19.              
 
           物語のような出来事を聞き終えて、ヒナはまずディールを振り仰いだ。
 
           長く瀧を作る白銀の髪、夜を模した肌、複雑に歪められた表情。
 
           「この中、全部夜だったんだねぇ…」
 
           懐かしくて抱きついた自分は間違っていなかったんだと、けれど柔らかな髪を掴ん
 
           で首を捻る。
 
           「あんなにいっぱいある夜が、人間1人に収まるもん?」
 
           ぺたぺた触れても、毛穴からちょっとだけでいい、夜が帰ってこないかななどと思
 
           ってもムダだ。風船じゃあるまいし、膨張して破裂したりはしないのだから。
 
           「…お前の脳天気な行動を見ていると、千年前の真実に触れたんだという実感が飛
 
            ぶな…」
 
           「結構、深刻な話をしてたんだけどね…」
 
           殿下と魔女は似通った仕草で頭を抱えて、チラリと彼女を見やる。
 
           呆れ果てたと書いてあるその顔にむっと頬を膨らませたヒナだが、すぐに思い直し
 
           て苦笑するディールに視線を戻した。
 
           困っているように見えるけれど、これはきっと、
 
           「人間、損得勘定ナシに動くことはそうないんじゃない?」
 
           「ヒナ…」
 
           「誰だって私利私欲が根っこにあって、みんなのためなんてお為ごかしを言っても
 
            やっぱり自分に得がないことに指一本動かさない気がするの」
 
           苦しそうな顔していると心配したディールは、やはりネガティブな思考に支配され
 
           ていたようで、見透かしたヒナの言葉に大きく目を見開いた後、綻んだ花のように
 
           可憐に笑んで見せた。
 
           「だから、あなたが好きなんです」
 
           抱き潰さないよう注意を払いながらも、強く少女を腕の中へ。
 
           彼の、ザルダの呟きは世界から夜を奪ったのが自分のためであったと教えてくれた。
 
           きっと師匠であるアリアンサに肩を並べる力が欲しくて、それだけのために人を殺
 
           め絶大な罪を背負ったのだ。
 
           ディールに至るまで一体どれ程の子孫が彼の罪をあがない続けなければならぬのか
 
           想像することもなく。
 
           蔑まれ、嫌悪され、死ぬことも許されず、血を守るためだけに黙々と生かされる。
 
           人々の憎悪の対象でしかない、存在。
 
           呪いを吐いて死んだ者もいよう。
 
           嘆き疲れて消えていった者もいよう。
 
           全てを閉ざした者、愛を求め続けた者。
 
           同じ苦しみを歩いてきたからわかってしまう。先人達の不幸、始まりの下らないほ
 
           どの愚かさ。
 
           −−−真実など知っても、傷が癒えることはない−−−
 
           わかりきっていたが、僅かに期待した分だけディールは絶望を味わったのだ。
 
           罪は償えても消えないという。
 
           けれどザルダの残した過ちは、償う事もできぬほど大きいのだ。考えるたび底知れ
 
           ぬ闇に堕ちていく恐怖を感じるほど、奥深い罪なのだ。
 
           だが、彼にはヒナがいる。
 
           深淵にいる自分をいともあっさり引き上げて、優しく笑う少女がいる。
 
           「…先祖の行いで、お前が悔いる必要はない」
 
           2人のやり取りにディールの胸の内を理解したヘリオが、強い視線を送ってきた。
 
           彼は以前ほど、忌み人を憎んでいないのかも知れない。これまで同志でしかなかっ
 
           た間柄に、ほんの僅か優しさが見え隠れするようになっているではないか。
 
           「千年前の人間なんぞ、誰にもなんの関わりもないよ」
 
           もちろん何がわかろうとラダーの態度に変化はなく。
 
           彼が魔術師達の罪を一身に被った存在であることに、変わりはないのだから。
 
           ほんの一月前、ディールはこんな情景を想像したこともなかった。
 
           殿下との関係は利害だけで繋がり、周囲には怒りに満ちた人が溢れる、それが常で
 
           永遠。己の命運をを握るとされる『夜の娘』にも期待などなく、ただこの世に夜が
 
           溢れること、それだけが望みだったのに。
 
           出会いから思考の範囲を越え、関わる人々を巻き込んでヒナはディールを人間にし
 
           ていく。
 
           愛されて然るべきなのだと、優しさに包まれていいのだと、何度も身をもって示し
 
           てくれるから、彼は忌み人でなくディールになる。
 
           「四季の魔女が言ってたじゃないか。仮にも魔術師なら自分がどうなるかわかるだ
 
            ろうと。裏もとらずに他人の意見にほいほい従うバカに責任感じることはないよ」
 
           5人も犠牲になった人間がいるのに、魔女の言葉は辛辣だ。
 
           「確かにな。考えなしの連中のおかげでいい迷惑だ」
 
           舌打ちする殿下も、なぜか憐れな生け贄に厳しい。
 
