16.              
 
           三者三様疑問を胸に、一同に会して正体不明の存在と対峙する。
 
           透ける、浮遊する体を見れば生者でないと知れ、ダラリと弛緩した体をディールに
 
           任せているヒナの尋常でない様子から、この女性と少女との間に某かのやり取りが
 
           あったのではないかと推察された。
 
           だがしかし、確かなことはわからない。直接確認してみるまでは、真実など闇の中
 
           だ。
 
           「…なにがあったのか訊ねるよりも、お前さんの正体を聞いた方がいいのかね?」
 
           楽しげに困惑する3人を眺めてる女に、ラダーは取り敢えず問うてみる。
 
           望む返事が返れば良し、上手くはぐらかされたらさて、どうしたものか。
 
           『そうね、そこから入った方が分かり易いと思うわよ』
 
           心配は霧散した。
 
           存外陽気で人懐こいのか、彼女はラダーに近づくと華麗に一礼して見せて、微笑む。
 
           美しいその姿は異性に対してさして興味を持たないヘリオにさえ、生きていたらさ
 
           ぞかし…と思わせたほどで。
 
           『私はアリアンサ。千年前の魔術師で、今は彼女を守護しているの』
 
           諸悪の根源であると告白しなければ、女嫌いで通っている殿下の心を射止めた最初
 
           の女性になれたはずだったのに。その一言に3人の表情は一変する。
 
           憎しみよりも、訝しみでアリアンサを見る視線が変化する。
 
           なぜここに、全てを知り、全てを引き起こした人物がいるのかと、目的はなんであ
 
           るのかと。
 
           「ヒナを守護すると仰いましたか。では、彼女がこの姿であるのもあなたの守護の
 
            賜だと?」
 
           見開いた瞳から止めどなく涙を落とし始めた少女を見つめるディールの顔は、苦し
 
           そうに歪んでいた。
 
           声もなく泣くヒナの痛みに胸を押しつぶされそうで、解放してやりたくて、強大な
 
           力を目の当たりにしたばかりだと言うのにアリアンサに威勢良く噛みつくのだ。
 
           差し違えても構わない。少女の自由が戻るなら。
 
           きつく睨み据えた魔女は、だが、愉快そうに肩を揺らしていなすだけ。
 
           『ふふ、恐い顔ね。貴方にも、そんな顔をさせる女の子ができたのはいいことだわ』
 
           「…初対面ですと先程も申し上げました。なのにあなたは、私を知っているかのよ
 
            うな口ぶりだ」
 
           『知っているのよ。正確には、今の貴方では、ないけれど』
 
           一瞬皮肉な笑みを覗かせて、アリアンサはまたもそれ以上に答える気は無く。
 
           物言いたげなディールを尻目にヒナの目蓋に手をかざし、淡い光と共に力を注ぐと
 
           仕草で涙を拭うよう示す。
 
           『この子の涙は瞬きができなかったせい。悲しくて泣いているんじゃないわ』
 
           「まさか…」
 
           呆れるほど過保護なディールが古の魔女の言葉を飲み下せないでいる時、アリアン
 
           サとヒナの間では、事実を裏付ける会話が成されていた。
 
           それは、
 
           『はぁ、やっと人心地ついた。全く、目が開いてたって瞬きできないんだから意味
 
            無いじゃん!』
 
           『ごめんなさいね、そこまで気がつかなかったわ。もう平気でしょ?』
 
           『平気だけど〜またなるじゃん』
 
           『大丈夫よ、それまでにはヒナちゃんに体を返すから』
 
           『え〜みんなの説明に答えなきゃいけないのに、そんな早く交代できるの?』
 
           『答えなければ早いわよ』
 
           『そ、それはないんじゃ…』
 
           「千年前というと、闇が消えたあの日裁かれた魔術師か?」
 
           と、内なる世界で交わされた会話は途切れる。
 
           ヘリオの問いに現実に引き戻されたアリアンサは首を振ると、ほんの僅かの真実を
 
           与えるべく、3人に視線を巡らせた。
 
           『あの日に体は手放したけれど、私は裁かれたわけではないわ。ヒナちゃんにも言
 
            ったのだけれどね、口伝なんかを信じてはダメよ?』
 
           「ではあなたは何者なのです。ヒナを宿主と呼ぶのはなぜ?我々を助けるわけは?」
 
           『…真実を自分で探すから、善悪の区別がつくようになるの』
 
           ゆらりと実態無き姿が歪み、優しげな微笑みが皮肉で嘲りを含んだモノに変貌する。
 
           細められた瞳に背筋を凍らせるほどの迫力を込めて、魔女は霞みながら手がかりを
 
           落とした。
 
