11.              
 
 
 
           ヴェンダが失ったのは過ぎた魔力だけでなく、己が何者であるのか目的がなんであ
 
           ったのかと言うヘリオ達には重要な情報まで操作されたように消されていた。
 
           「いや、操作したんだろうな」
 
           一夜明けて連れ歩くわけにもいかず、かといって送ろうにも行き先すらわからない
 
           少女を彼等が相応の金子と共に、近くの農家に預けたのはつい先程のこと。
 
           不安に瞳を揺らすヴェンダを思い、ヒナは最後まで置いていくことに反対したが自
 
           分一人でも充分すぎるほど足手まといな現在、無理は通すわけにいかない。
 
           皇太子自らの頼みに手ひどい対応をする国民などいないという説明を信じて、もと
 
           来た道を帰り始めたとたんに不穏なヘリオの発言だ。
 
           「誰がっ?!一体なんのために!!」
 
           勢い込んでの質問を宥めて、王子はわかれば苦労はないと顔をしかめた。
 
           「この任を邪魔する者など想定外だ。考えても見ろ、月の輝きが消えなければ生活
 
            が立ちゆかなくなるんだぞ、お前を殺すことは己の首を絞めることに他ならない」
 
           なのに何故、と呟く。
 
           「納得できないのはそこじゃあないよ」
 
           チラリとヒナに視線を寄越した魔女は、ヴェンダがただ一人を殺すために現れたの
 
           だと考え込むヘリオに暗に強調した。
 
           「あたし達の他にこれが『夜の娘』だと知るものはいないはずだ。なのにあの娘が
 
            ヒナをそう呼んだのはどうしてだ?お前さん達が国に早馬でも飛ばしたのかい」
 
           殺気さえ垣間見える問いは、異世界からの救い主を守るのは自分だと自負している
 
           が故なのだろうか。
 
           何も知らず引き込まれ命まで狙われる、ましてそれが味方である人間が起こしたこ
 
           とでは、断じてならない。
 
           睨まれてヘリオは静かに首を振ると更に表情を厳しくした。
 
           「いや、神殿に紛い物が入っているんだ。今『夜の娘』がもう一人いると父王に伝
 
            えれば国中が混乱する。俺とディールが後見となり玉を前に証を示すまで、内密
 
            に事を進める予定だった」
 
           「…だが、ヴェンダは知っていた」
 
           当然、少女に暗殺を命じた誰かも。
 
           ラダーがそうしたように、水鏡を用いて彼等を覗き見た魔術師がいるのだろうか。
 
           「いかなる魔力も私が無効にしています。もちろんラダー、貴女もそうですね?」
 
           「常識だね」
 
           希代の魔女の名において、連綿と連なる優れた血にかけて、己の術が破れるはずは
 
           ないと言い切る2人。
 
           けれど、と王子は否定するのだ。
 
           「奴らに情報が漏れているのは事実だ。現に小娘一人に力負けしているのだし」
 
           「アレは特殊例だ。そうそうあってたまるもんかね」
 
           「だが、平気で人命を無視する連中が相手だぞ。他にもああなった術者がいないと
 
            言い切れるのか」
 
           「例えそうであっても私たちを出し抜くことはできません」
 
           「何故そう言い切れる」
 
           「魔力の欠片もないお前さんに、感覚的なことを説明しろと?」
 
           「…随分お偉いんだな、魔術師様は…」
 
           不穏な空気を孕み、剣呑な言葉のやり取りを始めた3人は傍目にとっても怖かった。
 
           当事者でないヒナは震え上がるほどであったが、だからこそ見えてくる真もある。
 
           「ね、不和の種って言い方、この世界でもするのかな?」
 
           一触即発、ぶつかったら怪我じゃ済まなそうな雰囲気ではあるのだが、言わずにお
 
           れない。
 
           ヴェンダを送り込み、ヒナの命を狙う誰かの目的がなんなのかはさっぱりわからな
 
           いけれど、もしかしたらこんな風に揉めるんだろうと予想はしていたのかも知れな
 
           い、だから。
 
           「いらない仲間割れするのって、相手の思うつぼだったりしてね」
 
           それぞれ思いを巡らせて、どんな答えに行き当たったのか。
 
           ぎすぎす音がしそうだった空気は幾分和み、射殺せる強さのあった視線も緩んでい
 
           る。
 
           お互いを見やり、気まずそうに明後日の方を向いたりなんかして、最後に毒気を抜
 
           かれたちょっぴり苦笑の浮かぶ顔をヒナに据えるのだ。
 
           「お前、多少は役に立つな」
 
           たっぷりの照れ隠しと、ほんの僅か感謝を込めた殿下の談。
 
           「しっつれいな男ね!何様っ?!」
 
           誤魔化しとわかって乗っているのかマジなのか、ヒナは殴らんばかりにご立腹で暴
 
           言の主を睨め付ける。
 
           「この子はちょいと抜けてるけどね、役立たずじゃあない」
 
           御同様に彼女の髪をぐしゃぐしゃにかき回す魔女にだって、むかついた。
 