           「ディールはさ、もっと被害者面すればいいんだよ。きっと若いお嬢さん辺り、同
 
            情してくれると思うよ〜」
 
           腕の隙間ちょこんと顔を出したヒナは得意気に言うと、直後に考え込んで不機嫌な
 
           面でやっぱりダメッと強く外套を引っ張った。
 
           「あたし以外の女の子に優しくするディールなんてやだ。ワガママだってわかって
 
            るけど、まだその、両思いとかちょっと踏み切れないけど、もう少しあたしだけ
 
            見てて?」
 
           照れて笑う、彼女が愛しくて。
 
           「本当に、我が侭な発言だな」
 
           「子供でも、女は女なんだねぇ」
 
           背後からのチャチャに迫力なく睨むって方法で対抗していたヒナを、予想外という
 
           か予想通りといおうか、嬉しそうに再び抱きしめる。
 
           「私に優しくする女性など、一生かかっても現れませんよ。あなただけが特別なん
 
            です。死ぬまでヒナだけを愛しています」
 
           と熱烈な告白をもって想いを伝えた。
 
           余さず心が届くように、己の髪一本まであなたのものだと気づいてくれるように。
 
           「…はいはい、ヒナを窒息させちまう前に放しておやり」
 
           無粋かとも思ったのだが、ラダーは苦笑いを浮かべて張り付く2人に、いやディー
 
           ルに水を差す。
 
           すっかり愛情垂れ流しモードに入ってしまった彼を引き戻さないことには、肝心の
 
           話が進まないのだからこれは致し方ない措置なのだ。
 
           実に不満げに顔をしかめた男には、後でいくらでもヒナを独占していい許可を与え
 
           て、それで少女に睨まれて。
 
           「ともかくだ、あたしに溢れたこの記憶はアリアンサの言う『真実を見つめ伝え続
 
            けると誓った者』即ち四季の魔女の記憶なんだと思うんだがね」
 
           引き戻された現実に、意外にも素早くヒナが反応する。
 
           解放は望むべくもないとわかっていたので、ディールの膝に正面を向いて座り直す
 
           と首を傾げてラダーを見やった。
 
           「ね、あれ以上見えたモノはないの?」
 
           なんとも中途半端なところで途切れたお話。ヒナの感覚で言うなら『盛り上がり最
 
           高潮な場面でCMが入ったドラマ』というところか。
 
           アレでは謎解きを残して終了した推理小説みたいだ。消化不良だ。
 
           「ほら、アリアンサも黒くなっちゃった人もその後の行方はわかってるけど、太陽
 
            の魔女は?彼女はどうしたの?」
 
           何故だか、彼女が気になって仕方ない。
 
           「…確かに。彼女も生き残りの1人であるのですか?」
 
           「例の魔女が探せと言った過去の魔術師は4人、ちょうど最後にあの場にいた者の
 
            人数だな」
 
           ヒナの疑問にディールもヘリオも同調すると、アリアンサが残した手掛かりを元に
 
           魔術師を当てはめていく。
 
           「えっと、四季の魔女はいいわよね。アリアンサは命をかけて次代に希望をたくし
 
            た者?」
 
           「いえ、未来を知って力を温存した者ではないですか?魂だけになっても、我々世
 
            代に干渉できるだけの魔力を有していますからね」
 
           「間違いないだろうな。次代に希望をたくしたのは祭壇中央の魔術師だろう」
 
           「え〜それなら後残ってるのは諦めきれずにしがみついた者?それが太陽の魔女?」
 
           もしも、あの4人がアリアンサの探せという者なら数もいわれも合うのだと思うが、
 
           確認はラダーに残された記憶に頼るしかない。
 
           3対の期待に満ちた瞳で注視されるハメになった彼女は、非常にバツが悪そうに顔
 
           をしかめると小さく首を振った。
 
           「…まさか、わからんのか?」
 
           「……ああ…」
 
           いやいや肯定もしてみる。
 
           瞬間場を満たした静寂の後、当然続くのは限りない不満なのだ。
 
           「え〜一番大事なとこじゃない〜!」
 
           全身でだだっ子のように気に入らないと伝えるヒナ。
 
           「あんなに苦しんで得た記憶は、その程度か?骨折り損だな」
 
           皮肉に鼻で笑ったのは、ヘリオ。
 
           「まぁ落ち着いて下さい2人とも。知らなかった知識を得ただけでも充分ではあり
 
            ませんか。ラダーを役立たず呼ばわりするのは、よろしくないですよ」
 
           やんわり庇っているようで突き落としてくるディール。
 
           「…あんたたち…優しさってものはないのかい」
 
           このメンツにそんなものを求めちゃいけないんである。
 
 
 
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