           『伝えられるだけ、『夜の娘』に伝えたわ。あの日起きた全ては、誰にとっても不
 
            幸で、誰の望みも叶えていない。命をかけて次代に希望をたくした者、真実を見
 
            つめ伝え続けると誓った者、諦めきれずにしがみついた者、未来を知って力を温
 
            存した者。1人残らず探しなさい』
 
           四散する煙のような存在はもう、引き留めることも叶わぬほど薄れ姿さえ判然とし
 
           ない。
 
           「バカを言うな!千年も前の人間、痕跡を辿ることもできんぞ!」
 
           憤然と怒鳴りつける先を失ってもなお、ヘリオは中空に叫ばずにおれなかった。
 
           手がかり云々などという生やさしい話ではない。確かな書物もほとんど無く、誰も
 
           が知る歴史さえ否定する過去の遺物に、とんでもない宿題を残されたのである。
 
           無力な凡人が憤りを投げてなにが悪い。他力本願は褒められたものではないが、真
 
           実に行き着くためには多少のヒントは必要なはずだ。
 
           なんのに、なんと無責任な。
 
           口にこそしなかったがラダーもディールも心中は一緒で、だから虚しい行いで苛立
 
           ちを発散させる殿下を止める気は毛頭無かった。
 
           と言うよりは、ある種の脱力感に苛まれ、他人を気遣う余裕がないのが本音だ。
 
           「…たた…もう、無責任なんだからさ…」
 
           だからヒナが眠りから覚めても、さしたる注意は払われない。
 
           唯一、頭のてっぺんにキスを落としてくれたディールが、己のことより彼女を優先
 
           する貴重な存在なのだと言えよう。
 
           「…おかえりなさい、ヒナ」
 
           弱々しくも、心底喜びを表す笑顔にぽろりと一枚心の壁が壊れる。
 
           警戒心とかライクを少しだけ越えて、ラブに爪先を滑らせた少女は、手始めとして
 
           純白の髪を引っ張り頬にキスを返した。
 
           「ただいま。…守ってくれてありがとう」
 
           似合わないことをしてしまったと頬を染める少女を愛しげに見つめ、今一度髪に口
 
           づけたディールが囁く。
 
           「あなたの楯になるために、私はいるのです。礼など必要ありませんよ」
 
           そして、しばしアイトーク。絡めた視線だけで言葉を交わせば、見物人から漏れる
 
           のは呆れ果てた吐息だ。
 
           この非常時にとか、問題は山積みだぞとか、黙っていても文句だけは聞こえそうな
 
           薄情者にヒナがへそを曲げるとも知らず。
 
           「なによね、全然動かないあたしは心配じゃなかったの?」
 
           「ディールが騒いでなかったからね、大丈夫なんだと踏んだんだ」
 
           膨れた物言いにも動じることなく切り返すラダーには、初めからヒナを気にしてい
 
           た様子はない。
 
           むしろ、会話中に小さな声を上げて何事か呟きだした姿から察するに、今もって頭
 
           を占めているのはアリアンサのことだと思われる。
 
           「『夜の娘』いないと、国が困るんじゃなかった?」
 
           「…そう言った伝説もどこまで信じていいものか。一考の価値ありだな」
 
           ヒナと話しているのがわかっているのかすらも怪しい、遠くに意識を飛ばしてしま
 
           っているヘリオなど論外だ。
 
           結局、2人は自分などちっとも気にかけていないんだと結論づけた彼女は、ディー
 
           ルの顔を引き寄せてそっと耳打ちした。
 
           「アリアンサがね、入れ替わる時ヒントをくれたの。ホントの歴史はこれを辿れば
 
            わかるわよって言われたけど、なんか教えたくない」
 
           子供のような拗ね方をするヒナを、だが窘めることないディールは微笑んで木陰へ
 
           移動すると少女を外套の内にしまい込んだ。
 
           「しばらく放っておきましょう。かの魔女の仰る通り、答えは自分で探るもの。せ
 
            っかくやる気になっている方々を邪魔するのは無粋というものです」
 
           「そう…そうだね。でも、待ってる間あたし達はどうするの?」
 
           「お忘れですか?今は真夜中。眠る時間ですよ」
 
           くすくす忍び笑いを漏らして、稚拙な恋を楽しむ男女が眠りに落ちる頃、ラダーと
 
           ヘリオは思考の迷路で遠き答えを追っていた。
 
           彼等が己の行いの無駄を悟るまで、後数時間。
 
 
 
                HOME    NEXT?
 
 
 
           
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送