18.              
 
           それは、鮮明にラダーを占める記憶であった。
 
           円陣を組む魔術師達は7人。皆二つ名を有するほどの者達で、計画に賛同したが故、
 
           輝く満月の元集っていた。
 
           「闇を制す力が手に入れば、盗賊に襲われる村も減るのですね?」
 
           不安気に、大気の魔術師が問う。
 
           「ええ、もちろんです」
 
           返したのは美しい金髪の太陽の魔女。
 
           「闇に紛れて子を捨てる親も減る」
 
           自らが養う孤児を思い、水の魔術師は丸く輝く月を見つめた。
 
           「旅人が迷うこともないな」
 
           夜を渡る柔らかな風に、疾風の魔術師が微笑むと、
 
           「争いの度、炎に焼かれる大地も喜ぶであろう」
 
           何よりも緑を愛す大地の魔術師にとって、それは最も重要なことで、
 
           「戦に悪用される炎も、喜ぶだろうね」
 
           皮肉に返す火炎の魔術師さえも敵と認識しているのかも知れない。
 
           誰もが思惑を秘め、この世から夜を抹殺しようとしている。
 
           罪を覆い隠すのが闇のせいだと信じ、与えられる安らぎは見て見ぬフリで。
 
           「おやめ下さいませ、皆様方。夜を消せば、世界の均衡が壊れます」
 
           「どれ程大きな器であろうと、全ての闇を飲み込むことなどできないのよ」
 
           だがしかし、割って入る者がいた。
 
           魔法陣の中央に跪く月の魔術師を止めるため、儀式の行われる場所を必死に探し回
 
           った魔女2人である。
 
           フードで半顔を覆った四季の魔女。
 
           そして、全ての魔術師達の頂点に立つ、生命の魔女−−アリアンサ。
 
           どちらもずっと夜を消し去ることに反対だった。手を尽くし、言葉を尽くして説得
 
           したというのに、こうして時はすぐそこに迫っている。
 
           もう、間に合わないのか?否、今であればきっと、止められる。
 
           何も失わないために、2人は急いだのだ。真実を告げるため、現れたのだ。
 
           「あなた達、術式が完成すれば自分達がどうなるか知っているの?」
 
           地を覆う禍々しい鮮血の魔法陣に顔をしかめ、アリアンサはその一部として組み込
 
           まれつつある5人の男に視線を巡らせた。
 
           返答は、ない。
 
           そうしている間にも、降り注ぐ月光に陣は輝き始めるというのに。這い上がる乳白
 
           色が、彼等の足下から力を奪い始めているのに。
 
           「あれほど巨大な力を奪おうというのです。そうして式に組み込まれてしまうこと
 
            が何を意味するか、本当におわかりになりませんか?」
 
           まがりなりにも魔術を行使する者が、現状を理解できぬはずがない。
 
           四季の魔女の言葉に沿い、己に起き始めている異変に彼等が危機を察する頃、禍々
 
           しいほどの嘲笑が夜をつんざいた。
 
           闇と光が螺旋を描き、満ちる月に向かって一直線に駆け上がるその中央で、金髪を
 
           なびかせた女が笑っている。
 
           跪く男にめまぐるしい勢いで吸い込まれる黒に狂喜し、愚かな生け贄を嘲って。
 
           「遅きに失したわね、完成してしまったもの」
 
           「あ、あああっっ!!!」
 
           「ぐぅがぁぁ!!」
 
           末端から徐々に崩れてゆく魔術師が苦しみに叫ぶのを、呆然と魔女2人は見送るし
 
           か手がなかった。
 
           既に発動した術を、これ程強大な力を止める術を持つ者など、存在しないのだから。
 
           「なんという…っ!!」
 
           嘆きに崩れようと、何が変わるわけでない。
 
           アリアンサは急ぎ駆け寄ると立ち昇る結界に直接力を叩き込んだ。
 
           呪文詠唱もなく、強大すぎる力を掌が焼けるのもかまわず紡ぎ出す。
 
           「おやめ下さい、アリアンサ様!!」
 
           「来てはダメッ!!」
 
           5人分の力を吸い、更には相反する太陽の光を絡めた壁に対抗すればアリアンサと
 
           て死力を尽くさねばならない。誰を気遣う余裕もないのだ。
 
           「中に…中に入れたら、あの子達だけでも救わなければ…!!」
 
           反発し合った魔力が彼女の周囲に渦巻いて、嵐のように土を抉っていた。大気が荒
 
           れ狂い凶刃と化した風が術者自身を傷つけていく。
 
           「ひどい…死と血とが…満ちている…」
 
           突風に煽られて目深に下ろされていたフードが飛んだ。
 
           露わになった四季の魔女の顔に現れたのは、思わず目を覆うほどの傷。
 
           半顔は潰れた肉塊で、無事であるはずの頬にも額にも目蓋にも血が滲む無数の傷が
 
           散っている。
 
           それらは全て真新しく、受けて間もない災いで。
 
           「死に損ないが、尽きる命を嘆くの?」
 
           嫌悪を隠そうともしない女の呟きに、アリアンサは目眩する怒りを覚えた。
 
           「ファウラ!!彼女をこうした自分に、鑑みるものはないの?!」
 
           叫びに呼応し、ふくれあがった魔力が結界を叩く。
 
           「虫けらに、何を思うというの」
 
           冷徹な響きに、どれ程の悔しさを噛みしめようと数歩の距離を進めないアリアンサ
 
           には涙することしかできない。
 