           どっちの表情も嘲りは含まれてはいないから、本気で言ってるわけではないとわか
 
           るけどバカにされれば人は怒るものなのだ。
 
           「なんで素直に褒められないの!余計なことは付け加えなくていいって!」
 
           「ああ、ではお礼に熱い抱擁と口づけなどいかかでしょうか?」
 
           ……過ぎた反応は言葉を失わせるけれど。
 
           にこやかなディールに与えるのは過剰反応なまでの怒声がいいのか、できるかどう
 
           か甚だ疑問ではあるが冷徹な微笑みがいいのか、下らなくも重大な疑問に頭を悩ま
 
           せるヒナを魔手からひょいっと遠ざけて、殿下は目前の山道に視線を送る。
 
           「時間を使って追っ手が来るのを待つこともなかろう。急いで山越えをするぞ」
 
           荷物よろしく肩に抱え上げられたた少女を意外なまでの腕力で奪取したディール
 
           は、至極ごもっともなヘリオのセリフに曖昧な微笑みを返される。
 
           「殿下の焦るお気持ちもわかりますがね、重症を負われたご婦人と、か弱くも愛お
 
            しいお嬢さんは貴方のペースで歩かれるは無理じゃあないでしょうか」
 
           「重症を負ったご婦人…」
 
           「か弱くも愛しいお嬢さん…?」
 
           未だ魔術師の腕の中でヒナと、放置プレイ中ではあるがそこそこ傷の深いラダー、
 
           お互いの表現に些かの…いや多大な疑問を抱いてアイコンタクトを取ったのは一瞬
 
           のこと。曰く、
 
           (ご婦人てお上品さはないと思うんだけど…)
 
           (ちっともか弱かないし、愛しいってのは自分一人の感情だろうに)
 
           ひどく誤解されてるんじゃないの、特定の人物にって結論で落ち着いた。
 
           「そんなこともないだろう」
 
           な?っと覗き込んだヘリオには正しく理解して貰っている辺り、やっぱりディール
 
           の見解は間違っている。
 
           「王宮育ちのお二人と違って、あたしゃ至って元気だよ」
 
           魔女は年の割に全く衰えの見えない手足を振り回して、証明。
 
           「軽傷だもん。ラダーが大丈夫であたしがダメってありえないじゃん」
 
           多少の怪我などなんのその、メンバー最年少を目前の漆黒の美貌にアピール。
 
           バッチリ目線を合わせちゃったのが仇になろうとは、この時ヒナは無自覚だったの
 
           だが。
 
           「殿下、女性は敬い庇護してしかるべきですね?」
 
           ビミョウに本題から逸れた話題に、ヘリオは疑問なく頷く。
 
           「きっとお二人は強がっていると思いませんか?私と貴方が1日がかりで越えた道
 
            程です。女性の体力には無理があると、ご存じないんですよ」
 
           「待て待て、たった一日…」
 
           「一日も、です」
 
           正当なのは殿下だ。
 
           女性陣は思っていた。ディールのイヤに迫力のある微笑みと有無を言わせない柔ら
 
           かな声が怖くて黙っていたが。
 
           詳細はともかく、たかが山を越えるくらい誰にだってできる。一日歩けばつくとい
 
           うなら頑張る自信だってある。
 
           なのに何故、彼は小さな事にこだわるのだ?
 
           「ですから、我々がお二人の行軍をお助けするべきだと思うのです」
 
           「「「………」」」
 
           ここまで来れば、先の展開は誰にでも読める。
 
           つまり魔術師様は険しい山道で、できるなら平坦な道でも、安全極まりない王宮内
 
           に至ってもヒナと一緒にいたいのだ。
 
           無理通り越して、歪んだ上にひずんだ理屈をくっつけようとも。
 
           「や、ディール!あたし一人で大丈夫、歩けるし、必要なら走れるから!」
 
           お願いできれば少しはほっといて…いやさ、信頼に基づく自由を求めたいんだけど、
 
           と目で訴えるが無駄だった。
 
           何故だろう?優しく見下ろす瞳に逆らってはならないと脳が命令するのは。飛び降
 
           りたくて仕方がない腕の中、首に腕まで回してしがみついちゃうのは。
 
           「私がお連れしますからね、片時も離れず」
 
           「…はい…じゃなくて、いやだって!…でもお願いします…や、違って!」
 
           相反する言葉を発しながら、無駄な抵抗を繰り広げるヒナの肩をヘリオがそっとつ
 
           つく。
 
           「精神が疲弊するだけで、いいことはないぞ」
 
           ああ、なんて絶望に満ちた顔で首を振るんだろう。
 
           「お前さん、忘れたのかい?」
 
           覗き込んだラダーが指した先に、きらりと光るあの輝きは…。
 
           「…っ!きったないぞディール!!緊急時しか使わないって言ったじゃんか!!」
 
           「今が緊急時ですよ?」
 
           悪びれないその顔に、塩を蒔いてやりたいと思ったヒナを誰が責められよう。
 
           こうして隷属の糸は日々、悪用されていくのだ。
 
 
 
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