24.

僅かな間にすっかり立場は逆転し、今やセジューは囚人のように4人に取り囲まれ跪いている。
アリアンサに太陽の魔力を奪われた直後、崩れるように座り込んだ彼は指一本動かすこともできないほど脱力し、悔しそうにギリリと歯を噛みしめる事しかできない。
「…お前さん、どうにもおかしいねぇ」
闇色の玉を飲み込んでから、これまでよりよく『見える』ようになった目をすがめてラダーがぽつりと呟いた。
確かに術者は身の内の魔力を使い果たしてしまえばただの人間、役立たずになってしまうことがほとんどだ。中には希に剣士の真似事ができる魔術師もいるが、それだって丸腰よりはマシという程度。絶対数が少なく貴重な存在である彼等はわざわざ荒事に手を染めずとも生きてゆかれる、故に努力をしない。結果、魔力切れは命の危険を意味するのだが。
動けなくなることはない、走って逃げられる体力程度は残る。なのに、
「まだそれほどの魔力を内包していながら、何故無力に倒れる?」
全身を金のオーラに覆われている状態で、攻撃することができない魔術師などいないはず。
けれど、問われたセジューは顔を背けるだけで、答えるつもりはないと言外に示していた。
「…あなたに頂いた金色の力が、これまでにない力を私に与えてくれたと身をもって体験しなければ素直にはなれませんか?」
静かな微笑みを浮かべるディールが、辺り構わず怒りを振りまくことは迷惑であるが致し方ないと周囲は理解していた。
何しろ己の命より大切な少女を奪われかけ、殺されかけたのだ。そのため自分が一度死に、更に彼女が涙を流したとなれば既に相手は極刑決定。どんな言い逃れも許さず、葬り去る気満々だ。
ここはひとつ、余計な刺激を与えずこの件の処理を彼に一任するのが最適であろう。
「放っておくと、この世の終わりが来そうで恐いがな…」
漂い出した冷気にヘリオがふるっと体を震わせれば、
「なに、ヒナがそこに転がっていればあたしらに害はないだろうさ」
諦め声のラダーが視線をやった先に横たわっていた少女が…
「またケンカ?」
「「うわぁ!!」」
いつの間にか体の所有権を取り戻し、冷気漂う只中にふらりと進み出ていた。
「危険だぞ、おい!」
「いい子だから、戻っておいで!」
元より、揉め事の最大の理由が自分であると、よくわかっていない節があるからこうも迂闊なのだろうと頭を抱えるしかないではないか。せっかく大嵐が収まって局地的大雨程度ですみそうな展開になってきているというのに、元凶がちょろちょろしていては収まるものも収まらない。
あわてふためく背後の大人など少しも気にしないで、無知無茶が売りのお子様娘は今にも魔力の刃が牙をむきそうな中心地へ、セジューの前にちまっと座り込んでしまう。
「ヒナ」
諫める響きをもってかけられたディールの声を無視して。
「もう、動けないんだって」
アリアンサが言ったから平気と口うるさい保護者に請け合うのに、彼は一歩でヒナの隣りに来ると厳しい顔のまま腕を取る。
「痛いよ、ディール」
「そのようにしていますから」
それはいつか見た、静かに激昂する表情に酷似して…いや、そのもので。
「あ、あの、もしかして怒ってる?」
「…わざわざ問わねばわかりませんか?」
一瞬のうちに全身を濡らしたイヤな汗は深海色の瞳にもたらされた恐怖によるもので、思い出したくもない脅しに近い心情告白を聞かされたあの日を甦らせる。
冷笑がよく似合うディールには、あまり会いたくない。
「アリアンサがね、安全だって…」
必死に言い分けてなんとか逃げようとする行為こそが、彼の神経を逆撫でるとヒナは気づくことなく後ずさった。
「あなたは…どうすればわかってもらえるのでしょうね?」
か弱い抵抗など意に介すこともなく引き寄せた少女を抱き上げて、ディールは痛いほど抱きしめる。
この恐怖が伝わるように、不安が理解してもらえるようにと。
「あの男は、ヒナを欲している。それは好意を寄せるなどと言う生やさしい感情ではなく、生き物が水を求めるように命を繋ぐ者として」
耳を押しつけたヒナの胸からは規則正しい鼓動が、いつもより少しだけ早く聞こえてくる。この音を消すわけにはいかない。何に変えても、決して。
「ディ、ディール?」
慌てた声で頭を押しのけようとする彼女の指にあまり力が入っていない事が、彼の怯えを僅か拭った。
「私と、同じだけ…あなたを必要としている。それが何を意味するか、わかりますね?」
見上げた先でコクリと息をのみ困ったように顔を歪めたヒナは、きっと彼が何を警戒するのかわかったのであろう。
行き過ぎた執着は時に狂気を生む。
ディールがそうであるように、彼女を手に入れられない時セジューは世界を滅ぼすかも知れない。いや彼ならば、ヒナと共に死を迎える瞬間を望むかも知れない。
どちらにしろほんの少しの油断もできないと、ディールは考えているのだろう。
「…わかった」
容易に近づいてはいけない、気を抜いて会話して隙をつかれるようなことがあってはいけないと。
「でも、聞きたいことあるんだよね」
そこで諦めたりしないからヒナなのだ。
無邪気に微笑んでディールの髪を引くと、ダメ?っとかわいらしく問う。まるでこうすれば自分に激甘な男くらい、簡単に操れることを知っているとでも言うように。
今日の彼はそれほど容易な相手では無いのだけれど。
「いけませ…」
「はい、隷属の糸、結んでいいよ」
差し出された小指に、さすがのディールも一瞬詰まるが容易に許したりはしなかった。なにしろ彼の大切なお姫様は、うっかり手綱を緩めたら暴走する特性を備えているから、気を抜けないのだ。
その上、守る気もないくせに保身のため平気で嘘を吐くから始末が悪い。
「セ…じゃなかった、あの人の名前は絶対呼ばないし、同情して庇ったりしないって誓う」
パンッと胸の前で手を合わせた仕草にどんな意味があるのかわからないが、探るように揺れる瞳をみれば彼女が何事かを企んでいるのは間違いないだろう。
それはきっと、なにを聞きたいか正直に話したらディールに止められる自信があるが故の行動で。
「いいですよ」
にこり、甘い笑みを浮かべて見せれば、
「やったー!」
軽々と彼の腕から逃れ、約束全てを忘れて一直線に目的へ…この場合セジューに向かって走りだす。
それはもう、見事な暴走っぷりだ。
「などと、言うわけがないでしょう」
数歩も行かないうちに再びヒナが捕らえられたのはもちろん、ディールが計算した通りに彼女が動くのが悪くて、きっちり胴を締め付ける腕は怒りの為か微かに痛みすら感じる。
「騙したの?!卑怯っ!!」
けれどより以上に怒っているヒナは、無謀にも彼に噛みつくのだからラダーとヘリオは気が気でない。
「常々思っていたんだが、あの娘は馬鹿か?」
「今更だね。お前さん、今の顔したディールにモノが言えるのかい?」
「…いや」
言葉少なに首を振ったヘリオは、表情と内心が珍しく一致している男の顔からあからさまに目をそらす。
恐いじゃないか、あまりにも。本気で怒っているぞ、あれは。
「さて、どうしてあげましょうか」
背景に地獄の炎を纏った男に、その場にいる誰しもが怯え、怯んだとか。



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