           「あなたは…あなたは…一体どうして…っ!」
 
           滲む血で純白のローブを朱に染めながら、魔女は更なる力を解放する。
 
           「愚かな先生。私の本性を知って、嘆く?」
 
           吐き捨てる声に、舞い上がる螺旋はいっそう速度を上げた。
 
           最早、四季の魔女は力ない見物人にすぎず、嘲るファウラも闇を吸い続ける男も、
 
           流れに飲み込まれていく役者でしかない。
 
           この場で運命に抵抗しているのは唯1人。命を懸けてまで止めようと足掻き続ける
 
           のはアリアンサだけ。
 
           「ほら、もうすぐ終焉よ」
 
           徐々に月は姿を変えていた。
 
           柔らかな光は凶悪さを秘めた灼熱へ、静寂と安寧を与えた闇が消え何もかもを暴き
 
           出す輝きだけが世界を覆い始めている。
 
           「ふふふ…手にはいるわ…」
 
           「う、あ、あぁぁぁぁぁぁ!!!」
 
           うっとりと微笑みを深めたファウラに動揺が走るのはその直後。
 
           闇の器たろうとした男が絶叫し、転げ回る姿を認めるまでの間。
 
           「ザルダ…っ!」
 
           「今…」
 
           気の乱れに敏感に反応して太陽の力が揺らいだ一瞬、アリアンサは持てる全てで結
 
           界に綻びを開いた。
 
           肉が露出した掌で痛みさえ忘れ必死に壁を裂くと、充分すぎる抵抗の後スルリと人
 
           1人分の隙間を生じさせることができる。
 
           肩を入れ無理に内に潜り込んだ彼女は、短い距離をまろぶように駆け寄りかがみ込
 
           んで男を、ザルダを見やるファウラを押しのけた。
 
           「触らないで!!あんたなんかが、ザルダに、ザルダに…!!」
 
           「少し黙っていなさい」
 
           振るう指先に籠もった僅かな魔力で、喚き散らすファウラは沈黙しへたり込んだ。
 
           「しばらく動けないだけ、私がこの子を呼び戻すまで大人しくしていてちょうだい」
 
           既に背後を振り返ることもなく、アリアンサはぐったりと動かない男にだけ意識を
 
           集中している。
 
           間に合えば、まだ彼の魂が離れていなければ、救うことは容易い。
 
           結界に大きく魔力を削られていても、彼女にとってそれは呼吸をするより簡単な作
 
           業であるから。けれど、
 
           「ダメ、反魂でなければ」
 
           「いけません!!」
 
           小さく呟かれた言葉に、四季の魔女は敏感に反応して悲鳴を上げた。
 
           「今の状態でその術を使えば、あなたのお命が…!」
 
           反魂は生命の魔女と呼ばれるアリアンサだけが操れる究極の魔術で−−禁術。
 
           世の理に反し、彼岸を汚す術として使い手自らが封印した力なのだ。もちろん、彼
 
           女の他にこの術を使える者はおらず、またアリアンサといえど莫大な魔力を消費す
 
           るこれをおいそれと行使することはできない。
 
           「私がここに来たのはね、この子達を止めるため。万が一完成した術式がこの子達
 
            の命を奪うというなら、全力で引き戻すため、いるのよ」
 
           決意ではなく使命なのだと、笑った後すぐにザルダの体は淡い月光に彩られ昇りか
 
           けた魂が身の内に引き戻されていく。
 
           呪文の詠唱すらしていないのと言うのに、禁術と呼ばれるほどの力が発動するもの
 
           であるか?
 
           あり得はしない、元より事態を予測して儀式を途中で止めなければ、その状態を維
 
           持して抱き続けていなければ。
 
           「アリアンサ様…あなたは」
 
           命を燃やして結界と闘っていたに違いない。魔力を温存してあれほどの力を打ち破
 
           ろうとすれば、他に方法は残されていないのだ。
 
           「死をお覚悟の上、来られたと…」
 
           次第に霞み出す彼女の体に闇を忘れた月光が降り注ぎ、芥と消えるはずの身が幻想
 
           的に彩られていく。
 
           「せん、せ…」
 
           命がけで救った弟子が、最後の邂逅に目を開ける。
 
           「わ、たしは…あなたに、ちか…づけた…?」
 
           取り込んだ夜で肌を黒く染め、掠めた月光で髪が白銀に輝く。いつもまとわりつい
 
           てきた彼とは面差しが変わってしまったが、変わらずアリアンサの愛し子で、だか
 
           ら彼女は叱るのだ。
 
           「バカね。あなたの力はとうに私を越していたのに」
 
           もう触れることも敵わぬほど、指先は透けてザルダの頬をすり抜けて。
 
           「せんせ…アリアンサ、どうして消える…?」
 
           「千年、取り込んだ闇を解放するまで世界は動かない。月の玉(ぎょく)を作りな
 
            さい。贖罪の時を経て現れる『夜の娘』があなたの罪を拭ってくれる。血を絶や
 
            しては、ダメよ。ザルダの血脈にだけ、取り込んだ夜が残っていくから…」
 
            「アリアンサ!!」
 
            力の入らない体を嘆いても遅く、柔らかな笑みを残して命の魔女が霧散するのを
 
            止めることは敵わなかった。
 
            後に残るは、悲しいほどに光を放つ、月。
 
 
 
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