぴったりなんだ、これ」
迂闊に触れることさえ許されない花は、存在そのものを隠さなければならない術とよく似ているのだとヒナは思った。
人の生死など軽々しく扱っていいはずはなく、戦いなんかのために簡単に散っていい命は絶対にないから。
「ヒナ?」
黙り込みじっと青い花を見つめる彼女を呼ぶ気遣わしげな声に微笑みを向けて、小さく大丈夫と呟いたヒナにもしやと ディールは柳眉を潜める。
突然現れたビエングローザと意識を失っている間に起こったことは想像するしかできないが、不吉な花をぴったりだと 表現することと、アリアンサがヒナと共にあるのだという真実を合わせ考えると。
「もしや…それは、命の魔術を刻んだ紋章では…」
「うん、そう」
さらりと返答するが、周囲が凍り付いたことに彼女は気づいているのだろうか。
『夜の娘』であるというだけで充分やっかいな存在だったヒナは、最も貴重で最も危険な術まで手に入れてしまったと いう。
本人は吹っ切れた顔で笑っているが、もしヒナが世にも希なる力を宿していると方々に知れたら一体どうなるか 全くわかっていないに違いない。
「…あのね、その力のせいでこの先死ぬほどの目に合うとは思わないかね?」
「え?そんなのめちゃめちゃ思うよ」
確信を持ってラダーは尋ねたと言うのに、少女はわかってると更に笑みを深くする。
「でもさ、アリアンサがセジューを助けたかったら自分でやれっていうんだもん。貰うしかないでしょ」
正確には押し売りに近かったのだが、口にしない方がいいと彼等を見てヒナは判断した。
だってその目がなんで断らなかったんだと告げているし、ディールに至ってはセジューの名を聞いた途端、表情に凶悪な 色を加えてしまったから穏便に済ますにはその辺を端折っておいた方が無難なのだ。
「尚更、断ればよろしかったんですよ。世に厄災をもたらす男の1人や2人、消えたからなんだと言うんです。 ヒナの安全の方が数倍重要ではありませんか」
やはりと言おうか予想通りと言おうか、ディールから零れる凶悪な音の数々は彼なら間違いなくそうするであろうなと 予想に難くないもので、この上アリアンサにまで敵意を向かれては収拾がつかなくなるとヒナはこっそりため息をつく。
「わかるけどね、もう貰っちゃったんだし、取りあえず実験ってことでやってみたくない?人間製造」
殊更明るく言って掌を開き、夜色のセジューの魂を見せたのは大失敗だったと悟った時には遅かった。
背後にゆらりと陽炎を纏い、静かに顔を上げたディールは抱え込んでいたヒナに冷や汗を流させる恐ろしさでじっとり 重い怒りをため込んでいる。
「実験…?随分余裕がおありなのですね、世紀の魔術を手に入れられた魔女殿は」
「え、え?あ、そんなつもりは、全然…」
「おありでしょう?」
狼狽えることさえ許さない断定口調は逃げ道のない彼女を追いつめて、救いを求めた先の2人もそっと目を逸らすばかり。
「人間を造るなどと、どれほどの傲りが軽々しく口にさせるのです」
「いえ、あの、その辺はすんごく理解してるから!これでもない頭使っていっぱい考えたんだよ?ホントだよ?」
「あの短時間にですか?」
体感的には短いかも知れないけれど、ヒナにしたら結構必至だったと言ってもきっと信じてはもらえないだろう。
真剣に倫理を説こうとするディールに覚悟して、彼女は自分で決めたルールを話すしかないと決めた。ちゃんと 考えたと、自分なりに答えを出したから使うんだと。
「一度だけ、だよ。そりゃ生きていけば魔法を使いたい瞬間は何度も訪れるだろうけど、あたしが決めたのはこれ一度 だけ」
だってね、とラダーを意味ありげに見てヒナは微笑む。
「大好きな人は当然あたしより年上で、当然先に死んじゃうでしょ?それをいちいち生き返らせていたらきりがないもん。 自然の流れはそのまま受け入れる覚悟をしてるよ」
だからこれ一度きり。
仄かな熱を放つ欠片を抱きしめて、宣言する彼女は消えるべきではない彼だから助けるのだと言外に伝えた。
「…それなりに考えてるんだな、お前でも」
失礼なヘリオはともかくとして、それで空気が和んだことだけは間違いなかった。



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